第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
第6節 南アジア
1 インド
1 全般

広大な領土に12億を超える人口を擁し、近年着実な経済発展を遂げているインドは、世界最大の民主主義国家であり、南アジア地域で大きな影響力を有している。また、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路を有するインド洋のほぼ中央という、戦略的および地政学的に重要な位置に存在している。
多くの国と国境を接するインドは、中国およびパキスタンと国境未画定地域を抱えている。また、国内においては、多様な民族、宗教、文化、言語を抱えていることもあり1、極左過激派や分離独立主義者などの活動や、パキスタンとの国境をまたいで存在しているイスラム過激派の動向も懸念されている。

2 軍事

インドは、その安全保障環境が、近隣諸国、中央アジア、東南アジア、ペルシャ湾岸諸国、インド洋地域と直結しており、戦略的および経済的要因から果たすべき責務が増大していると認識している。安全保障上の懸念事項が多角化し、世界規模となっていることを背景に、インドは各国との協力関係を強化しており、また、従来から国連平和維持活動(PKO:UN Peacekeeping Operations)にも積極的に人員を派遣している。また、多様な安全保障上の課題に迅速かつ効果的に対応するため、国家および軍は常に態勢を整えているとしている2
インドは、03(同15)年に発表された核ドクトリンに基づき、最小限の核抑止、核の先制不使用、核兵器非保有国への不使用、98(同10)年の核実験の直後に表明した核実験の一時休止(モラトリアム)の継続などを維持している。インドは、各種弾道ミサイルの開発、配備を推進しており、近年では、11(同23)年7月に「プラハール」(射程約150km)、同年11月に「アグニ4」(射程約3,500km)、12(同24)年4月には「アグニ5」(射程約5,000〜8,000km)の、それぞれ初めてとなる発射試験に成功している。さらに、「アグニ6」(射程約8,000〜10,000km)3の開発にも着手していると伝えられており、弾道ミサイルの射程の延伸などの性能向上を追求しているとみられている。また、弾道ミサイル防衛システムも開発中であり、12(同24)年2月および11月に弾道ミサイル迎撃実験に成功している。
インドは、海外からの装備調達や共同開発を推進しており、世界第1位の兵器輸入国であると指摘されている4。空母については、現在、英国製「ヴィラート」1隻を保有しており、今後、13(同25)年中にロシア製空母「ヴィクラマディティヤ」を導入する予定であるほか、国産空母「ヴィクラント」を建造中である。潜水艦については、09(同21)年に、インド初の国産原子力潜水艦「アリハント」が進水しているほか、12(同24)年4月にはロシア製のアクラ級原子力潜水艦「チャクラ」をリース方式により導入した。空軍力としては、12(同24)年12月、ロシアとSu-30戦闘機42機の契約を締結した。また、07(同19)年から機種選定を行っていた多目的戦闘機126機は、12(同24)年1月にフランス製ラファールを選定した。
(図表I-1-6-1参照)

図表I-1-6-1 インド・パキスタンの兵力状況(概数)
3 対外関係

(1)米国との関係
インドは、米国との関係強化に積極的に取り組んでおり、米国もインドの経済成長にともなう関係拡大を背景に対印関与を促進している。両国は、「マラバール」5などの共同演習を定期的に行っている。インドは、米国製兵器の調達についても関心を示しており、09(同21)年にはP-8哨戒機15機、10(同22)年にはC-17輸送機16機の購入契約をそれぞれ締結している。両国は、安全保障分野での協議も行っており、12(同24)年6月には、パネッタ米国防長官(当時)がインドを訪問し、シン首相やアントニー国防大臣らとアジア太平洋地域の安全保障情勢などについて協議した。また、同月には、クリシュナ外務大臣(当時)が訪米し、クリントン米国務長官(当時)と第3回米印戦略対話を行い、安全保障分野や通商関係における協力の拡大について協議を行った。

(2)中国との関係
インドは、隣接する中国の軍事動向が近隣諸国に及ぼす影響を強く意識しており、また、両国は国境未確定地域を抱えている。一方、両国は「平和と繁栄のための戦略的・協力的パートナーシップ」のもと、経済やエネルギーなどの各分野における関係強化に努めている。軍事交流については、03(同15)年から08(同20)年の間、両国陸軍による対テロ共同演習「携手」などの共同演習が行われていた。その後、共同演習は行われていないが6、12(同24)年9月に梁光烈国防部長(当時)が訪印し、アントニー国防大臣と会談、共同演習を早期に再開することに合意している。

(3)ロシアとの関係
従来から友好関係にあったロシアとは、戦略的パートナーシップのもと、首脳が相互訪問するなど緊密な関係を維持している。12(同24)年12月には、プーチン露大統領が訪印し、シン首相と会談し、原子力、軍事技術、宇宙などの各分野での協力推進について協議した。ロシアはインドにとって最大の兵器供給国であり、ロシアの兵器輸出総額の3割以上をインドが占めると指摘されている7。両国は、第5世代戦闘機「PAK FA」や超音速巡航ミサイル「ブラモス」の共同開発を行うなど、軍事技術協力も強化しているほか、03(同15)年以降、両国の陸軍および海軍による対テロ共同演習「インドラ」を行っている。
参照 4節


1)人口の大部分はヒンズー教徒であるが、イスラム教徒も1億人を超える。
2)インド国防省「年次報告書2011-2012」による。
3)各ミサイルの射程は、「ジェーン戦略兵器システム(2012)」などによる。また、「プラハール」は移動型で固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ4」は移動型で2段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ5」は移動型で3段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ6」は3段式固体/液体燃料推進方式の弾道ミサイルと指摘されている。
4)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)データベースによる08(平成20)年から12(同24)年の合計金額による。
5)「マラバール」は米印の二国間海軍共同演習であったが、「マラバール07-2」には日本、オーストラリアおよびシンガポールが参加し、「マラバール09」には日本が参加した。「マラバール10」以降は、米印の二国間で行われている。
6)10(平成22)年、中国が、インド軍将官へのビザ発給を認めなかったことなどが原因との指摘がある。
7)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)データベースによる08(平成20)年から12(同24)年の合計金額による。
 
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