近年、英仏独蘭といった主要国に加え、EUもインド太平洋地域に関する政策文書などを発表するなど、欧州諸国はインド太平洋地域への関与を強化しています。特に2021年は、欧州諸国の艦船が日本に相次いで寄港するなど、インド太平洋地域への「傾斜」が象徴的な年でした。
英国は2021年5月22日、空母打撃群(CSG21:Carrier Strike Group 21)をインド太平洋地域へ向け派遣しました。同空母打撃群は最新鋭の英空母「クイーン・エリザベス」を中心に米駆逐艦「ザ・サリバンズ」、オランダ海軍フリゲート「エファーツェン」など多国籍の艦艇10隻及びF-35を中心とする英米の航空隊で構成され、約28週間の展開期間中、グアム、シンガポール、インドなどを訪問し、各国との共同演習などを実施しました。日本においても、同年9月4日から8日にかけて横須賀米海軍基地などに寄港し、海上自衛隊の護衛艦「いせ」などを含む、日米英蘭加の5か国共同訓練を実施しています。
こうした英国の活動の背景には、EU離脱後の「グローバル・ブリテン」と呼ばれる、欧州を越えて世界中に経済と外交の場を求めていく外交方針が反映されているとみられます。英国にとってインド太平洋地域は貿易額の2割近くを占める重要な地域であり、同地域に関与し航行の自由を確保することは英国の国益に不可欠だと考えられます。また、英国は空母打撃群の派遣に先立ち、2021年3月、安全保障や外交の包括的な方針を定めた戦略文書「安全保障、国防、開発、外交政策の統合的見直し(Integrated Review)」を発表しました。本文書では中国についてその軍拡に触れ、「体系的な競争相手(systemic competitor)」とこれまでより踏み込んだ評価を行っているほか、「インド太平洋への傾斜」という項目を設け、インド太平洋地域は英国の経済及び安全保障にとって重要であり、今後10年間で他のどの欧州の国よりも同地域への大きく持続的なプレゼンスを確立し、同盟国及び日本を含む志を同じくするパートナー国との協力を深化する、としています。
これらを踏まえると、今回の英国の空母打撃群派遣の狙いには、空母の遠洋投射能力を示すとともに米英同盟や日本を含むパートナー国との連携の強固さを印象付け、インド太平洋地域の安定に寄与する意図と能力を表す目的があると考えられます。
フランスからも2021年5月9日、強襲揚陸艦「トネール」、フリゲート「シュルクーフ」が日本に寄港しました。両艦は士官候補生のための遠洋航海演習「ジャンヌダルク2021」の一環でインド太平洋地域に派遣されており、同年5月11日から17日にかけ「アーク21」と呼称される日米豪仏合同訓練を行い、特に九州の霧島演習場では陸上自衛隊や在日米軍とともに仏陸軍が着上陸訓練を実施しました。
フランスは2019年6月にインド太平洋地域に特化した国防戦略を初めて発表し、そこでは、中国が拡大する影響力を背景に同地域のパワーバランスを変更しようとしており、米中対立の激化に伴い戦略環境が悪化している、と評価しています。フランスは自らをインド太平洋地域に領土とおよそ165万人の人口を有する「インド太平洋国家」と認識しており、それらを守るため今後もアセットの派遣などを通じ、日米豪印といったパートナー国と協力し同地域への関与を行っていくものと考えられます。
2021年11月5日にはドイツのフリゲート「バイエルン」が東京に寄港しました。ドイツ艦艇の太平洋への派遣は2005年のスマトラ島沖地震での救助活動以来16年ぶり、日本への寄港は約20年ぶりになります。「バイエルン」は地中海やソマリア沖でNATOやEUの海上作戦に参加したのち太平洋に来航、東京への寄港後は、ドイツ艦艇としては初となる、北朝鮮による「瀬取り」監視任務に従事したほか、わが国や米国を含む多国間の共同訓練に参加、南シナ海を通過して東南アジア諸国などを訪問したのち、本国に帰投しました。
艦艇派遣の目的については、クランプ=カレンバウアー国防相は「インド太平洋地域におけるドイツのプレゼンスを示すもの」と発言しています。ドイツもまた2020年9月に「インド太平洋ガイドライン」を閣議決定しており、既存のルールに基づく国際秩序の擁護者として、インド太平洋地域において安全保障政策面での関与を強化する姿勢を強めています。同ガイドラインでは一国覇権や二極構造の固定化は危険であり、各国との協力関係を引き続き多角化していく、特にASEANや日豪印韓など民主主義国家や共通の価値観を持つ国との連携を重視するとも明示しており、今回の派遣も自らアセットを派遣することで主体的にパートナー国との協力を実施し、既存のルールに基づく国際秩序の実現を目指す狙いがあると考えられます。
このように、各国ごとに派遣されたアセットの様態や、戦略文書からみるインド太平洋地域への関与の狙いは様々ですが、同地域において安全保障政策面での関与を強化するという意図は共通しており、わが国としては、基本的価値を共有する欧州諸国によるこうした動きを地域の平和と安定に寄与するものとして歓迎し、注視してまいります。