第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 パキスタン
1 全般

パキスタンは、その縦深性に欠ける国土を、南アジア地域の大国であるインドと、情勢が不安定なアフガニスタンに挟まれ、中国およびイランとも国境を接するという地政学的に重要かつ複雑な環境に位置している。特に、アフガニスタンとの国境地域ではイスラム過激派が国境を超えて活動を行っており、テロとの闘いにおけるパキスタンの動向には国際的な関心が高い。
パキスタン政府は、アフガニスタンにおける米国の活動に協力しているが、これに対する国内の反米感情の高まりやイスラム過激派による報復テロの発生により、国内治安情勢が悪化するなど、困難な政権運営を余儀なくされている。13(同25)年5月、テロによる選挙妨害も頻発する中、任期満了にともなう下院総選挙が行われ、改選前野党のパキスタン・ムスリム連盟(ナワズ・シャリフ派)が、改選前与党であるパキスタン人民党の得票数を大きく上回り、第1党となった。

2 軍事

パキスタンは、インドの核に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとしており、過去にはいわゆるカーン・ネットワークが核関連物資や技術の拡散に関与していた1
パキスタンは、核弾頭搭載可能な弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの開発も積極的に進めており、近年、試験発射を相次いで行っている。12(同24)年には、弾道ミサイル「ナスル」、「アブダリ」、「ガズナビ」、「シャヒーン1A」、「ガウリ」、巡航ミサイル「ラード」、「バーブル」の試験発射を行っており、弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの戦力化を着実に進めているとみられる2
パキスタンは世界第3位の兵器輸入国であり、その大部分を中国および米国からの輸入が占めると指摘されている3。中国とは、スウォード級フリゲート4隻の購入契約を締結し、全て納入が完了しているほか、JF-17戦闘機の共同開発を行っている。米国からは、11(同23)年までにF-16C/D戦闘機計18機を導入している。

3 対外関係

(1)インドとの関係
インドとパキスタンは、カシミールの帰属をめぐり主張が対立しており4、過去に三度の大規模な武力紛争が発生した。カシミール問題は、両国の長年にわたる懸念事項であり、両国は対話の再開と中断を繰り返している。両国間の対話は、08(同20)年のインド・ムンバイでの連続テロを受けて中断していたが、11(同23)年2月の外務次官協議の結果を受けて再開された。11(同23)年7月、カル外務大臣(当時)が訪印、クリシュナ印外務大臣(当時)と会談し、両国間の全ての重要問題を、協議を通じて平和的に解決することの重要性を確認した。また、同年11月、パキスタンはインドに最恵国待遇付与を決定した。その後、12(同24)年4月にザルダリ大統領が訪印し、シン印首相と会談を行ったほか、同年9月には、クリシュナ印外務大臣(当時)がパキスタンを訪問し、カル外務大臣(当時)と会談を行うなど、両国は関係改善の姿勢を示している。一方、13(同25)年1月にはカシミール地方で両軍の武力衝突が発生するなど、カシミール問題は依然として両国の懸念事項となっている。

(2)米国との関係
パキスタンは、アフガニスタンにおける米軍の活動を支援するほか、アフガニスタンとの国境地域においてイスラム過激派の掃討作戦を行うなど、テロとの闘いに協力している。これを評価し、04(同16)年、米国はパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定した。
10(同22)年以降、両国は戦略対話を行っていたが、同対話は、11(同23)年5月の米軍によるパキスタン領内におけるウサマ・ビン・ラーディン掃討作戦ののち中断している。また、同年11月、NATO軍によるパキスタン国境哨所の空爆によってパキスタン軍兵士が死傷する事件が発生した。パキスタンはこれに強く反発し、パキスタン国内のアフガニスタンへの国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)の補給路を封鎖するなどの措置をとった5。さらに、パキスタンは、12(同24)年4月に発表した対米関係見直しのための指針において、米国に対し、パキスタン領内でのイスラム過激派に対する無人機攻撃の即時停止などを求めている。一方、米国は、パキスタンがアフガニスタンで活動するイスラム過激派の安全地帯を容認していることが、米国への脅威となっているとして、パキスタンを非難している。このようなテロとの闘いに関する両国の立場を含め、両国関係の今後の動向が注目される。

(3)中国との関係
パキスタンは、インドとの対抗上、特に中国との間で緊密な関係を維持しており、首脳級の訪問も活発である。12(同24)年6月、ザルダリ大統領は温家宝首相(当時)と北京で会談を行い、中国との強固な関係はパキスタンの外交政策の礎であり、中国は強力な戦略的同盟国であると発言した。同年9月には、アシュラフ首相と温家宝首相(当時)が、北京で両首相にとって初の会談を行い、通商や国防を含む幅広い分野において、両国の関係を強化していくことを確認した。中国にとって、パキスタンは主要な兵器輸出先であるほか、共同開発などの技術交流も推進している。また、両国は、04(同16)年以降、対テロ共同演習「友誼」を行っており、11(同23)年3月には、両国空軍としては初の共同演習「雄鷹-1」を行った。


1)パキスタンは、70年代から核開発を開始したとみられており、98(平成10)年、バルチスタン州チャガイ近郊において同国初の核実験を行った。また、パキスタンの核開発を主導していたカーン博士らにより、北朝鮮、イラン、リビアに主にウラン濃縮技術を中心とするパキスタンの核関連技術が移転されていたことが、04(同16)年に明らかになった。
2)パキスタンの各種ミサイルについては、以下のように指摘されている。
「ナスル」(ハトフ9):射程約60km、移動型で固体燃料推進方式の弾道ミサイル
「アブダリ」(ハトフ2):射程約180〜200km、移動型で1段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル
「ガズナビ」(ハトフ3):射程約290km、移動型で1段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル
「シャヒーン1A」(ハトフ4):射程約750km、移動型で1段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル「シャヒーン1」の改良型
「ガウリ」(ハトフ5):射程約1,300〜1,800km、移動型で1段式液体燃料推進方式の弾道ミサイル
「ラード」(ハトフ8):射程約350kmの巡航ミサイル
「バーブル」(ハトフ7):射程約750kmの巡航ミサイル
3)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)データベースによる08(平成20)年から12(同24)年の合計金額による。
4)カシミールの帰属については、インドが、パキスタン独立時のカシミール藩王のインドへの帰属文書を根拠にインドへの帰属を主張するのに対し、パキスタンは48(昭和23)年の国連決議を根拠に住民投票の実施により決すべきとし、その解決に対する基本的な立場が大きく異なっている。
5)12(平成24)年6月、クリントン米国務長官(当時)がパキスタン国境哨所の空爆について謝罪したことを受け、パキスタンは補給路の再開を決定した。
 
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