第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
5 対外関係
1 全般

ロシアは、多極化のすう勢の中で、影響力のある一つの極としてロシアの国際的地位が強化されているとの認識のもと、国益を実現していくことを対外政策の基本方針としている1。また、外交は自国民の利益にかなう国家安全保障に基づき行うとしており、自国経済の近代化へ向けた課題の解決に資する実利的な外交を目指している2
このため、ロシアは、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)諸国との間で経済的な連携を強化する一方、欧州連合(EU:European Union)との間で近代化のためのパートナーシップの構築に着手するなど、欧米諸国との間で近代化へ向けた協力関係の強化に取り組んでいる3。また、アジア太平洋諸国とも自国の近代化の観点から関係を強化すべきとしている4。自国の近代化実現という実利を重視した対外姿勢が、安全保障面を含めた今後の各国との関係をどう進展させていくか、注目される。

2 アジア諸国との関係

ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリアおよび極東の経済開発5や対テロ、安全保障の観点からも重要としている6。プーチン大統領は12(同24)年5月の外交に関する大統領令で、東シベリアおよび極東の社会経済的発展を加速するため、アジア太平洋地域の統合プロセスに参加していく方針を掲げ、中国、インド、ベトナムのほか、わが国や韓国などとの関係発展に努めていくとしている。
このような方針の下、ロシアは、各種のアジア太平洋地域の枠組に参加している7。なお、12(同24)年9月には、ロシアの提案により、アジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)首脳会議がウラジオストクで開催されている。
中国との関係では、対等で信頼あるパートナーシップおよび戦略的連携を強化するとしている。また、12(同24)年4月に露中初の本格的な海軍共同演習「海上協力2012」が黄海で実施されている。また、わが国との関係では、互恵的協力を発展させるとしており、近年、政治、経済、安全保障など、多方面において働きかけを強めている。

3 独立国家共同体との関係

ロシアは、CISとの二国間・多国間協力の発展を外交政策の最優先事項としている。また、自国の死活的利益がCISの領内に集中しているとし8、ウクライナ、モルドバ(沿ドニエストル)、アルメニア、タジキスタンおよびキルギスのほか、09(同21)年8月にCISを脱退したグルジア(南オセチア、アブハジア)9にロシア軍を駐留させるなど、軍事的影響力の確保に努めている10
中央アジア・コーカサス地域においては、イスラム武装勢力の活動の活発化にともない、テロ対策を中心とした軍事協力を進め、01(同13)年5月、CISの集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)11の枠組において合同緊急展開部隊を創設した。また、09(同21)年6月には、CISの合同緊急展開部隊の機能を強化した常設の合同作戦対応部隊を創設している12
このほか、ロシアおよび中央アジア各国は、アフガニスタンの治安悪化が中央アジア地域の不安定化を招くことを懸念して、アフガニスタン支援を行うとともに、アフガニスタン国境の警備強化について対策が検討されている13

4 米国との関係

グルジア紛争などにより滞っていたロシアと米国との関係は、09(同21)年1月に発足したオバマ米政権のもと、改善の方向へ向かうこととなった。
ロシアは、米国のMD欧州配備計画は自国の核抑止能力に否定的影響を与える可能性があるとして強く反発していたが、09(同21)年9月、米国はMDシステムの欧州配備計画の見直しを発表し14、これに対してロシアは一定の評価を与えた。
しかしながら、ロシアは、米国がMDにかかわる能力を量的または質的に発展させ、その戦略核戦力の潜在能力を脅かす場合には、11(同23)年2月に発効した新戦略兵器削減条約は効力を有しなくなると解しており15、最近の欧州における米国のMD計画の進展に対し、ロシアは同条約からの脱退を示唆するなど牽制を図っている16
米国との軍事交流について、ロシアは、12(同24)年7月にハワイ周辺海域で行われたリムパックに艦艇を初参加させるなど一定の協力関係の構築を指向しているものとみられる。

5 欧州・NATOとの関係

ロシアとNATOとの関係については、グルジア紛争などにより一時的に停滞が見られたこともある一方で、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組で、ロシアは、一定の意思決定に参加し、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動している。
10(同22)年11月、リスボンで開催されたNRC首脳会合は、ロシアとNATOは真の現代化された戦略的パートナーシップの構築に向けて協力を進めていくとし、現在、両者の間で、ミサイル防衛(MD)、アフガニスタン、対テロ協力、海賊対策といった分野で対話や協力の模索が続けられている。そのうちMD協力については、11(同23)年6月のNRC国防相会合における協議の中で、NATOとロシアがそれぞれ保有する独立した二つのシステムのもと、情報・データの交換のみを内容とするMD協力を主張するNATOと、NATOとロシアによる統一的なシステムのもと、各国の担当空域を設定して一体的運用を行う「セクターMD」を目指すロシアの立場の違いが浮き彫りとなるなど、両者の協力には進展がみられていない。
また、ロシアとNATOとの間では、欧州通常戦力(CFE:Conventional Armed Forces in Europe)適合条約をめぐる問題が未解決である17

6 武器輸出

ロシアは、軍事産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しているとみられ、輸出額も近年増加傾向にある18。また、07(同19)年1月、武器輸出権限を国営企業「ロスオボロンエクスポルト」に独占的に付与し、引き続き、輸出体制の整備に努めている。さらに、ロシアは、軍事産業を国家の軍事組織の一部と位置づけ、スホーイ、ミグ、ツポレフといった航空機企業の統合を図るなどその充実・発展に取り組んでいる。
ロシアは、インド、ASEAN諸国、中国、アルジェリア、ベネズエラなどに戦闘機や艦艇などを輸出している19


1)「ロシア連邦対外政策構想」(08(平成20)年7月)
2)メドヴェージェフ大統領(当時)によるロシア大使・外交機関常駐代表会議における演説(10(平成22)年7月)および年次教書演説(09(同21)年11月、10(同22)年11月および11(同23)年12月)。なお、プーチン首相(当時)は12(同24)年2月に発表した外交政策に関する選挙綱領的論文で、外国との互恵的な協力関係を構築しつつ、自国の安全保障と国益を確保していく姿勢を示している。
3)プーチン首相(当時)は、11(平成23)年10月4日付イズベスチヤ紙において、関税同盟および統一経済圏を土台に域内の経済的連携を強化する「ユーラシア同盟」の創設を提唱した。このほか、同月、CIS8か国(ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウクライナ、モルドバおよびアルメニア)がCIS自由貿易圏創設条約に調印した。
4)メドヴェージェフ大統領(当時)によるロシア大使・外交機関常駐代表会議における演説(10(平成22)年7月)および年次教書演説(同年11月)
5)ロシアは現在、シベリアの石油を極東方面に運ぶパイプラインの事業化やサハリンの資源開発などを進めている。
6)「ロシア連邦対外政策動向」(08(平成20)年7月発表)。なお、プーチン首相(当時)は12(同24)年2月に発表した外交政策に関する選挙綱領的論文で、アジア太平洋地域全体の重要性が高まっているとの認識を示している。
7)アジア太平洋経済協力((APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)、上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)、11(平成23)年からは東アジア首脳会議(EAS:East Asia Summit)などの地域的な枠組へ参加してきている。
8)メドヴェージェフ大統領(当時)は、グルジア紛争後の08(平成20)年8月、外交の5原則の一つとして、ロシアには特権的利害を有する地域があるとの認識を示している。
9)グルジアは08(平成20)年8月のグルジア紛争を経て、09(同21)年8月、CISから脱退したが、ロシアはグルジア領内の南オセチアとアブハジアの独立を一方的に承認したほか、これらの地域に引き続き軍を駐留させている。なお、12(同24)年10月のグルジア議会選挙で対露関係の改善を公約とした野党連合「グルジアの夢」が反露的な政策を採る与党「統一国民運動」に勝利している。
10)CIS諸国の中には、ベラルーシやカザフスタンなどロシアとの関係を重視する国がある一方、ロシアとの関係に距離を置こうとする動きもみられ、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバなどの国々は、安全保障や経済面でロシアへの依存度低下を目指し、おおむね欧米志向の政策をとってきた。なお、12(平成24)年9月、キルギスとロシアは、17(同29)年に期限を迎えるキルギス国内のロシア軍基地の使用期間を、さらに15年間延長することに合意している。12(同24)年10月、タジキスタンとロシアは、タジキスタン国内の第201ロシア軍基地の使用期限を49年間(以後5年ごとに自動更新)延長することに合意した。
11)92(平成4)年5月にウズベキスタンのタシケントにおいてアルメニア、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタンの6か国首脳が集団安全保障条約(CST:Collective Security Treaty)に署名した。93(同5)年にはアゼルバイジャン、グルジア、ベラルーシの3か国が加わり、同条約は94(同6)年4月に発効した。しかし、99(同11)年にアゼルバイジャン、グルジア、ウズベキスタンは同条約を更新することなく脱退した。02(同14)年5月にCSTは集団安全保障条約機構に改編された。なお、06(同18)年8月にウズベキスタンはCSTOに復帰したが、12(同24)年6月にCSTOへの参加停止を通告、事実上、同機構を脱退した。
12)CSTOは、10(平成22)年6月のキルギス南部における民族衝突に際してキルギスからの平和維持の要請に十分に対応できなかったことを教訓として、危機対応の体制の効率化について議論している。また、11(同23)年12月のCSTO首脳会議は、加盟国が自国に第三国の基地を設置する場合、すべての加盟国の了承を要するとして、外国軍隊の加盟国への駐留を牽制した。なお、CSTO共同演習「ヴザイモディストヴィエ(協同作戦)」が09(同21)年10月および10(同22)年10月にカザフスタン、12(同24)9月にアルメニアで実施されている。
13)アフガニスタンからの麻薬流入やイスラム原理主義勢力の活動は中央アジア地域にとって脅威と認識されている。
14)米国のMD欧州配備計画については、1節2を参照
15)ミサイル防衛に関するロシア連邦の声明(10(平成22)年4月8日)
16)ロシアは、米国のMD計画がロシアに向けられたものではないことの法的な保証を求めているほか、米国はロシアの懸念を考慮していないとして11(平成23)年11月、早期警戒レーダーを実戦配備するなどの対抗措置や新STARTから脱退する可能性について言及した大統領声明を発表した。
17)99(平成11)年の欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)イスタンブール首脳会議において、従来のブロック別保有上限の国別・領域別保有制限への変更、CFE適合条約発効までの現行CFE条約の遵守などが合意された。ロシアは、自国がCFE適合条約に批准したにもかかわらず、NATO諸国がグルジアとモルドバからロシア軍が撤退しないことなどを理由としてCFE適合条約を批准しないことを不満とし、07(同19)年12月、CFE条約の履行停止を行い、同条約に基づく査察などが停止された。現時点では、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの4か国のみが批准しており、CFE適合条約は未発効である。このほか、ロシアは、NATOを中心とする既存の安全保障の枠組を脱却し、新たな欧州・大西洋地域における安全保障の基本原則を定める新たな欧州安全保障条約を提案している。
18)ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)HPによれば、12(同24)年におけるロシアの武器輸出額は80億300万ドルで、米国に次いで世界第2位の規模である。
19)インドネシアとの間ではSu-27およびSu-30戦闘機の売却契約が03(平成15)年と07(同19)年に、マレーシアおよびベトナムとの間ではSu-30戦闘機の売却契約が03(同15)年に行われ、これらの国に引き渡されている。ベトナムについては、09(同21)年にSu-30戦闘機およびキロ級潜水艦の売却契約が行われたと伝えられている。インドについては、10(同22)年3月、12(同24)年末までに空母をインドに引き渡すことで合意したほか、MiG-29K戦闘機の売却契約も結ばれた。12(同24)年4月、インドとリース契約していたアクラ級原子力潜水艦「ネルパ」がインド側に貸与された。また、06(同18)年にはアルジェリアとベネズエラとの間でSu-30戦闘機などの売却契約が結ばれ、一部は引き渡されている。中国については、Su-27戦闘機、Su-30戦闘機、ソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級潜水艦などが輸出されているが、中国の武器国産化の進展などを背景に近年取引額が低下傾向にあるとの指摘もある。
 
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