第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
第1章 諸外国の防衛政策など 
第1節 米国
1 安全保障政策・国防政策

米国は、その影響力が相対的に変化しつつあるが、引き続き世界の平和と安定にもっとも大きな役割を果たしており、その安全保障政策・国防政策の動向は、わが国を含む多くの国家に大きな影響を与えている。12(平成24)年1月、オバマ政権は新たな国防戦略指針1を公表し、その中で、米国の安全保障戦略の重点をアジア太平洋地域に置くことを明らかにした。同年11月の大統領選挙で再選を果たしたオバマ大統領は、再選後初めての外遊でタイ、ミャンマー、カンボジアを訪問するなど、二期目においても同地域を重視する方針を継続していく姿勢を示している。
一方、近年、米国政府の財政赤字が深刻化する中で政府歳出の大幅削減が求められており、12(同24)年1月、国防省は、12会計年度から21会計年度までの10年間で国防歳出を約4,870億ドル削減することを発表した2。このような将来の国防歳出削減の必要性は、国防戦略指針が策定された背景の一つとなっている。また、13(同25)年3月に国防歳出を含む政府歳出の強制削減3が開始された。ヘーゲル国防長官を始めとする国防省高官は、度々、強制削減の影響について懸念する旨の発言をしており、国防省は同年同月、ヘーゲル国防長官が国防戦略に対する強制削減の影響に関して省内で調査を行うよう指示したことを明らかにした。国防歳出の強制削減が今後の米国の国防戦略や安全保障政策に関する選択に与える影響が注目される。

就任にあたり国防省で演説するヘーゲル国防長官13(平成25)年2月【米国防省】
就任にあたり国防省で演説するヘーゲル国防長官13(平成25)年2月【米国防省】
1 国防戦略指針

12(同24)年1月、オバマ政権は、新たな国防戦略指針を公表した。これは、10年にわたるアフガニスタンおよびイラクにおける作戦の後、米軍が両国からの撤収を進めていること4、また、厳しい米政府の財政状況下で国防歳出を含む政府歳出の大幅削減が求められていること、という国外・国内双方の要因により、現在の米国が転換点に置かれているとの認識のもと、国防上の優先順位について改めて見直し、2020年の統合軍のあり方を示すものとして策定されたものである。国防戦略指針公表後のブリーフィングにおいて、オバマ大統領は、将来の米軍は、小規模で引き締まったものになるが、同時に、より俊敏で柔軟性があり、即時に展開可能であり、技術的に優れたものとなると発言した。

(1)安全保障環境認識
国防戦略指針は、世界的な安全保障環境について、課題(暴力的過激主義者による脅威、大量破壊兵器の拡散、海・空・宇宙・サイバー空間といった国際公共財(グローバル・コモンズ:Global Commons)に対する侵害など)と機会(アジア太平洋地域の発展、中東における民主化運動など)が複雑に入り混じったものになっており、国力の全ての要素を用いて対応することが必須であるとしている。
特に、アジア太平洋地域に関しては、米国の経済上、安全保障上の利益が西太平洋および東アジアからインド洋および南アジアにかけての弧状の地域の発展と密接に関連していることを理由に、米国は、その安全保障戦略を、よりアジア太平洋地域へ重点を置いたものとするとし、同地域における同盟国との関係を強化するとともに、友好国との協力を拡大するとしている。
中国の同地域における大国としての台頭については、米国の経済と安全保障に長期的に影響を与える潜在的な可能性があるとした上で、米国と中国は、東アジアの平和と安定に強い利害関係を持ち、協力的な二国間関係を築くことに利益を有するとしている。他方、同地域内における摩擦を回避するため、中国の軍事力の拡大は、その戦略的意図に関する透明性を伴ったものでなければならないとしている。そして、米国は、同地域へのアクセスを維持し、条約上の義務や国際法に従って自由に行動する能力を保つため、必要な資源の投入を続けるとした上で、同盟国や友好国と密接に協力しつつ、安定を確保するため、法規範に基づいた国際秩序を促進し続けるとし、新興国の平和的な台頭や経済的活力、建設的な防衛協力を推奨するとしている。
中東については、弾道ミサイルや大量破壊兵器の拡散について特に懸念を有しているとした上で、必要に応じ湾岸協力理事会(GCC:Gulf Cooperation Council)5諸国と協力し、イランの核兵器能力開発の阻止などのため、湾岸地域における安全保障を強化するとしている。
欧州についても、アフガニスタンおよびイラクからの撤退が、米軍の欧州への資源の投入を、現在の紛争に焦点を置いたものから将来の能力に焦点を置いたものに再調整するための戦略的な機会を作り出したとしている。その上で、戦略的な環境の進展に応じ、欧州における米軍の態勢も進化させなければならないとしている6
その他の地域については、世界的リーダーシップに関する負担と責任を共有するため、アフリカや中南米を含む地域において、米国と国益や視点を同じくする多数の新興国との間に新たな協力関係を構築するとしている。また、そのための具体的方策として、可能な限り、演習、ローテーション展開、助言などの革新的、低コストかつ小規模のアプローチを用い、安全保障上の目的を達成するとしている。

(2)能力強化の重点分野
国防戦略指針は、以下の主要任務における能力を維持・強化する必要があり、これらにより将来の米軍の形が概ね決定されるとしつつ、米軍全体の能力は、特に下記の<1>、<2>、<6>、<7>の任務の要求に基づいたものになるとしている。
<1> 対テロ作戦・非正規戦:アルカイダを打破し、アフガニスタンがアルカイダにとっての聖域になることを阻止する。
<2> 米国に対する攻撃の抑止・打破:米軍は、全ての領域(陸・海・空・宇宙・サイバー空間)にまたがった統合作戦を行うことで、1つの地域において国家主体の攻撃的な目的を完全に否定することを見据えながら、2つ目の地域において、その機会に乗じて攻撃を行おうとする者に対し、その目的を否定したり、受容できないコストを課したりする能力を保有する7
<3> アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否(A2/AD)環境下8での戦力の展開:中国やイランなどの国家は、米国の戦力の展開能力に対抗するための非対称な手段を追求している。また、高度な兵器や技術は非国家主体にも拡散している。米軍は、A2/AD環境下において効果的に行動できる能力を確保するための投資を行う9
<4> 大量破壊兵器への対抗:核・生物・化学兵器の拡散や使用の阻止を目的とした活動を行う。また、使用阻止の取組が失敗した場合に備え、他の政府機関とも協力し、大量破壊兵器使用に対する検知、防護、対処のために必要な能力への投資を継続する。
<5> サイバー空間および宇宙空間における効果的な作戦:国内外のパートナーと協力し、サイバー空間や宇宙空間において、自らのネットワーク、作戦能力および強靱性を保護するための先進的能力へ投資する。
<6> 安全かつ効果的な核抑止の維持:世界に核兵器が存在する限り、米国は核兵器を維持するが、米国の抑止目標はより少ない核戦力によって達成可能である。
<7> 国土防衛および国内の文民部門の支援:米国領土に対する直接攻撃からの防衛を継続する。国土防衛の失敗や自然災害発生時には、国内の文民部門の支援も行う。
<8> 安定的な軍事プレゼンスの提供:米軍は、ローテーション展開、二国間や多国間演習等により、持続可能なペースで海外におけるプレゼンスを維持する。一方、資源が削減される中、軍の展開地域や他国との軍事演習の頻度に関しては賢明な選択が必要である。
<9> 安定化作戦・反乱鎮圧作戦の遂行:安定化作戦に関する米軍への需要を削減するため、非軍事手段や軍同士の協力を重視する。また、米軍は今後、大規模かつ長期的な安定化作戦を行うための兵力規模を維持しない。
<10> 人道支援、災害救援およびその他の作戦:大規模な残虐行為の防止や対応のための統合ドクトリンおよび軍事オプションの発展を継続する。また、緊急事態における、海外在住の米国民(非戦闘員)を退避させるための活動の遂行能力を維持する。

(3)軍事態勢およびプログラムの検討に係る原則

(2)にあげた任務を確実に遂行するため、国防戦略指針は、軍事態勢およびプログラムの検討に関して以下の原則をあげている。
<1> 任務における重視事項を区別するとともに、任務に関係する分野と関係しない分野を明確に区別する。
<2> 現在行うべき投資と、従来の投資のうち延期できるものとを区別する。
<3> 米軍の全体的な規模を削減する際にも、即応態勢がとれた部隊を維持する。
<4> 事業実施に係るコストの削減を継続する。
<5> 新たな戦略が既存の計画に与える影響についての調査を行う。
<6> 現役と予備役の最適な組み合わせに関する調査を行う。
<7> ネットワーク戦における進展のためにさらなる手段を講じる。
<8> 新たな戦略と戦力規模とを調整するに際して、産業基盤と科学技術分野への十分な投資を維持するため、あらゆる取組を行う。

2 アジア太平洋地域におけるプレゼンスの強化

米国は国防戦略指針に示されたアジア太平洋地域重視の方針に基づき、同地域におけるプレゼンスの強化を進めている。11(同23)年11月、オバマ大統領はオーストラリアの議会において演説を行い、今後、アジア太平洋地域におけるプレゼンスおよび任務を最優先とすることを明言し、日本や韓国におけるプレゼンスを維持しつつ東南アジアでのプレゼンスを向上させることなどを示した。
アジア太平洋地域における米軍プレゼンスの強化に関する具体例としては、オーストラリアにおける米軍プレゼンスの強化があげられる。同年11月、オバマ大統領とギラード豪首相は共同発表を行い、<1>ダーウィンなどのオーストラリア北部において、米海兵隊が毎年6か月程度のローテーションで展開し、豪軍との演習・訓練を行うこと10、<2>オーストラリア北部における豪軍の施設・区域への米空軍機のアクセスを拡大し、共同演習・訓練の機会を拡大することを内容とする、米豪戦力態勢イニシアティブを明らかにした。本イニシアティブは、「地理的に分散し、運用上強靱であり、政治的に持続可能な米軍のプレゼンス」という、アジア太平洋地域における米軍の戦力態勢についての基本的な考え方を実現するための一環として行われるとされている。他の例としては、11(同23)年6月にゲイツ国防長官(当時)によって表明されたシンガポールへの沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)11最大4隻のローテーション展開などがあげられ、13(同25)年4月にはLCS「フリーダム」がシンガポールに到着し、第一回目となるローテーション展開を開始した。また、米国は東南アジア諸国との間で、累次にわたる共同軍事演習や軍事技術供与、軍事援助などを行い、信頼関係を構築するとともに、東南アジア諸国の即応能力の強化に努めている。さらに、パネッタ国防長官(当時)は、2020年までに、太平洋と大西洋の艦艇配備比率を現在の5:5から6:4にすることや12、アジア太平洋地域における合同演習の数および規模を拡大することなどについて言及している。
一方、米国は、同盟国や友好国のみならず中国に対しても、アジア太平洋地域への関与の重要性を強調する姿勢を示している。12(同24)年9月、パネッタ国防長官(当時)は中国の人民解放軍装甲兵工程学院において演説し、同地域の平和と安定のためには米国と中国の軍事関係を構築することが重要であると述べるとともに、中国を14(同26)年のRIMPAC(環太平洋合同演習)へ招待することを表明した。

3 核戦略

オバマ大統領は、核兵器のない世界を目標にする一方で、この目標は早期に実現できるものではなく、核兵器が存在する限り核抑止力を維持するとしている。
10(同22)年4月に発表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核をめぐる安全保障環境が変化してきており、核テロリズムおよび核拡散が今日における切迫した脅威となっているとしている。また、核兵器保有国、特にロシアおよび中国との戦略的安定性の確保という課題に向けて取り組まなくてはならないとしている。
NPRはこのような安全保障環境認識に立脚し、<1>核拡散と核テロリズムの防止、<2>米国の核兵器の役割の低減、<3>低減された核戦力レベルでの戦略的抑止と安定の維持、<4>地域的抑止の強化と同盟国・パートナー国に対する安心の供与、<5>安全・確実・効果的な核兵器の維持、という5つの主要目標を提示している。

4 宇宙政策

米軍は情報収集や通信の多くを宇宙システムに依存している。11(同23)年2月に公表された「国家安全保障宇宙戦略」(NSSS:National Security Space Strategy)は、現在および将来の宇宙環境には、<1>衛星などの人工物体による混雑、<2>潜在的な敵対者による挑戦、<3>他国との競争の激化、という3つの傾向があるとの認識を示した。この認識を踏まえ、米国の宇宙における戦略目標は、<1>宇宙の安全、安定、安全保障の強化、<2>宇宙によりもたらされる米国の戦略的な国家安全保障上の優越性の維持および強化、<3>米国の国家安全保障を支える宇宙産業基盤の活性化、であるとしている。そして、これらの目標を達成するために、<1>責任のある平和的で安全な宇宙利用の促進、<2>向上した米国の宇宙能力の提供、<3>責任ある国家、国際機関、民間企業との連携、<4>米国の国家安全保障を支える宇宙インフラに対する攻撃の防止および抑止、<5>悪化した環境において攻撃を打破し、活動するための備え、という戦略的アプローチを追求するとした。

5 14会計年度予算

近年、米国政府の財政赤字が深刻化しており、11(同23)年8月に成立した予算管理法において、21会計年度までに政府歳出を大幅に削減することが規定された。12(同24)年1月、国防省は、同法の成立を踏まえた具体的な国防歳出削減額が、12会計年度から21会計年度までの10年間で約4,870億ドル(13会計年度から17会計年度までの5年間で約2,590億ドル)に上ることを発表した。また、13(同25)年3月には、予算管理法の規定により、国防歳出を含む政府歳出の強制削減が開始した。議会および大統領が約1.2兆ドルの財政赤字の削減案に合意しない限り強制削減は21会計年度予算まで継続し、同法による国防歳出の強制削減額は、21会計年度予算までに約5,000億ドルに上るとされている。
このような中で発表された14会計年度予算教書において、オバマ大統領は、強制削減の停止のために合意が必要な削減額を上回る約1.8兆ドルの財政赤字を今後10年間で削減することとしているが、国防歳出を含む政府歳出の強制削減額を反映したものではない。国防予算については、13会計年度予算の水準から12億ドル増の5,266億ドルの本予算を計上するとともに、13会計年度予算の水準から91億ドル減の794億ドルの海外における事態対処作戦の予算を計上している。また、国防予算の主要な原則については、<1>国民が納める税の適切な使用、<2>新たな戦略指針に沿ったプログラムの実行と深化、<3>人材の重視、<4>アフガニスタンからの責任ある撤退への投資、としている。ただし、議会および大統領が財政赤字削減案の合意に至らず、強制削減が継続する場合には、上記の額から一年間で約520億ドルが削減されると指摘されており、国防歳出を含む政府歳出の強制削減に関する今後の動向が注目される。
(図表I-1-1-1・2参照)

図表I-1-1-1 政府歳出の強制削減が国防予算に与える影響
図表I-1-1-2 米国の国防費の推移 

1)本文書の正式な名称は、「Sustaining U.S. Global Leadership:Priorities for 21st Century Defense」である。
2)12(平成24)年2月に議会に提出された2013会計年度国防省予算要求に関する国防省発表資料によると、「削減額」は、2012会計年度予算要求(11(同23)年2月議会提出)時に見積もられていた10年間の国防省本予算額の合計から、2013会計年度予算要求時に見積もった10年間の国防省本予算額の合計を引いた差額のことを指している。
3)予算管理法による国防歳出の強制削減額は、21会計年度予算までに約5,000億ドルに上ると指摘されている。
4)このうちイラクに関しては、11(平成23)年12月18日をもって駐イラク米軍が撤収を完了し、アフガニスタンについては14(同26)年末までに戦闘部隊を撤収することとされている。
5)81(昭和56)年に設立された、加盟国間の協力、統合などを目的とした地域機構。加盟国は、アラブ首長国連邦、バーレーン、サウジアラビア、オマーン、カタールおよびクウェートの6か国
6)12(平成24)年2月に議会に提出された、2013会計年度国防省予算要求においては、欧州に所在する4つの旅団戦闘チームのうち2つを削減する一方で、今後、国内に拠点を置く部隊を欧州にローテーションで展開させて訓練・演習を行うこと、欧州におけるミサイル防衛システムへの投資を維持することなどが示されている。
7)冷戦終結以降、米軍の戦力は「2つの大規模な地域紛争を戦い、勝利する」という考え方をもとに構成されてきた。一方、10(平成22)年に公表されたQDRでは、現在の安全保障環境はこの考え方が採用された頃よりも複雑になっており、米軍は多様な事態に対処しなくてはならないため、この考え方のみで米軍の戦力構成を決定することはもはや適切ではないとし、米軍は2つの国家による攻撃に対処する能力は保持しつつも、多岐にわたる作戦を実施する能力を保有するとしている。
8)アクセス(接近)阻止(A2:anti - access)能力とは、米国によって示された概念であり、主に長距離能力により、敵軍がある作戦領域に入ることを阻止するための能力のことを指す。また、エリア(領域)拒否(AD:area - denial)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵軍の行動の自由を制限するための能力のことを指す。A2/ADに用いられる兵器としては、たとえば、弾道ミサイル、巡航ミサイル、対衛星兵器、防空システム、潜水艦、機雷などがあげられる。
9)10(平成22)年のQDRは、米国が、高度なA2/AD能力を有する敵対者を打破するため、統合エアシーバトル構想を進めているとしている。10(同22)年のQDRによれば、この構想は、航空戦力と海上戦力が全ての作戦領域をまたいでどのように能力を統合させていくかを規定するものであり、効果的な戦力の展開に必要な将来の能力発展の指針を付与するものとされている。
10)展開規模については、250人程度から開始し、数年間をかけ、最終的には航空機、陸上車両、砲兵などを含む2,500人規模の海兵空地任務部隊の構築を目指す、としている。なお、12(平成24)年4月から9月にかけて米海兵隊員約250人による第一回の展開が行われた。
11)沿海域において、A2能力を持つ非対称な脅威を打破するために設計された、高速かつ機動的な艦艇。
12)米軍が保有している10隻の空母のうち、6隻をアジア太平洋地域に配備するとしている。
 
前の項目に戻る      次の項目に進む