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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 民生分野における先端技術動向

(1)人工知能(AI)技術

人工知能(AI)技術は、近年、急速な進展がみられる技術分野の一つであり、軍事分野においては、指揮・意思決定の補助、情報処理能力の向上に加え、無人機への搭載やサイバー領域での活用など、影響の大きさが指摘されている。

AIの活用として、米国は、2019年12月、収集した情報をAIが分析し、戦闘部隊などにネットワーク経由で迅速に共有する先進戦闘管理システム(ABMS:Advanced Battle Management System)の実証実験を実施している。また、中国は、2020年7月、次世代指揮情報システムの研究・開発を目的に、中央軍事委員会がAI軍事シミュレーション競技会の開催を発表している。

また、各国は、AIを搭載した無人機の開発を進めている。米国は、米国防省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)が空中射出・回収・再利用が可能な情報収集・警戒監視・偵察(ISR)用の小型無人機のスウォーム飛行、潜水艦発見用の無人艦など、多様な無人機の開発を公表している。このほか、空対空戦闘の自動化に関する研究開発や、2021年6月には、スカイボーグシステム3の2回目の飛行試験に成功するなど有人機と高度な無人機が連携する構想の研究を推進している。

中国は、2018年5月、中国電子科技集団公司がAIを搭載した200機からなるスウォーム飛行を成功させており、2020年9月には中国国有軍需企業が無人航空機のスウォーム試験状況を公開している。このような、スウォーム飛行を伴う軍事行動が実現すれば、従来の防空システムでは対処が困難になることが想定される。また、2022年11月の中国国際航空宇宙博覧会では、AIによる識別機能を搭載したとみられる無人機「CH-4」が初公開された。

ロシアは、2019年9月、大型無人機S-70「オホートニク」と第5世代戦闘機Su-57との協調飛行試験を実施しており、飛行試験の状況を動画で公開している。複座型のSu-57戦闘機に約4機のオホートニクが随伴し、航空・地上標的への攻撃を担当する可能性も報じられている。

また、こうした無人機は、自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapons Systems)に発展していく可能性も指摘されており、特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW:Convention on Certain Conventional Weapons)の枠組みにおいて議論されている。

さらに、2023年2月、「軍事領域における責任あるAI利用(REAIM:Responsible Artificial Intelligence in the Military Domain)」サミットが開催され、AIの軍事利用にあたり、国際法上の義務に従い、国際的な安全保障、安定、説明責任を損なわない方法での責任ある利用を確認するREAIM宣言が、わが国を含む60か国の賛同を得て発表された。

(2)量子技術

量子技術は、日常的に感じる身の回りの物理法則とは異なる量子力学を応用することにより、社会に変革をもたらす重要な技術と位置づけられている。2019年12月には、米国防省の諮問機関である米国防科学技術委員会が軍事への応用が期待される量子技術として量子暗号通信、量子センサー、量子コンピュータをあげている。

量子暗号通信は、第三者が解読できない暗号通信とされ、各国で研究されている。中国は、北京・上海間に約3,000kmにわたる世界最大規模の量子通信ネットワークインフラを構築したほか、2016年8月、世界初となる量子暗号通信を実験する衛星「墨子(ぼくし)」を打ち上げ、2018年1月には、「墨子」を使った量子暗号通信により、中国とオーストリア間の長距離通信に成功したとしている。

量子センサーは、将来的に、ミサイルや航空機の追跡用途のほか、より進化したジャイロや加速度計として使用できる可能性4が指摘されている。

量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータでは膨大な時間がかかる問題を、短時間かつ超低消費電力で計算できるとされ、暗号解読などの分野への応用が期待されている。中国は、2021年に発表した第14次五カ年計画において、量子コンピュータなど先端技術の開発を加速し、量子技術分野における軍民の協調開発を強化するとしている。一方、量子コンピュータでは解読できない耐量子計算機暗号の研究も各国で進められている。

(3)最新の情報通信技術

移動通信インフラとして、2019年4月以降各国で相次いで商用サービスが開始されている第5世代移動通信システム(5G)が注目を集めている。

米国は、2020年3月に「5Gの安全を確保するための米国家戦略」を公表し、同年5月にはその戦略の国防政策上のアプローチを示した「米国防省5G戦略」を公表した。国防省の戦略では、5Gは極めて重要な戦略的技術であり、これによってもたらされる先端技術に習熟した国家は長期にわたり経済的及び軍事的な優位を獲得するとの認識を示している。さらに、米国防省は、2021年12月、ユタ州のヒル空軍基地で5Gネットワーク実験設備が完成し、実験を開始している。

また、2022年2月、米国防省は「競争時代の技術ビジョン」を公表し、国家安全保障を維持するために不可欠な重要技術分野の1つとして5Gの後継である次世代ワイヤレス通信技術「Future G」をあげている。

(4)積層製造技術

3Dプリンターに代表される積層製造技術は、低コストで通常では作成できないような複雑な形状でも製造が可能なことや、在庫に頼らない部品調達など、各国で軍事技術への応用が期待されている。例えば、米海軍は、演習参加中の艦上で、金属3Dプリンターを使用して各種部品を作成する試験・評価を実施している。

3 高度な処理能力を有するとともに、低コストで運用可能であり、有人機との協調飛行が可能な無人航空プラットフォーム開発プログラム。

4 2021年2月23日付の米国防省HPによる。