第III部 わが国の防衛に関する諸施策
2 多国間安全保障枠組・対話における取組
1 拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)の下での取組

ASEAN諸国においては、地域における安全保障協力枠組として、94(平成8)年よりASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)が存在していたが、06(同18)年5月からASEAN域内における防衛当局間の閣僚会合であるASEAN国防相会議(ADMM:ASEAN Defence Minister's Meeting)が開催されている。これに加え、10(同22)年5月の第4回ADMMにおいて、わが国を含めたASEAN域外国8か国1を新たなメンバー(プラス国)とする拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)の創設が決定され、同年10月、第1回ADMMプラスが、ハノイで開催された。
これまで、ASEAN域外国も含めた形でのアジア太平洋地域の国防相が出席する政府主催の会議はなかったことから、ADMMプラスの創設は、地域の安全保障・防衛協力の発展・深化の促進という観点から、極めて大きな意義がある。また、ADMMプラスは、地域における様々な安全保障上の共通の課題を幅広く取り上げる枠組であり、防衛省・自衛隊としても、ADMMプラスを地域における安全保障協力の大きな柱として発展させるべく、ADMMプラスにおける取組を積極的に支援している。
第1回ADMMプラスにおいては、<1>)人道支援・災害救援、<2>海上安全保障、<3>テロリズムへの対応、<4>防衛医学、<5>平和維持活動の5分野をはじめとする相互に有益で実行可能な協力の分野について議論を行うとともに、地域の安定に影響を与える南シナ海についても議論を行い、南シナ海に関する行動宣言(DOC:the Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)2の完全な実施、国連海洋法条約などの国際法や平和的手段による紛争の解決を強調した。
また、会議後、ADMMプラスの設立を歓迎し、今後の地域における安全保障協力の強化をうたったハノイ共同宣言が署名された。ASEANは、ハノイ共同宣言において、ADMMプラスは、ASEAN政治安全保障共同体の一部をなす「ADMMにとって不可欠な要素である」と位置付けており、ADMMプラスを単なる懇談の場とせず、より具体的・実践的な協力枠組であると位置づけている。このため、ADMMプラスでは、意思決定機関として、<1>3年に1度の閣僚級会合であるADMMプラス、<2>毎年開催される事務レベルのADSOM:ASEAN Defense Senior Officials' Meeting プラス、<3>ADSOMプラスWG、<4>地域の共通の安全保障課題である前述の5分野について議論するための専門家会合(EWG:Experts' Working Group)を創設することが決定された。
EWGは、11(同23)年4月のADSOMプラスにおいて正式に発足し、わが国は、シンガポールと共に防衛医学EWGの共同議長3を務めている。同EWGは、11(同23)年7月に、シンガポールにおいて第1回会合を開催し、人道支援・災害救援分野における防衛医学上の経験・課題の共有や次回会合で行う机上演習に向けた意見交換などを行った。また、他のEWGも順次会合を開催しており4、各国間での意見交換などを通じたそれぞれの分野における実践的な協力を推進している。わが国も各EWGに参加して、積極的に各国との意見交換や提言を行うことで、地域における安全保障協力の一層の強化に取り組んでいる。
(図表III―3―1―4・5参照)

図表III―3―1―4 拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)の組織図
図表III―3―1―5 ハノイ共同宣言の主なポイント
第1回防衛医学EWGにおいて発表を行う陸自隊員 (シンガポール11(平成23)年7月)
第1回防衛医学EWGにおいて発表を行う陸自隊員
(シンガポール11(平成23)年7月)
2 ASEAN地域フォーラム(ARF)

ARFには、現在26か国と1機関5が参加している。
ARFは、現状ではNATO、欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)などのような安全保障機構ではないが、外務当局と防衛当局の双方の代表が出席し、安全保障に関する各種政府間会合が開催されているという点で意義がある。
防衛省としては、ARFがアジア太平洋諸国の共同体意識を醸成し、地域の安全保障環境を安定化させる枠組となるためには、防衛当局間での信頼関係増進が重要であると考えている。このため、ARFに継続的に参加し、わが国の政策や取組の積極的な紹介などを通じた防衛政策の透明性の向上、防衛当局間の率直な意見交換などを通じた相互理解を図るための努力を続けている。
一方、近年では、こうした取組にとどまらず、人道支援・災害救援活動、海上安全保障、平和維持・平和構築といった非伝統的安全保障分野においても、地域における共通の課題として活発に意見交換が行われるようになっている。毎年、外相級の閣僚会合のほかに、高級事務レベル会合6(SOM:Senior Officials Meeting)などが開催され、活発な議論が行われている。さらに、海上安全保障分野においては、09(平成21)年以来、海上安全保障に関する会期間会合(ISM-MS:Inter-Sessional Meeting on Maritime Security)が開催されており、わが国は11(同23)年、インドネシア、ニュージーランドとともに第3回会期間会合を東京で共催した。このような場を通じて、様々な具体的協力やルールの策定などが模索されている。
現在こうした非伝統的安全保障分野においては、より実際的な協力が模索され始めている。たとえば、人道支援・災害救援分野では、国際的な協力にあたって考慮すべき「一般ガイドライン」の作成に続き、より詳細な協力の手続を定めた「戦略指針」の作成が進められている。
また、09(同21)年には、ARFで初めての実動演習であるARF災害救援実動演習(ARF-VDR)がフィリピンにおいて、フィリピンと米国との共催で開催された。わが国は、陸自の医療・防疫・給水部隊、海自救難飛行艇(US―2)1機および空自輸送機(C―130)2機の合計約100名を派遣し、開催国のフィリピンに次ぐ規模の要員が参加した。
さらに、11(同23)年3月には、第2回ARF災害救援実動演習(ARF-DiREx2011)がインドネシアにおいて、わが国とインドネシアとの共催で行われたが、3月11日に発生した東日本大震災の災害対応のために参加予定であった部隊の派遣を中止した。一方で、国際社会に対し、共催国として責任を果たすというわが国政府の決意を示すため、これまで演習準備にインドネシア政府とともに携わってきた防衛省・自衛隊(約10名)、外務省および国際協力機構(JICA:Japan International Cooperation Agency)の要員が現地に留まり共催国の立場から演習に参加した。こうしたわが国の姿勢は、インドネシア政府側に高く評価されるとともに、国際社会に対して地震・津波災害における国際協力の重要性について強く訴える機会となった。
ARF災害救援実動演習は、ARFが意見交換から実動演習の段階に踏み込んだという点できわめて大きな意義を有するものであり、地域の実際的・具体的な安全保障協力の推進に大きな役割を果たしている。
このように、各種分野において、域内各国が具体的な協力・連携要領を議論し、一定のルールなどを策定した上で訓練・演習を行い、地域の各種協力・連携要領にフィードバックさせていくというプロセスを繰り返すことにより、地域内における災害などへの対処能力が向上するのみならず、参加各国の相互理解・信頼醸成も促進されることから、わが国としてもこうした取組をさらに進めていくことが重要である。

3 防衛省・自衛隊が主催している多国間安全保障対話

(1)東京ディフェンス・フォーラム
アジア太平洋地域の安全保障を考える上でのわが国独自の取組として、防衛省は、96(平成8)年から地域諸国の防衛政策担当幹部(国防省局長、将官クラス)を対象とする「アジア太平洋地域防衛当局者フォーラム(東京ディフェンス・フォーラム)」を毎年開催し、各国の防衛政策や防衛分野での信頼醸成措置への取組について意見交換を行っている。
12(同24)年3月の第16回フォーラムには、アジア太平洋地域の24か国に加え、ヨーロッパ連合(EU)、赤十字国際委員会(ICRC:International Committee of the Red Cross)および国連人道問題調整部(UNOCHA:United Nations Office for Coordination Humanitarian Affairs)の参加を得て意見交換を行った。本フォーラムでは、<1>「災害救援時における軍民関係」および<2>「海上安全保障に係る取組」を議題として議論を行った。また、本フォーラムにあわせて、国内外から著名な有識者および防衛当局者を招き、地域における対話・協力の促進に寄与することを目指すこととして、一般公開の「東京ディフェンス・フォーラム・セミナー」7を開催した。

東京ディフェンス・フォーラムにおいて挨拶を行う 田中防衛大臣(当時)(中央)(東京12(平成24)年3月)
東京ディフェンス・フォーラムにおいて挨拶を行う田中防衛大臣(当時)(中央)
(東京12(平成24)年3月)

(2)日・ASEAN諸国防衛当局次官級会合
安全保障分野における日・ASEAN間の次官級の人脈の構築を通じて二国間・多国間の関係強化を図るため、09(同21)年より毎年、防衛省主催で日・ASEAN諸国防衛当局次官級会合を開催するとともに、あわせて二国間の次官級会談も行っている。また、本会合にあわせて、国内外から有識者・防衛当局者を招き、地域が抱える安全保障上の課題やこうした課題に対する防衛当局の役割について議論を行う、一般公開の「共通安全保障課題に関する東京セミナー」も毎年開催している8
11(同23)年9月に第3回会合が開催され、ASEAN諸国およびASEAN事務局の次官クラスの参加を得て、<1>海上安全保障強化への地域における取組、<2>非伝統的安全保障分野を中心とした能力構築支援について意見交換を行った。また、東日本大震災について、各国からお見舞いの言葉とともに自衛隊の対応への評価が表明された。また、防衛事務次官がカンボジア、インドネシア、マレーシア、ミャンマー(初の次官級会談)、フィリピンおよびベトナムの参加者との二国間の次官級会談をそれぞれ行った。
参照 資料51

日・ASEAN次官級会合において意見交換する 中江防衛事務次官(当時)(右)(東京11(平成23)年9月)
日・ASEAN次官級会合において意見交換する中江防衛事務次官(当時)(右)
(東京11(平成23)年9月)
4 その他

(1)民間機関主催の国際会議
安全保障分野においては、政府間の国際会議だけではなく、政府関係者・学者・ジャーナリストなどが参加する民間機関主催の国際会議も開催されている。こうした会議は、政府間の政策発信・信頼醸成に資するだけではなく、中長期的な安全保障上の課題を共有し、意見交換する場としても重要であり、防衛省として高く評価している。
こうした国際会議のうち、主なものとしては、IISS:The International Institute for Strategic Studies(英国国際戦略研究所)が主催する、IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)9およびIISS地域安全保障サミット(マナーマ対話)がある。
IISSアジア安全保障会議は、地域安全保障枠組の設立を目的として設置され、毎年シンガポールにおいて、アジア太平洋地域の国防大臣などが多数参加する国際会議であり、地域の課題や防衛協力などが話し合われている。12(同24)年6月の第11回会議には、わが国から渡辺防衛副大臣が参加し、「海洋の自由を守る」をテーマとするスピーチを行った。同スピーチにおいて、渡辺防衛副大臣は、アジア太平洋地域の安定した海洋秩序を構築するため、<1>大原則としての「航行の自由」、<2>現場のマナーとしての「グッドシーマンシップ」および<3>地域の各国との実務協力の重要性を指摘した。また、本会議に際し、渡辺防衛副大臣は、日米韓および日米豪の三国間会談をそれぞれ行うとともに、オーストラリア、シンガポール、ニュージーランド、インドネシア、英国およびフランスの国防大臣などと個別に二国間会談を行った。
IISS地域安全保障サミットは、中東諸国の外務・防衛当局など関係者を中心に、安全保障に関して意見交換を行う国際会議であり、バーレーンのマナーマで開催されている10。わが国にとって中東地域の安定はエネルギー安全保障、シーレーンの安全と安全確保の観点からきわめて重要であり、防衛省としては、05(同17)年の第2回会議以降、毎年、参加している。

(2)アジア太平洋諸国参謀総長等(CHOD:Chief of Defense)会議
CHODは、主にアジア太平洋諸国の参謀総長などが一堂に会し、地域の安全保障に関するテーマについて自由に意見交換を行うとともに、あわせて行われる二国間会談などを通じて、域内各国の相互信頼醸成および安全保障上の関係強化を図ることを目的として開催されている。
本会議は、98(同10)年の第1回会議以降毎年開催され、わが国は第1回から継続的に参加している。04(同16)年には、わが国は米太平洋軍と第7回会議を共催した。11(同23)年10月には、第14回会議が米太平洋軍の主催によりハワイで開催され、統幕長が参加した。
参照 資料52

(3)オピニオンリーダーの招へい
01(同13)年より、わが国の安保・防衛政策、自衛隊の現状などに関する理解を促進することを目的として、アジア太平洋地域のうち特にわが国として信頼関係を深めることが有益と思われる国から、主に安全保障政策の関係者をわが国に招へいしている。平成23年度はインドネシアとミャンマーから国防省関係者を招へいした。

シャングリラ会合においてスピーチを行う 渡辺防衛副大臣(シンガポール12(平成24)年6月)
シャングリラ会合においてスピーチを行う渡辺防衛副大臣
(シンガポール12(平成24)年6月)

1) わが国のほか、米国、豪州、韓国、インド、ニュージーランド、中国およびロシア
2)02(平成14)年にASEANと中国間で調印され、南シナ海における紛争などの平和的に解決するための根源的な原則について明記した宣言
3)各専門家会合(EWG)の共同議長国には、人道支援・災害救援EWGではベトナムと中国が、海上安全保障EWGではマレーシアと豪州が、カウンターテロリズムEWGではインドネシアと米国が、防衛医学EWGではシンガポールとわが国が、平和維持活動EWGではフィリピンとニュージーランドがそれぞれ就任
4)11(平成23)年7月に第1回海上安全保障EWG、同年9月に第1回カウンターテロリズムEWG、同年11月に第1回人道支援・災害救援EWGおよび第1回平和維持活動EWGが開催された。
5)ASEAN10か国(ブルネイ、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、カンボジア(95(平成7)年から)、ミャンマー(96(同8)年から))、日本、オーストラリア、カナダ、中国、インド(96(同8)年から)、ニュージーランド、パプアニューギニア、韓国、ロシア、米国、モンゴル(98(同10)年から)、北朝鮮(00(同12)年から)、パキスタン(04(同16)年から)、東ティモール(05(同17)年から)、バングラデシュ(06(同18)年から)、スリランカ(07(同19)年から)の26か国および欧州連合(EU:European Union )
6)高級事務レベル会合(SOM:Senior Officials Meeting)のほか、信頼醸成措置および予防外交に関する会期間支援グループ(ISG on CBM/PD:Inter-Sessional Support Group on Confidence Building Measures and Preventive Diplomacy)、ARF安全保障政策会議(ASPC:ARF Security Policy Conference)などが開催されている。また、02(同14)年の閣僚会合以降、全体会合に先立って、ARF防衛当局者会合(DOD:Defense Officials' Dialogue)、会期間会合(ISM:Inter-Sessional Meeting)が開催されている。
7)平成23年度の東京ディフェンス・フォーラム・セミナーは本会合と同テーマにて議論を行った。
8)平成23年度においては、本会合翌日に「共通安全保障課題に対する東京セミナー」を開催し、<1>「資源問題と安全保障問題」および<2>「海上安全保障強化への地域における取組」について議論を行った。
9)アジア太平洋地域の国防大臣クラスを集めて防衛問題や地域の防衛協力についての議論を行うことを目的として開催される多国間会議であり、民間研究機関である英国の国際戦略研究所の主催により始まった。02(平成14)年の第1回から毎年シンガポールで開催され、会場のホテル名からシャングリラ会合(Shangri-La Dialogue)と通称される。<http://www.mod.go.jp/j/approach/exchange/dialogue/others/iiss.html>参照
10)最近の実績として、10(平成22)年12月の第7回会議には広田防衛大臣政務官(当時)が参加した。この会議に際し、広田防衛大臣政務官は、英国のアスター国防政務官、ドイツのシュミット国防政務官、バーレーンのムハンマド国防担当国務相および米国のフォックス第5艦隊司令官と個別に意見交換を行った。なお、11(同23)年は開催されなかった。
 
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