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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 北極海をめぐる動向

北極海では、近年、海氷の減少にともない、北極海航路の利活用や資源開発などに向けた動きが活発化している。カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン及び米国の8か国からなる北極圏国は1996年、北極における持続可能な開発、環境保護といった共通の課題についての協力などの促進を目的とし、北極評議会を設立した5

安全保障の観点からは、北極海は従来、戦略核戦力の展開または通過海域であったが、近年の海氷の減少により、艦艇の航行が可能な期間及び海域が拡大しており、将来的には、海上戦力の展開や、軍の海上輸送力などを用いた軍事力の機動展開に使用されることが考えられる。こうした中、軍事力の新たな配置などを進める動きもみられる。

ロシアは、北極圏における国益擁護のための体制の構築を推進しており、各種政策文書において、北極圏におけるロシアの権益及びそれらの権益擁護のためのロシア軍の役割を明文化している。また、ロシアはヤマル半島などで液化天然ガス開発に取り組んでおり、2018年には、ヤマル半島で生産された液化天然ガスが、初めて北極海航路を通って中国に運ばれた。また、軍事面では、北極圏沿岸部にレーダー監視網の整備を進めているほか、飛行場の再建や地対空・地対艦ミサイルの配備が進められている。さらに、こうした軍事施設の整備に加え、SSBNによる戦略核抑止パトロールや長距離爆撃機による哨戒飛行を実施するなど、北極における活動を活発化させている。

参照3章5節3項5(ロシア軍の動向(全般))

米国は、2022年10月に発表した「北極圏国家戦略」において、北極圏でのロシアや中国との戦略的競争が激化しているとの認識を示した6。また、安全保障面では、北極圏における米国の利益を守るために必要な能力を強化することによって米国本土と同盟国に対する脅威を抑止するとともに、同盟国やパートナーと共通のアプローチを調整し、意図しないエスカレーションのリスクを軽減するとしている。また、米国は、訓練目的で2017年以降ノルウェーに毎年6か月間ローテーション展開させてきた米海兵隊部隊について、2020年10月以降は、訓練に合わせてより短期間に、より大規模なものを含む兵員を派遣する形式に変更した。2018年10月には、27年ぶりに空母を北極圏に進出させ、ノルウェー海で航空訓練などを実施したほか、2020年5月には、米英の艦船が冷戦終結後初めてバレンツ海で活動した。また、2021年3月にはB-1爆撃機を北極圏内に初着陸させ、2022年3月には、米海軍が北極圏における演習「アイスエックス2022」を実施し、ロサンゼルス級原子力潜水艦を参加させるとともに、カナダ海・空軍及び英国海軍が参加した。

北極圏国以外では、日本、中国、韓国、英国、ドイツ、フランスなどを含む13か国が北極評議会のオブザーバー資格を有している。中国は、北極海に対して積極的に関与する姿勢を示しており、科学調査活動や商業活動を足がかりにして、北極海において軍事活動を含むプレゼンスを拡大させる可能性も指摘されている7

参照3章2節2項6(海空域における活動)

そのほか、EUは2021年10月、外交・安保に特化した項目が初めて明記された「北極に関する共同コミュニケーション」を公表した8

5 北極評議会の議長国は、2021年5月から2年間、ロシアが務めることとなっていたが、ロシア以外の北極圏国7か国は2022年3月、ロシアによるウクライナ侵略を受け、ロシアが議長国を務める北極評議会の全ての会合への参加を一時的に停止する旨を発表した。

6 ロシアについては、過去10年間、北極圏における軍事的プレゼンスに多大な投資を行う一方、北極圏における新たな経済基盤を整備し、北極海航路での過度の領海権主張により、航行の自由を束縛する試みを実施しているとの認識を示した。また、ロシアによるウクライナ侵略は、北極圏でも地政学的緊張を高め、意図しない紛争の新たなリスクとなり、協力を妨害しているとも指摘している。中国については、経済、外交、科学、軍事活動の拡大を通じて、北極圏における影響力を高め、より大きな役割を果たす意向を強調しているとの認識を示した。また、過去10年間、中国は重要な鉱物資源の採掘を中心に投資を倍増させ、北極圏での軍事利用のためのデュアルユース研究を実施しているとも指摘している。

7 米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2019年)による。

8 ロシアが北極において軍備増強を進展させているほか、中国などのアクターが様々な分野での北極における関心の高まりを見せていると指摘している。