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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第1章 概観

1 グローバルな安全保障環境

現在の安全保障環境の特徴として、第一に、情報化社会の進展や国際貿易の拡大などに伴い、国家間の経済や文化をめぐる関係が一層拡大・深化する一方、普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大している。また、力による一方的な現状変更やその試みは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、ロシアによるウクライナ侵略は、最も苛烈な形でこれを顕在化させている。国際社会は戦後最大の試練のときを迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。また、グローバルなパワーバランスが大きく変化し、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化している。特に、中国と米国の国家間競争は、様々な分野で今後も激しさを増していくと思われる。

第二に、科学技術の急速な進展が安全保障のあり方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の開発を行っており、従来の軍隊の構造や戦い方に根本的な変化が生じている。

第三に、サイバー領域などにおけるリスクの深刻化、偽(にせ)情報の拡散を含む情報戦の展開、気候変動などのグローバルな安全保障上の課題も存在する。

まず、サイバー空間、海洋、宇宙空間、電磁波領域などにおいて、自由なアクセスやその活用を妨げるリスクが深刻化している。特に、相対的に露見するリスクが低く、攻撃者側が優位にあるサイバー攻撃の脅威は急速に高まっている。サイバー攻撃による重要インフラの機能停止や破壊、他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取などは、国家を背景とした形でも平素から行われている。

また、領域をめぐるグレーゾーン事態が恒常的に生起している。そして、武力攻撃の前から偽情報の拡散などを通じた情報戦が展開されるなど、軍事目的遂行のために軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせるハイブリッド戦が、今後さらに洗練された形で実施される可能性が高い。

さらに、サプライチェーンの脆弱性、重要インフラへの脅威の増大、先端技術をめぐる主導権争いなど、従来必ずしも安全保障の対象と認識されていなかった課題への対応も、安全保障上の主要な課題となってきている。その結果、安全保障の対象が経済分野にまで拡大し、安全保障の確保のために経済的手段が一層必要とされている。

KEY WORDグレーゾーン事態

いわゆる「グレーゾーン事態」は、純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したもの。

例えば、国家間において、領土、主権、海洋を含む経済権益などについて主張の対立があり、少なくとも一方の当事者が、武力攻撃に当たらない範囲で、実力組織などを用いて、問題にかかわる地域において頻繁にプレゼンスを示すことなどにより、現状の変更を試み、自国の主張・要求の受入れを強要しようとする行為が行われる状況をいう。

KEY WORDハイブリッド戦

いわゆる「ハイブリッド戦」は、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになる。

例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽(にせ)情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法が、「ハイブリッド戦」に該当すると考えられる。このような手法は、外形上、「武力の行使」と明確には認定しがたい手段をとることにより、軍の初動対応を遅らせるなど相手方の対応を困難なものにするとともに、自国の関与を否定するねらいがあるとの指摘もある。