わが国は、四方を海に囲まれた海洋国家であり、エネルギー資源の輸入を海上輸送に依存していることから、海上交通の安全確保は国家存立のために死活的に重要な課題である。また、国際社会にとっても、国際的な物流を支える基盤としての海洋の安定的な利用の確保は、重要な課題であると認識されている。
一方、海洋においては、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、または行動する事例がみられ、「公海自由の原則」が不当に侵害される状況が生じている。また、中東地域における船舶を対象とした攻撃事案などや、各地で発生している海賊行為は、海上交通に対する脅威となっている。
国連海洋法条約(UNCLOS:United Nations Convention on the Law of the Sea)1は、公海における航行の自由や上空飛行の自由の原則を定めている。しかし、わが国周辺、特に東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいては、中国が既存の国際秩序とは相容れない主張に基づき、自国の権利を一方的に主張し、または行動する事例が多くみられるようになっており、これらの原則が不当に侵害されるような状況が生じている。また、関連する国連安保理決議に違反することはもとより、航空機や船舶の安全確保の観点からも問題となり得るなど、北朝鮮による日本海や太平洋への度重なる弾道ミサイル発射は、わが国、地域及び国際社会の平和と安全を脅かすものである。
参照3章2節2項6(海空域における活動)、3章4節1項3(大量破壊兵器・ミサイル戦力)
こうした海洋及び空の安定的利用の確保に対するリスクとなるような行動事例が多数みられる一方で、近年、海洋及び空における不測の事態を回避・防止するための取組も進展している。まず、わが国と中国との間では、2018年5月の日中首脳会談において、自衛隊と人民解放軍の艦船・航空機による不測の衝突を回避することなどを目的とする「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」の運用開始で正式に一致し、同年6月にその運用を開始した。
多国間の取組としては、2014年4月、日米中を含む西太平洋海軍シンポジウム(WPNS:Western Pacific Naval Symposium)参加国海軍は、各国海軍の艦艇及び航空機が予期せず遭遇した際の行動基準(安全のための手順や通信方法など)を定めた「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES:Code for Unplanned Encounters at Sea)」2につき一致した。また、同年11月、米中両国は、軍事活動にかかる相互通報措置とともに、CUESなどに基づく海空域での衝突回避のための行動原則について合意したほか、2015年9月には、航空での衝突回避のための行動原則を定めた追加の付属書に関する合意を発表した。さらに、ASEANと中国との間では、「南シナ海に関する行動規範(COC:Code of the Conduct of Parties in the South China Sea)」の策定に向けた公式協議が行われてきている。
こうした、海洋及び空における不測の事態を回避・防止するための取組が、既存の国際秩序を補完し、今後、中国を含む関係各国は緊張を高める一方的な行動を慎み、法の支配の原則に基づき行動することが強く期待されている。