加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させ、抑止・防衛、危機の防止・管理、協調的安全保障の3つを中核的任務としている。
ロシアによるウクライナ侵略を受けて加盟国の危機感が高まる中、2022年6月に開催されたNATO首脳会合において、2010年以来12年ぶりとなる新たな戦略概念が採択された。前回の戦略概念においては、欧州・大西洋地域を平和であり、NATO領に対する攻撃の可能性は小さいとしていたが、今般の戦略概念では、欧州・大西洋地域は平和ではなく、加盟国の主権・領土に対する攻撃が行われる可能性を見過ごすことはできないとしている。
そして、前回の戦略概念において、ロシアとは「真の戦略的パートナーシップ」を目指すとしていたが、今回の戦略概念においては、加盟国の安全保障及び欧州大西洋地域の平和と安定に対する最も重大かつ直接的な脅威と位置づけた。
また、今回の戦略概念において初めて中国に言及し、中国が表明している野心と威圧的な政策は、NATOの利益・安全保障・価値観に対する挑戦であるとした。また、中露の関係の深化やルールに基づく国際秩序を損なう両国の試みは、NATOの価値観及び利益に背くものと指摘している。
これに加え、北朝鮮の核・ミサイル開発についても初めて言及したほか、インド太平洋地域における情勢は欧州・大西洋地域の安全保障に直接的な影響を及ぼし得ることから、NATOにとって重要な地域であると位置づけ、インド太平洋地域のパートナーと対話及び協力を強化するとしている。2022年6月に開催されたNATO首脳会合には、NATOのアジア太平洋パートナー(AP4:four Asia-Pacific partners)である日本、オーストラリア、ニュージーランド及び韓国の首脳を初招待し、海洋安全保障や偽情報対策などにおける協力を強化することを決定した。
このように、NATOは大きく変化した情勢認識のもと、中核的任務の1つである加盟国の防衛を改めて強調しつつ、抑止力・防衛能力の強化に取り組んでいる。
2022年2月のウクライナ侵略以前から、NATO及び加盟国は、ロシアによるハイブリッド戦の展開や、ロシア軍機によるバルト諸国を含む北欧・東欧地域での活発な「特異飛行」などを受け、ロシアの脅威を再認識し、抑止力の強化を図ってきていた。
2014年9月のNATO首脳会合では、ロシアに対しクリミア「併合」を撤回するよう要求する共同宣言や、既存の即応部隊の強化を行う即応性行動計画(RAP:Readiness Action Plan)を採択した1。本計画に基づき、東部の同盟国におけるプレゼンスを継続するとともに、既存の多国籍部隊であるNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の即応力を著しく強化し、2~3日以内に出動が可能な高度即応統合任務部隊(VJTF:Very High Readiness Joint Task Force)が創設された。また、2016年7月のNATO首脳会合では、バルト三国及びポーランドに大隊規模の4個多国籍戦闘群をローテーション展開することが決定され、2017年には完全運用体制に入った。
こうした中、ロシアによるウクライナ侵略が発生し、NATOはさらにロシアを念頭に置いた東部防衛に比重を置くようになってきている。
侵略を受け開催された2022年2月の緊急首脳会議では、東欧諸国の安心供与のためにNRFの東欧への派遣を表明したほか、同年3月の首脳会議では4つの戦闘群を新設し、それぞれブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアに設置することが決定された。
また、同年6月のNATO首脳会合では、新たな安全保障環境への対応として、東部に展開する戦闘群の一部を大隊から旅団規模へ強化することや、NRFの規模を4万人から30万人規模へ拡大すること、地域担任制の導入を含む柔軟性や即応性の高い新モデルの設立などが表明された。
加えて、NATOは、集団防衛と並ぶ中核的な任務として、域内外における危機の防止・管理のための作戦や任務を実施している。
地中海においては、地中海経由の不法移民の増加などを背景として、常設艦隊の展開による不法移民の流入動向について監視や情報共有を行っているほか、テロ対策や能力構築支援といった広範な任務も実施している。中東においては、ISILへの対応として、早期警戒管制機部隊を派遣し、2016年10月から監視・偵察任務を遂行している。また、イラクにおいては、国防・治安部門に対する助言や能力構築などの支援を実施しており、2021年2月のNATO国防相会合では、約500名から約4,000名への人員増及び任務実施場所の拡大が合意された。NATOはこのほか、コソボなどで任務を実施している。
2022年6月のNATO首脳会合にて採択されたマドリード首脳宣言においては、2024年以降の防衛支出に関する取り決めについては2023年以降決定することとした。また、同年11月、ストルテンベルク事務総長は、NATO加盟国における防衛支出の目標について、対GDP比2%は上限ではなく下限と考えるべきであると表明し、今後の目標の引き上げを示唆した。
フィンランドはロシアのウクライナ侵略を受け、長年の軍事的非同盟政策を転換させ、2022年5月にNATO加盟を申請し、2023年4月4日、正式にNATOへ加盟した。これにより、NATO加盟国は31か国に拡大した。
EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)及び共通安全保障・防衛政策(CSDP:Common Security and Defence Policy)2のもと、安全保障分野における取組を強化している。
2017年12月には、加盟国のうち25か国が参加する防衛協力枠組みである「常設軍事協力枠組み」(PESCO:Permanent Structured Cooperation)が発足した。本枠組みにより、航空・海洋領域などにおける新たな能力の開発や、軍への訓練・支援、サイバー領域など特定分野における専門知識の共有などを推進している旨を表明しており、欧州の防衛力強化が期待されている。3このように、EUは、欧州の現在及び将来の安全保障上の要求に応えることで、安全保障を担う存在として行動する能力と自身の戦略的自律を高めようとしている。
加えて、近年はインド太平洋地域への関与も強めており、2021年4月にはEUとしては初のインド太平洋戦略を発表し、同年9月にはその詳細となる共同コミュニケーションを発表した。共同コミュニケーションでは、同地域において中国などによる著しい軍備増強がみられ、東シナ海、南シナ海及び台湾海峡における力の誇示と緊張の高まりは、欧州の安全保障と繁栄に直接的な影響を及ぼすとし、ルールに基づく国際秩序を目指し、わが国を含む価値観を同じくするパートナー国と連携するとともに、台湾との貿易や投資などの分野における関係を強化するとしている。
2022年3月の欧州理事会では、今後5~10年間の安全保障・防衛政策に向けた共通の戦略ビジョンを示す「戦略的コンパス」を採択した。この文書では、救難・退避作戦などでの運用を想定した、最大5,000人規模の「EU即応展開能力」の完全運用能力を2025年までに獲得するとした。
前例のない課題への効率的な対処を目指し、NATO・EU間の協力に関しても進展がみられる。2016年及び2018年には共同宣言が発表され、ハイブリッド脅威への対処やサイバー防衛、テロ対策などの分野において協力を強化するとするなど、相互に補完し合う形で協力を進展させている。
2023年1月には、4年ぶりとなるNATOとEUの協力に関する第3回共同宣言が署名された。同宣言においては、欧州・大西洋の安全保障及び安定にとって重要な岐路にあるとし、中国が繰り広げている主張と政策は、対処しなければならない課題を提示しているとした。また、安全保障上の脅威や挑戦の範囲及び規模の変化への対応として、既存の分野における協力の一層の強化のほか、特に、増長する戦略地政学上の競争、抗たん性の問題、重要インフラの防護、新興技術及び破壊的技術、宇宙、気候変動が安全保障に及ぼす影響、外国の情報操作及び干渉に対処するための協力を拡大・深化するものとした。
1 RAPは、兵力連結構想(CFI:Connected Forces Initiative)の具体的な取組として承認されたものである。CFIとは、加盟国が共同で演習・訓練を実施できる枠組みを提供することや、加盟国間やパートナー国との共同訓練の強化、相互運用能力の向上、先進技術の利用などを図るものである。
2 EUは、1993年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、1999年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。2009年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。
3 EUは2022年12月時点で、60の共同プロジェクトが進行中と公表している。