第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
第2節 サイバー空間をめぐる動向
1 サイバー空間と安全保障

近年のIT革命により、インターネットなどの情報通信ネットワークは人々の生活のあらゆる側面において必要不可欠なものになりつつある。一方、情報通信ネットワーク、特に生活インフラの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃は人々の生活に深刻な影響をもたらしうるものであり、サイバーセキュリティは各国にとっての安全保障上の重要な課題の一つとなっている。
サイバー攻撃の種類としては、情報通信ネットワークへの不正アクセスによる情報の改ざんや窃取、大量のデータの同時送信による情報通信ネットワークの機能阻害などがあげられるが、インターネット関連技術は日進月歩であり、サイバー攻撃も日に日に高度化、複雑化している。サイバー攻撃の特徴としては、以下のようなものがあげられる。
<1>物理的に人や物を損傷することなく、また実際に接触することなく攻撃を行うことができる。
<2>重要な情報通信ネットワークに障害を発生させることができれば、甚大な被害を与えることができる。
<3>地理的・時間的な制約がないことから、いつでもどこからでも攻撃を行うことができる。
<4>攻撃主体自らの関与が特定されないように、コンピュータ・ウィルスによって乗っ取った無数のコンピュータを経由するなどの各種の手段をとることから、直接的な根拠をもとに攻撃主体を特定することが困難である。
軍隊にとって情報通信は、指揮中枢から末端部隊に至る指揮統制のための基盤であり、IT革命によって情報通信ネットワークへの軍隊の依存度が一層増大している。このような情報通信ネットワークへの軍隊の依存を受け、サイバー攻撃は敵の軍隊の弱点につけこんで敵の強みを低減できる非対称的な戦略として位置づけられつつあり、多くの外国軍隊がサイバー空間における攻撃能力を開発しているとされている1。また、情報収集目的のために他国の情報通信ネットワークへの侵入が行われているとの指摘がある2


1)リン米国防副長官(当時)論文「新たな領域の防衛:ペンタゴンのサイバー戦略」フォーリン・アフェアーズ誌2010年9/10月号。また、米 国議会の超党派諮問機関である米中経済安全保障再検討委員会の年次報告書(11(平成23)年11月)では、中国人民解放軍がコンピュータ・ネットワーク攻撃に関与しているとみられ、また、中国の軍事戦略は、米国を含む敵国に対する、コンピュータ・ネットワークを通じた情報収集活動および攻撃を想定しているとされている。
2)11(平成23)年2月、リン米国防副長官(当時)はスピーチで、政府のネットワークから軍事計画や兵器システムの設計に関する情報が抜き出されるなどの外国情報機関による侵入事例を指摘した。さらに、米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(12(同24)年5月)は、米国を含む世界中の多数のコンピュータ・ネットワークおよびシステムが中国国内を発信源とした侵入および情報窃取の標的となっていると指摘している。
 
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