中国とインドは、ヒマラヤ山脈を挟み約3,500kmの国境を接していますが、国境が未画定であるため、暫定的な国境として実効支配線(LAC:Line of Actual Control)が形成されています。国境地帯では中印両軍が衝突する事件が断続的に発生してきましたが、2020年6月には45年ぶりに双方に死傷者を出す事態となりました。LACを隔てた対峙は現在も継続しており、両国は、地対空ミサイルを含む各種アセットの増強や、近隣基地への戦闘機の追加配備などを行う一方で、中・長距離ミサイルの開発と配備を進めていることが指摘されています。
中国は、様々な射程のミサイルを保有していますが、四川省や雲南省などにあるロケット軍の基地への配備が指摘される大陸間弾道ミサイルDF-31や、中距離弾道ミサイルDF-26は、インドを射程に含めているとされています。2020年8月には、チベット高原にあるカイラス山付近にミサイル基地を新設し、準中距離弾道ミサイルDF-21を配備したと報じられました。このミサイルは、最大射程が2,150kmとされ、当地から発射された場合、ニューデリーを含めインド南部までを射程に収めることができると考えられます。米国防省は、2021年に公表した「中国の軍事及び安全保障の発展に関する年次報告書」において、中国のロケット軍が試験や訓練のために、2020年に250発以上の弾道ミサイルを発射し、これは世界の他の国々の合計よりも多いと指摘しています。さらに、中国は、極超音速滑空兵器の開発も推進しているとされており、今後もミサイル能力の強化に取り組むものと考えられます。
一方、インドは、ロシアと共同開発した超音速巡航ミサイル「ブラモス」をLAC沿いの要衝に展開していると報じられています。射程は290kmと公表されていますが、2021年7月には800kmまで延伸させる予定があると報じられており、Su-30MKI戦闘機から発射が可能な「ブラモスA」の開発は最終段階にあるとの指摘もあります。また、インドは中距離弾道ミサイル「アグニ」シリーズの開発と導入を進めており、既に「アグニ1」、「アグニ2」及び「アグニ3」が配備されているほか、2021年10月には、「アグニ5」の発射実験に成功しました。このミサイルは射程が5,000kmであり、中国の大部分を射程に収めることから、「チャイナキラー」と呼ばれることもあります。さらに、新技術を用いた短・中距離の新世代弾道ミサイルの開発も進めており、2021年には射程1,000~2,000kmの「アグニP」や、射程150~500kmの「プラレイ」の飛行実験に成功したほか、極超音速兵器の開発にも乗り出しており、「信頼できる最小限の抑止力」を持つという政府の方針に従い、着実に開発に取り組んでいるものと考えられます。
新世代弾道ミサイル「アグニP」の飛行試験【インド国防省】
LACにおける対峙が解消されない中、中印両国は、ミサイル能力の向上を図り、今後も中・長距離ミサイル兵器などの開発や実験、配備を進めていくとみられます。中印両国は核の先制不使用を宣言していますが、核弾頭の搭載が可能な中長距離精密打撃能力の獲得は、LACを挟んだ両国の関係のみならず、地域を超えた影響を与える可能性もあり、中印両国のミサイル開発・配備状況については、引き続き注視していく必要があります。
インド(ニューデリー)を中心とする弾道ミサイルの射程(イメージ)
(注1)上記の図は、便宜上ニューデリーを中心に、各ミサイルの射程を概略のイメージとして示したもの
(注2)「アグニ1」、「アグニ2」及び「アグニ3」は配備済み、「アグニ4」、「アグニ5」及び「アグニ6」は開発中とされる