第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
4 わが国の周辺のロシア軍
1 全般

ロシアは、10(同22)年、東部軍管区および東部統合戦略コマンドを新たに創設し1、軍管区司令官のもと、地上軍のほか、太平洋艦隊、航空・防空部隊を置き、各軍の統合的な運用を行っている。
極東地域のロシア軍の戦力は、ピーク時に比べ大幅に削減された状態にあるが、依然として核戦力を含む相当規模の戦力が存在しており、わが国周辺におけるロシア軍の活動には活発化の傾向がみられる。
ロシア軍は、戦略核部隊の即応態勢を維持し、常時即応部隊の戦域間機動による紛争対処を運用の基本としていることから、他の地域の部隊の動向も念頭に置いた上で、極東地域のロシア軍の位置付けや動向について注目していく必要がある。

(1)核戦力
極東地域における戦略核戦力については、シベリア鉄道沿線を中心に、SS-25などのICBMや約30機のTu-95MS長距離爆撃機が配備されている。さらに、SLBMを搭載したデルタIII級SSBNがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これら戦略核部隊については、即応態勢がおおむね維持されている模様であり、12(同24)年10月に行われた戦略核部隊の演習では、海洋核戦力の信頼性の検証を目的に、デルタIII級SSBNがオホーツク海でSLBMを実射している。
非戦略核戦力についてはTu-22M「バックファイア」中距離爆撃機、海上(水中)・空中発射巡航ミサイルなど多様な装備が配備されている。Tu-22Mは、東部軍管区においては、サハリン対岸地域に約10機配備されている。

(2)陸上戦力
軍改革の一環として師団中心から旅団中心の指揮機構への改編と戦闘部隊の常時即応部隊への移行を推進しているとみられ、東部軍管区においては11個旅団および1個師団約8万人となっている。また、海軍歩兵旅団を擁しており、水陸両用作戦能力を有している。

(3)海上戦力
太平洋艦隊がウラジオストクやペトロパブロフスクを主要拠点として配備・展開されており、主要水上艦艇約20隻と潜水艦約20隻(うち原子力潜水艦約15隻)、約28万トンを含む艦艇約240隻、合計約55万トンである。

(4)航空戦力
東部軍管区には、空軍、海軍を合わせて約330機の作戦機が配備されている。その作戦機数は縮小傾向にあるが、既存機種の改修や新型機としてSu-30戦闘機の導入による能力向上が図られている。

2 北方領土におけるロシア軍

旧ソ連時代の78(昭和53)年以来、ロシアは、わが国固有の領土である北方領土のうち国後島、択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備してきた。その規模は、ピーク時に比べ大幅に縮小した状態にあるものと考えられるものの、現在も防御的な任務を主体とする1個師団が駐留しており、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルなどが配備されている2
10(平成22)年11月のメドヴェージェフ大統領(当時)による元首として初めての国後島訪問後3、ロシアは、「クリル」諸島の安全の保障を目的とした装備の更新に着手している。11(同23)年2月にセルジュコフ国防相(当時)は、国後島および択捉島に師団を残す意向を示すとともに、部隊削減の可能性を示唆したうえで、最新の通信システム、電子戦システム、レーダーにより部隊を強化する意向を明らかにした4
北方領土には、91(同3)年には約9,500人の兵員が配備されていたとされているが、97(同9)年の日露防衛相会談において、ロジオノフ国防相(当時)は、北方領土の部隊が95(同7)年までに3,500人に削減されたことを明らかにした。しかし、05(同17)年7月、北方領土を訪問したイワノフ国防相(当時)は、四島に駐留する部隊の増強も削減も行わないと発言し、現状を維持する意思を明確にした5
このように、わが国固有の領土である北方領土へのロシア軍の駐留は依然として継続しており、早期の北方領土問題の解決が望まれる。

3 わが国の周辺における活動

わが国周辺では、自国の経済の回復などを背景に、軍改革の成果の検証などを目的としたとみられる演習・訓練を含めたロシア軍の活動が活発化の傾向にある。
10(同22)年6月から7月にかけて行われた大規模演習「ヴォストーク2010」では、新たな指揮機構のもとでの紛争対処能力や異なる軍種からなる部隊の統合運用能力が検証されたほか、他の地域の部隊を極東地域に機動させることで、離隔した地域への展開能力が検証されたものと考えられる。
また、11(同23)年9月には、カムチャツカ半島東部などで1万人以上、艦艇50隻以上、航空機50機などが参加して、対艦および対空射撃訓練、上陸訓練を含む大規模な演習が行われた。さらに、12(同24)年6月から7月にかけて、約7千人、艦艇40隻以上、航空機40機などが参加して、サハリンにおける着上陸訓練を含む各種演習が行われた。これらの演習・訓練を通じて、様々な事態への対処能力などが演練されたものと考えられる。
地上軍については、わが国に近接した地域における演習はピーク時に比べ大幅に減少しているが、一部に活動活発化の傾向もみられる6
艦艇については、近年、太平洋艦隊配備艦艇による長距離航海をともなう共同訓練や海賊対処活動、原子力潜水艦のパトロールが行われるなど、活動活発化の傾向がみられる7。また、11(同23)年9月、スラバ級ミサイル巡洋艦などの艦艇24隻が宗谷海峡を相次いで通航したが、冷戦終結後、このような規模のロシア艦艇による同海峡の通航が確認されたのは初めてである8。なお、12(同24)年7月にも26隻の艦艇が宗谷海峡を通峡し、オホーツク海などで行われた演習に参加している。
航空機については、07(同19)年に戦略航空部隊が哨戒活動を再開して以来、長距離爆撃機による飛行が活発化し、空中給油を受けたTu-95MS長距離爆撃機やTu-160長距離爆撃機の飛行も行われている。また、燃料事情の好転などから、パイロットの訓練時間も増加傾向にあり、11(同23)年9月および13(同25)年3月に行われたTu-95長距離爆撃機によるわが国周辺を一周する経路での飛行にみられるように、わが国への近接飛行や演習・訓練などの活動に活発化の傾向がみられる9
(図表I-1-4-3参照)

図表I-1-4-3 ロシア機に対する緊急発進回数の推移
宗谷海峡を通航するスラバ級ミサイル巡洋艦(12(平成24)年7月1日)
宗谷海峡を通航するスラバ級ミサイル巡洋艦(12(平成24)年7月1日)
わが国周辺を一周する経路で飛行したTu-95長距離爆撃機(13(平成25)年3月15日)
わが国周辺を一周する経路で飛行したTu-95長距離爆撃機(13(平成25)年3月15日)

1)東部軍管区の司令部はハバロフスクに所在する。
2)2個連隊よりなる第18機関銃・砲兵師団は軍改革による旅団化が進む中、ロシアで唯一の機関銃・砲兵師団であり、択捉島および国後島に駐留している。同師団は着上陸防御を目的としており、13(平成25)年2月にも、北方領土において島嶼防衛演習を実施している。
3)同訪問に続き、10(平成22)年12月にシュワロフ第1副首相が、11(同23)年1〜2月にバサルギン地域発展相(当時)が、同年5月にイワノフ副首相(当時)らが国後島および択捉島を、また、同年9月にパトルシェフ安全保障会議書記が国後島および歯舞群島の水晶島を訪問した。11(同23)年1月にブルガコフ国防次官が、また、11(同23)年2月にセルジュコフ国防相(当時)が国後島および択捉島を訪問し、同島に所在する部隊を視察した。さらに、12(同24)年7月にもメドヴェージェフ首相が国後島を訪問している。
4)メドヴェージェフ大統領(当時)は11(平成23)年2月、「そこ(国後島および択捉島)に追加的に配備される装備は、ロシア連邦領土の不可分の一部であるこれらの島々(「クリル」諸島)の安全を確保するために、必要かつ十分で近代的でなければならない」と述べた。このほか、「クリル」諸島社会・経済発展計画に基づく空港や港湾などのインフラ整備が行われている。沿岸防衛ミサイルシステム「バスチオン」、地対空ミサイルシステム「トールM2」などの配備を含む装備更新計画やT-80戦車への更新が伝えられているほか、12(同24)年2月には、13(同25)年中に国後島および択捉島における2つの駐屯地の整備が完了すると伝えられている。
5)98(平成10)年の防衛事務次官訪露の際、セルゲーエフ国防相(当時)は、北方領土駐留ロシア軍兵力数については、着実に削減されている旨発言している。また、参謀本部高官は11(同23)年2月、「クリル」諸島の兵員数について旅団に改編する枠組の中では3,500人を維持する旨述べたと伝えられている。
6)11(平成23)年9月にカムチャツカ半島東部を中心に、12(同24)年6月から7月にかけて沿海地方、オホーツク海周辺で行われた海軍演習に東部軍管区の地上軍部隊も参加したと伝えられている。
7)ロシア海軍艦艇によるわが国の国際三海峡(宗谷、津軽、対馬)の通峡を確認し、公表した件数は、平成24年度について、宗谷海峡6件(平成22年度7件、平成23年度11件)、津軽海峡2件(平成22年度2件、平成23年度1件)、対馬海峡5件(平成22年度7件、平成23年度7件)となっている。
8)24隻の艦艇の一部がカムチャツカ半島東部などで行われた演習に参加した。
9)11(平成23)年7月、9月、11月、12(同24)年2月、4月および13(同25)年3月にTu-95長距離爆撃機が、また、11(同23)年8月にTu-22中距離爆撃機が4度にわたり、わが国周辺において長距離飛行を行った。11(同23)年9月にTu-95長距離爆撃機がわが国周辺を一周する経路で飛行した際、ロシア側が設定した一時危険区域においてIl-78空中給油機から空中給油を受けた。また、12(同24)年2月にTu-95長距離爆撃機がわが国周辺を飛行した際には、A-50早期警戒管制機なども飛行を行った。なお、13(同25)年2月には、Su-27戦闘機2機がわが国領空を侵犯している。
 
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