第I部 わが国を取り巻く安全保障環境
2 サイバー空間における脅威の動向

このような状況のもと、諸外国の政府機関や軍隊などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発している1
08(平成20)年には、イラクやアフガニスタンにおける米軍の作戦を指揮する米中央軍の秘密情報などを取り扱うネットワークに、可搬記憶媒体を介してコンピュータ・ウィルスが侵入し、外部に情報が転送される可能性がある、深刻な事態に陥った2。さらに、09(同21)年7月には米国および韓国の国防部を含む政府機関などのウェブサイトに対して、11(同23)年3月には韓国の国防部を含む政府機関などのウェブサイトに対してサイバー攻撃が発生し、ウェブサイトの閲覧が困難になるなどの被害が発生した3
10(同22)年7月に発見された「スタックスネット」と呼ばれる高度に複雑な構造を有するコンピュータ・ウィルスは、特定のソフトウェアとハードウェアが組み込まれた制御システムを標的にするという点で初のウィルス・プログラムであり、検知されることなく標的のシステムにアクセスし、情報の窃取やシステムの改変を実行する能力を有すると指摘されている4。また、11(同23)年10月には、スタックスネットと構造が類似した新たなウィルスも発見されている5
わが国においても、11(同23)年9月には、防衛装備品などを製造する民間企業のコンピュータが不正なプログラムに感染するという事態が発覚したほか、同年中には、立法府や行政機関に対しても攻撃が行われた。
政府や軍隊の情報通信ネットワークおよび重要インフラに対するサイバー攻撃は、国家の安全保障に重大な影響を及ぼし得るものであり、サイバー空間における脅威の動向を引き続き注視していく必要がある。


1)米中経済安全保障再検討委員会の議会への年次報告書(11(平成23)年11月)では、10(同22)年には米国防省に対する悪意あるサイバー活動が合計55,812件発生したとされる。
2)前掲リン米国防副長官(当時)論文。中東地域の米軍基地において、外国の情報機関によってコンピュータ・ウィルスを埋め込まれた可搬記憶媒体が米軍のコンピュータに挿入され、中央軍のネットワークに当該ウィルスがアップロードされた。ウィルスは検知されずに秘密情報などを取り扱うシステムなどに拡散し、データを外国が管理するサーバに転送することが可能となる事態が生起した。
3)マレン統合参謀本部議長(当時)の演説(09(平成21)年7月8日)およびリン国防副長官(当時)の演説(09(同21)年10月1日)。11(同23)年4月、韓国警察庁は、同年3月に発生した韓国政府機関などに対するサイバー攻撃は、09(同21)年7月のサイバー攻撃と手口が同一であったと発表した。
4)11(平成23)年3月、米下院国土安全保障委員会サイバーセキュリティ、インフラ防護、セキュリティ技術小委員会で開催された公聴会における、レイティンガー国土安全保障副次官(当時)の証言
5)産業用制御システムのサイバーセキュリティを担当する米政府機関であるICS-CERTは、11(平成23)年10月に、コンピュータ・ウィルス「デュークー」(W32.DUQU)に関する警報を発出した。民間研究機関の分析によると、同ウィルスのプログラムはスタックスネットと多くの点で共通点を持つとされる。
 
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