第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
3 欧州各国の安全保障・防衛政策
1 英国

英国は、冷戦終結以降、自国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。
10(同22)年5月に発足したキャメロン政権は、特にアフガニスタンにおける作戦の長期化による軍の疲弊や、財政状況の悪化にともなう国防費削減圧力1の高まりの中で、新設した「国家安全保障会議」(NSC:National Security Council)2のもと、同年10月に、「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)および「戦略防衛・安全保障見直し」(SDSR:Strategic Defence and Security Review)を発表した3
NSSでは、今後5年から20年の間に具現化する可能性のあるリスクをその蓋然性と影響度の観点から網羅的に評価した上で、国際テロ、サイバー空間に対する攻撃、大事故や自然災害、国際的軍事危機の4つを最も優先的に対応すべきリスクとして設定した4。そしてSDSRでは、国防費削減圧力による兵力や主要装備の削減、調達計画の見直しを進める一方で、サイバー空間に対する攻撃やテロといった新たな脅威への優先的資源配分などによって、専門的かつ柔軟で近代的な戦力への転換を目指している5
12(同24)年7月には、陸軍改編計画「Army 2020」を発表した。ここでは、アフガニスタンにおける戦闘任務の終了を見据えて現役と予備役部隊の統合を進め、予備役部隊にも国外任務、国連ミッション、長期の安定化作戦などの広範な任務を負わせるとされている。本計画は、現役の人員を削減する一方で、予備役の人員、役割を拡大する取組であり、今後の進展が注目される。

2 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進める一方で、国外への連邦軍派遣を徐々に拡大するとともに、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組において紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした国防改革を進めてきた6
11(同23)年に8年ぶりに策定された「国防政策の指針」(VPR:Verteidigungspolitischen Richtlinien)では、従来の軍事手段によるドイツに対する直接的な脅威が発生する可能性は依然として低く、リスクと脅威は、破綻国家、国際テロリズム、自然災害、サイバー攻撃、大量破壊兵器の拡散などから生じるとした。そして、危機および紛争の予防・封じ込めに積極的に参加する姿勢を示し、政府横断的な方策を講じるとともに、NATOおよびEUの枠組における軍の協力、標準化、相互運用性の推進が不可欠であるとしている。
11(同23)年4月に成立した改正軍事法では、徴兵制の運用停止や、総兵力の25万人から18万5,000人への削減が定められた一方、展開可能兵力を増やし、最大1万人の兵士を持続的に展開することができる体制を目標にしている。

3 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自立性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制および能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、人員の削減や基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化7と将来に備えた装備の近代化を進めている。
13(同25)年4月に5年ぶりに発表した「国防白書」においては、前回に引き続き、<1>情報、<2>核抑止、<3>防護、<4>予防、<5>展開8を国家安全保障戦略の5本柱とし、これらの機能を組み合わせながら、今後15年間の戦略環境の変化に対応していくとしている。対外関係に関しては、NATOを集団防衛、欧米の連携、軍事行動の共通枠組みと位置づけ、他方、EUについては、防衛能力構築における自らの主導的役割を明記した。また、財政面での制約を背景に、これまでの削減策に加え、19(同31)年までに2万4000人の人員削減、多国間協力によるコスト削減などを進めるとしている。

国防白書発表に際して演説をするオランド仏大統領(13(平成25)年)【仏大統領府© Présidence de la République】
国防白書発表に際して演説をするオランド仏大統領(13(平成25)年)【仏大統領府© Présidence de la République】

1)10(平成22)年10月に、NSS・SDSRに続けて公表された財務省による「歳出見直し2010」(Spending Review2010)は、国防費について平成26年度までに、アフガン作戦費用などを除いた非前線分野での最低43億ポンドの節減を含めて、実質8%削減するとしている。
2)首相を議長とし、国家安全保障に関わる主要閣僚と、必要に応じて軍参謀総長、情報機関の長らが出席。新設された国家安全保障補佐官(NSA:National Security Adviser)が会議全体の調整役を担う。外交、防衛、エネルギー、国際開発その他の国家安全保障に関係するすべての政府部門の所掌任務を最も高いレベルで統合することで、各部門に高度な戦略的指針を提示し、直面する危機への対応策を調整することを任務とする。
3)キャメロン政権は、新しいNSSにおいて、英国を取り巻く戦略的背景を分析するとともに国家の戦略目標を規定し、SDSRにおいて、NSSが示した目標を達成するための方策・手段を規定して、防衛・安全保障に関する一体の国家戦略を構成するものとした。また、今後はNSCによる定期的な見直しのもと、新しいNSSとSDSRを5年ごとに策定・公表するとしている。
4)新しいNSSは、このように戦略的背景を分析した上で、<1>安全かつ強靭な英国の確立、<2>安定的な世界の形成という2つの戦略目標を設定し、不安定化要因の根源への対応や必要に応じた同盟国・パートナー国との協力といった8つの国家安全保障任務を設定した。
5)SDSRは、15(平成27)年までに海軍5,000人、陸軍7,000人、空軍5,000人の兵力削減のほか、国防省文官数の2万5,000人削減、現有の空母「アーク・ロイヤル」の即時退役、主力戦車の40%削減、F-35統合攻撃戦闘機(JSF:Joint Strike Fighter)の調達機数削減などを決定した。また、現在2万人とされる在独英軍を同年までに半数撤退させ、20(同32)年までに残り全てを撤退させるとした。
6)ドイツは、東西統一時に50万人以上保有していた兵力を、10(平成22)年までに25万人体制へと削減した。また、94(同6)年7月に、連邦憲法裁判所が国連やNATOなど多国間枠組のもとで行われる国際任務への連邦軍派遣を合憲と判決して以降、バルカン半島やアフガニスタンにおける治安維持・復興支援活動、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処などの国際任務への連邦軍の派遣を徐々に拡大してきた。
7)フランスは「2009年-2014年軍事計画法」において、テロや組織犯罪対策、大量破壊兵器などの不拡散を扱う情報分野における人員増を計画しているほか、宇宙分野への重点投資を進めるとしており、20(平成32)年までの宇宙関連予算の倍増や、新型光学衛星の打上げを目指すとしている。また、09(同21)年2月には、欧州初となる早期警戒衛星の技術実証衛星「スピラル」の打上げに成功しており、10(同22)年7月には、統合参謀長隷下に統合宇宙司令部が創設されている。
8)フランスは08(平成20)年6月に発表した「国防白書」において、大西洋から地中海、アラブ・ペルシア湾、インド洋にいたる一帯を優先的地域と定め、そこに紛争予防および介入の能力を集中させるとしており、「2009年-2014年軍事計画法」では、国土から8,000km以内に陸軍3万人、戦闘機70機、1個の空母機動部隊を投入可能とする戦力整備目標を定めている。また、09(同21)年5月には、国外への基地開設としては約50年ぶりとなる軍事基地をアラブ首長国連邦に開設した。さらに、13(同25)年4月に発表した「国防白書」において、国内または国外基地から3,000km以内で単独または多国籍での作戦能力を維持するとしている。
 
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