第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
第3節 国際社会における安全保障上の主な課題

近年では、海洋、宇宙、サイバー空間といった、国際公共財(グローバル・コモンズ:Global Commons)1の安定的利用に対するリスクが新たな安全保障上の課題となってきている。
これが安全保障の観点から注目されている背景としては、軍事科学技術の一層の進展や近年の情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の著しい進展などを反映して、宇宙空間やサイバー空間といった従来の地理的な視点では捉えきれない領域における活動が、国家の安全保障や人々の生活にとっての重要な基盤となっていることがあげられる。また、国際的な物流を支える基礎として重視されてきた海上交通の安全確保についても、近年の海賊行為の多発や航行の自由に関連した議論などを含め、海洋の安定的利用が阻害される可能性が指摘されるなど、より一層の関心を集めている。このような観点から、国家の活動や人々の生活に深刻な影響をもたらしうる各種情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃への対処については、各国において、近年、政府および関係機関の組織改編なども含めた具体的な取組が進められている。また、海洋に関しても、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処のため各国が艦艇などの派遣を行っているほか、国際会議において航行の自由の重要性を確認するなど、国際社会の取組が行われている。
核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器およびそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散問題は、依然として、国際社会にとっての大きな脅威となっている。特に北朝鮮による核兵器・弾道ミサイルの拡散や国際テロ組織をはじめとする非国家主体による大量破壊兵器などの取得・使用といった懸念も引き続き指摘されている。また、イランの核問題に対しては、米国や欧州連合(EU:European Union)などがイランに対する制裁を強化しつつ、イランとの協議を行っているが、大きな進展が見られず、イランは、ウラン濃縮作業を進行・拡大させている。一方で、11(同23)年2月の米露間における新たな戦略兵器削減条約(START:Strategic Arms Reduction Treaty)の発効など、核不拡散・核軍縮に向けた取組が進められている。
各地に分散した国際テロ組織の分子およびそのイデオロギーに共鳴した地域のテロ組織や個人がテロ活動を行う傾向が継続しており、ウサマ・ビン・ラーディン死亡後もなお引き続き国際社会の安全保障上の脅威であることに変化はない。こうした国際テロ組織などは、13(同25)年1月の在アルジェリア邦人に対するテロ事件にみられるように、北アフリカや中東などにおける統治能力の脆弱な国家を活動や訓練の拠点として利用し、国境を越えてテロを実行しているとの指摘もみられる。
背景や態様が複雑で多様な地域紛争が世界各地に依然として存在しており、中東やアフリカ地域を中心として、国際社会による紛争の対処・解決の努力が活発に行われている。また、領土や主権、経済権益などをめぐり、武力紛争に至らないような、いわばグレーゾーンの対立が増加する傾向にある。一方、主権国家間の資源・エネルギーの獲得競争や気候変動の問題が今後一層顕在化し、地域紛争の原因となることにより、世界の安全保障環境に影響を与える新たな要因となる可能性があると指摘されている。さらに、大規模災害や疫病の流行に対しても、迅速な救援活動などのため軍が持つ様々な機能が活用されている。
このように、今日の国際社会は、多様で複雑かつ重層的な安全保障上の課題や不安定要因に直面している。これらの課題などは、同時に、また、複合して生じることもあり得る。これらに対応するための軍事力の役割もまた、武力紛争の抑止と対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様化している。また、このように軍事力が重要な役割を果たす機会が増加していると同時に、外交、警察・司法、情報、経済などの手段とも連携のとれた総合的な対応が必要になっている。


1)ここでいう国際公共財は、一般的に国家の排他的管轄権に属さず、すべての国家の安全保障および繁栄がこれに依存している世界的に接続・共有された領域などとされる。(米国「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)(10(平成22)年5月公表)など)
 
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