防衛戦略を策定するためには、その背景となるわが国を取り巻く安全保障環境の厳しい現実をしっかりと分析することが必要である。防衛戦略では、戦略環境の変化を次のように分析した。
まず、普遍的価値や政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大しており、力による一方的な現状変更やその試みは、既存の国際秩序に対する深刻な挑戦であり、ロシアによるウクライナ侵略は、最も苛烈な形でこれを顕在化させている。国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。
また、グローバルなパワーバランスが大きく変化し、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化している。特に、インド太平洋地域においては、こうした傾向が顕著であり、その中で中国が力による一方的な現状変更やその試みを継続・強化している。
加えて、米中間の競争は様々な分野で今後激化していくと予想されるが、米国は中国との競争において今後10年が決定的なものになるとの認識を示している。
さらに、科学技術の急速な進展が安全保障のあり方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる、ゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の開発を実施している。加えて、サイバー領域などにおけるリスクの深刻化、偽情報の拡散を含む情報戦の展開、気候変動などのグローバルな安全保障上の課題も存在する。
中国は、2017年の中国共産党全国代表大会(党大会)での報告において、2035年までに「国防と軍隊の現代化を基本的に実現」したうえで、今世紀半ばに「世界一流の軍隊」を築き上げることを目標に掲げている。2020年の第19期中央委員会第5回全体会議では、2027年には「建軍100年の奮闘目標」を達成することを目標に加えた。2022年の党大会での報告においては、「世界一流の軍隊」を早期に構築することが「社会主義現代化国家」の全面的建設の戦略的要請であることが新たに明記され、そうした目標のもと、軍事力の質・量を広範かつ急速に拡大している。そのうえで、今後5年が自らの目指す「社会主義現代化国家」の全面的建設を始める肝心な時期と位置づけている。国防費の急速な増加を背景にわが国を上回る数の近代的な海上・航空アセットを保持するなど、軍事力を強化し、わが国周辺全体での軍事活動を活発化させるとともに、台湾に対する軍事的圧力を高めている。また、南シナ海での軍事拠点化などを推し進めている。さらに、2022年8月4日にわが国の排他的経済水域(EEZ)内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルを台湾周辺に発射したが、このことは地域住民に脅威と受け止められた。このような対外的な姿勢や軍事動向などは、わが国と国際社会の深刻な懸念事項であり、わが国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、わが国の防衛力を含む総合的な国力と、同盟国・同志国などとの協力・連携により対応すべきものである。
北朝鮮は、体制を維持するために大量破壊兵器や弾道ミサイルなどの増強に集中的に取り組んでおり、技術的にはわが国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載し、わが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる。また、様々なプラットフォームからのミサイル発射を繰り返すなど、特にミサイル関連技術・運用能力を急速に向上させている。こうした軍事動向は従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっている。
ロシアによるウクライナ侵略は、欧州方面における防衛上の最も重大かつ直接の脅威と受け止められている。また、わが国周辺においても北方領土を含む極東地域において軍事活動を活発化させており、こうした軍事動向は、わが国を含むインド太平洋地域において、中国との戦略的な連携と相まって防衛上の強い懸念である。
さらに、今後、インド太平洋地域において、こうした活動が同時に行われる場合には、それが地域にどのような影響を及ぼすかについて注視していく必要がある。
ロシアがウクライナを侵略するに至った軍事的な背景としては、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための十分な能力を保有していなかったことにある。また、どの国も一国では自国の安全を守ることはできず、共同して侵攻に対処する意思と能力を持つ同盟国との協力の重要性が再認識されている。
さらに、高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきである。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するが、その意思を外部から正確に把握することは困難である。国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在する。このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した防衛力を構築する必要がある。
また、戦い方についても、従来の航空侵攻・海上侵攻・着上陸侵攻といった伝統的なものに加え、精密打撃能力による大規模なミサイル攻撃、情報戦を含むハイブリッド戦、宇宙・サイバー・電磁波領域や無人アセットを用いた非対称的な攻撃、核兵器による威嚇ともとれる言動などを組み合わせた新しい戦い方が顕在化している。こうした新しい戦い方に対応できるかどうかが今後の防衛力を構築する上での課題である。