パワーバランスの変化を背景とし、現在、政治・経済・軍事などにわたる国家間の競争が顕在化している。中でも、米中の戦略的競争が激しさを増すとともに、ロシアによるウクライナ侵略など、既存の秩序に対する挑戦への対応が世界的な課題になっている。このような国家間の競争は、ソーシャル・ネットワークなども含め、多様な手段により平素から恒常的に行われており、軍事的手段と非軍事的手段を組み合わせた「ハイブリッド戦」がとられることもある。
また、テクノロジーの進化は安全保障のあり方を根本的に変えようとしており、各国は人工知能(AI)、極超音速技術などいわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の開発や活用に注力するとともに、こうした技術の流出防止など経済安全保障の重要性が認識されるようになっている。科学技術・イノベーションは激化する国家間の競争の中核となっている。
わが国が置かれたインド太平洋地域は、グローバルなパワーバランスの変化の影響を大きく受け、安全保障面では様々な課題を抱えている。特に台湾や南シナ海では、米中の対立が顕在化している。
加えて、朝鮮半島においては半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続している。加えて、近年では、いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、こうしたグレーゾーンの事態は、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。
2022年2月に開始されたロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の深刻な違反である。このような力による一方的な現状変更は、欧州のみならず、アジアを含む国際秩序全体の根幹を揺るがすものである。
国際の平和及び安全の維持に主要な責任を負うこととされている安保理常任理事国が、国際法や国際秩序と相容れない軍事行動を公然と行い、罪のない人命を奪っているという事態は前代未聞と言えるもの。このようなロシアの侵略を容認すれば、アジアを含む他の地域においても一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねず、わが国を含む国際社会として、決して許すべきではない。
今般の侵略を通じ、ロシアの今後の中長期的な国力の低下や、周辺地域との軍事バランス・中国との軍事協力に変化が生じる可能性がある。さらに、米中の戦略的競争の展開やアジアへの影響を含め、グローバルな国際情勢にも影響を与えうることから、関連動向について、強い関心を持って注視していく必要がある。
ウクライナ国内を走行するロシア軍の装甲車
【SPUTNIK/時事通信フォト】
バイデン政権は、米国の優位性を再構築し、中国との戦略的競争に勝利することを重視してきた。2022年3月には、国家防衛戦略の概要において、中国を最も重大な戦略的競争相手であり、刻々と深刻化する課題と位置づけ、最優先で対応するとし、次にロシアの課題を優先するとした。
また、同盟国やパートナー国との協力強化の方針を示し、2021年9月には、日米豪印4か国の「クアッド」として初となる対面の首脳会談を行うとともに、豪英米3か国による新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」を設立した。翌年2月には、バイデン政権の地域戦略として初となる「インド太平洋戦略」も発表している。
同年3月に発表した2023会計年度予算では、統合抑止などへの投資を重視するとともに、宇宙、サイバー、人工知能(AI)などのイノベーション及び近代化への投資を優先するとしている。
21世紀中頃までに「世界一流の軍隊」の建設を目指す中国は、過去30年以上にわたり高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を急速に強化している。2021年夏頃には、迎撃がより困難とされる極超音速滑空兵器の地球低周回軌道での発射実験が報じられるなど、関連動向が注目される。
また、軍隊資源と民間資源の双方向での結合を目指す軍民融合発展戦略を国家戦略として推進することなどにより、人工知能(AI)などを活用した「智能化戦争」を可能にすることで、「世界一流の軍隊」の建設を目指しているとみられる。
わが国周辺では、尖閣諸島周辺において力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される状況である。2021年10月には、ロシア軍とわが国を周回させる形で艦艇の共同航行を行っており、わが国に対する示威行動を意図したものと考えられる。
中国の軍事動向などは、国防政策や軍事に関する不透明性とあいまって、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっており、こうした傾向は近年より一層強まっている。
中国海軍艦艇(右側)、ロシア海軍艦艇(左側)及び
中国海軍レンハイ級ミサイル駆逐艦搭載ヘリコプターZ-9
(2021年10月22日)
バイデン政権は、中国を米国の繁栄、安全保障、民主的価値観に挑戦する「最も深刻な競争相手」と位置づけ、同盟国やパートナー国との協力によって中国を牽制する姿勢を鮮明にしている。また、経済安全保障を国家安全保障と位置づけ、重要技術や機微技術が中国の軍事力強化に転用されることを防ぐための取組を一層強化している。中国は、対抗措置となる法令などを相次いで施行しており、米中両国の戦略的競争は、その影響が国際的な広がりを見せている。
また、両国は台湾をめぐっても対立を顕在化させている。米国は2021年4月、台湾当局との交流促進に関する「新ガイドライン」を発出し、米国の台湾への関与を推進する姿勢を示しており、米艦艇による台湾海峡通過や台湾への武器売却を継続している。一方、中国は2021年、中国軍機による台湾南西空域への進入を一層増加させたほか、台湾周辺の海空域における実動訓練の実施を発表している。
こうした状況を背景に、米国のみならず、欧州諸国などが台湾海峡の平和と安定への関心や懸念を相次いで表明している。台湾はわが国にとって、自由や民主主義といった基本的価値を共有する極めて重要なパートナーであるとともに、台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとっても重要であり、力による現状変更は世界共通の課題との認識のもと、国際社会と連携しつつ、緊張感を持って注視していく必要がある。
北朝鮮は、技術的には、弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられ、また、極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続している。変則軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するものなどを立て続けに発射し、その態様も鉄道発射型や潜水艦発射型など多様化させており、ミサイル防衛網を突破する能力の向上に注力しているとみられる。加えて、特に2022年に入ってからは、国際社会がウクライナ侵略に対応している中にあっても、ICBM級弾道ミサイルを含む発射を極めて高い頻度で繰り返し、国際社会に対する挑発を一方的にエスカレートさせている。
北朝鮮のこうした軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。さらなる挑発行動に出る可能性も考えられ、こうした傾向は近年より一層強まっている。
「強い国家」を掲げるロシアは、ロシア周辺におけるNATOの軍事活動などを脅威であるとし、米国との核戦力のバランスを確保したうえで、2022年から極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の量産型配備を計画するなど新型兵器の配備を進めるほか、電子戦装備などによる非対称戦能力の向上を図ってきた。ロシアは、ウクライナをはじめとする旧ソ連諸国のNATO新規加盟を認めないと主張し、2021年秋以降、ウクライナ周辺などにロシア軍部隊を集結させるなどしてきたが、2022年2月、ウクライナへの全面的な侵略を開始した。
わが国周辺では、ロシア軍と中国軍が爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行を実施するなど、中国との連携を強化する動きもみられるとともに、こうした軍事面の協力を「戦略的連携」をしてアピールするような動きもみられ、今後もその動向を懸念を持って注視する必要がある。
2022年2月に行われた中露首脳会談
【AFP=時事】
特に民生分野の技術が急速に発展する中、安全保障面への影響が注目されている。例えば、人工知能(AI)などの技術の活用により、今後さらに戦闘の無人化や省人化が進んでいくほか、意思決定の精度やスピードにも変革が起こる可能性がある。また、サイバー攻撃など、従来の軍事力に限られない多様な手段により他国を混乱させる手法はすでに実例があり、いわゆるグレーゾーンの事態が増加・拡大する可能性もある。
こうした中、各国は技術的優越を確保すべく、研究開発への投資を拡大し、いわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる技術の開発や活用に注力している。加えて、技術開発や生産の独立性を高め、サプライチェーンの強靭化を図るなど、いわゆる「経済安全保障」の観点からの施策を講じている。
攻撃型ステルス無人機「攻撃11」(中国の建国70周年軍事パレード)
【SPUTNIK/時事通信フォト】
宇宙空間を利用した技術や情報通信ネットワークは、人々の生活や軍隊にとっての基幹インフラとなっている。一方、中国やロシアなどは、他国の宇宙利用を妨げる能力を強化し、国家や軍がサイバー攻撃に関与していると報告されており、宇宙空間やサイバー空間の安定的利用の確保は各国の重要課題となっている。
また、各国は、宇宙・サイバー空間における能力を、電磁波領域における能力とあわせ、敵の戦力発揮を効果的に阻止する攻撃手段として認識し、能力向上を図っている。
ロシアの電子戦システム「パランティン」【ロシア国防省】
近年、気候変動が安全保障に与える様々な影響が認識されるようになっている。例えば、気候変動は、政治的・経済的に脆弱な国家の安定性を揺るがしかねない旨指摘されており、こうして不安定化した国家に対し、軍の活動を含む国際的な支援の必要性が高まることも見込まれている。
「脅威の乗数」とも表現される気候変動に対し、国際社会の一体となった対応が求められている。
米国が主催した気候サミット(2021年4月)【NATO】