第III部 わが国の防衛に関する諸施策 

7 本格的な侵略事態への備え
新防衛大綱では、平素からわが国およびその周辺において常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察活動(常続監視)による情報優越を確保するとともに、各種事態の展開に応じ、迅速かつシームレスに対応することとされている。大規模着上陸侵攻などのわが国の存立を脅かすような本格的な侵略事態については、生起する可能性が低いとの認識を示す一方、将来にわたってこのような事態が生起する可能性を全く否定することも適切ではないとの観点から、不確実な将来情勢の変化に対応するための必要最小限の備えを保持することとされているところである。
万が一、わが国に対する本格的な侵略事態に至った場合には、統合運用体制のもと、自衛隊が有機的かつ一体的に行動し、迅速かつ効果的に対応することとなり、作戦目的に着目すると、・防空のための作戦、・周辺海域の防衛のための作戦、・陸上の防衛のための作戦、・海上交通の安全確保のための作戦などに区分される。なお、これらの作戦の遂行に際し、米軍は、「日米防衛協力の指針」にあるとおり、自衛隊が行う作戦を支援するとともに、打撃力の使用をともなうような作戦を含め、自衛隊の能力を補完するための作戦を行う。
以下、万が一本格的な侵略が行われた場合の自衛隊の典型的な作戦の概要について説明する。
参照 2章2節2、資料25・26

1 防空のための作戦
周囲を海に囲まれたわが国の地理的な特性や現代戦の様相1から、わが国に対する本格的な侵略が行われる場合には、まず航空機やミサイルによる急襲的な航空攻撃が行われ、また、こうした航空攻撃は、幾度となく反復されると考えられる。
防空のための作戦は、初動対応の適否が作戦全般に及ぼす影響が大きいなどの特性を有する。このため、平素から即応態勢を保持し、継続的な情報の入手に努めるとともに、作戦の当初から戦闘力を迅速かつ総合的に発揮することなどが必要である。
防空のための作戦は、空自が主体となって行う全般的な防空と、陸・海・空自が基地や部隊などを守るために行う個別的な防空に区分できる。全般的な防空においては、敵の航空攻撃に即応して国土からできる限り遠方の空域で迎え撃ち、敵に航空優勢2を獲得させず、国民と国土の被害を防ぐとともに、敵に大きな損害を与え、敵の航空攻撃の継続を困難にするよう努める。
(図表III-1-2-18参照)
 
図表III-1-2-18 防空のための作戦の一例

(1)侵入する航空機の発見
航空警戒管制部隊のレーダーや早期警戒管制機などにより、わが国周辺のほぼ全空域を常時監視し、侵入する航空機などをできる限り早く発見する。

(2)発見した航空機の識別
自動警戒管制システム(JADGE3)などにより、発見した航空機が敵か味方かを識別する。

(3)敵の航空機に対する要撃・撃破など
発見した航空機が敵の航空機と識別された場合、航空警戒管制部隊により、地上または空中で待機する戦闘機や地対空ミサイル部隊に撃破すべき目標を割り当て、管制・誘導された戦闘機や地対空ミサイルで敵の航空機を撃破する。

2 周辺海域の防衛のための作戦
島国であるわが国に対する武力攻撃が行われる場合には、航空攻撃に加えて、艦船などによるわが国船舶への攻撃やわが国領土への攻撃などが考えられる。また、大規模な陸上部隊をわが国領土に上陸させるため、輸送艦などの活動も予想される。
周辺海域の防衛のための作戦は、洋上における対処、沿岸海域における対処、主要な海峡における対処および周辺海域の防空からなる。これら各種の作戦の成果を積み重ねて、敵の侵攻を阻止し、その戦力を撃破、消耗させることにより周辺海域を防衛する。
(図表III-1-2-19参照)
 
図表III-1-2-19 周辺海域の防衛のための作戦

(1)洋上における対処
哨戒機による広い海域の哨戒や、主に護衛艦により船舶の航行海域などの哨戒を行う。わが国の船舶を攻撃しようとする敵の水上艦艇や潜水艦を発見した場合は、状況により戦闘機などの支援を受けつつ、護衛艦、潜水艦、哨戒機によりこれを撃破する(対水上戦、対潜戦)。

(2)沿岸海域における対処
護衛艦、掃海(そうかい)艦艇、哨戒機、偵察機などにより主要な港湾周辺の哨戒を行い、敵の攻撃を早期に発見するとともに、主に護衛艦、潜水艦、哨戒機、戦闘機、地対艦ミサイルによりこれを撃破し(対水上戦、対潜戦)、船舶や沿岸海域の安全を確保する。
また、敵が機雷を敷設(ふせつ)した場合には、掃海艦艇などによりこれを除去する(対機雷戦)。

(3)主要な海峡における対処
護衛艦、哨戒機、偵察機などにより、主要な海峡の哨戒を行い、通過しようとする敵の水上艦艇や潜水艦を早期に発見するとともに、主に護衛艦、哨戒機、潜水艦、戦闘機、地対艦ミサイルにより撃破する(対水上戦、対潜戦)。状況により、掃海母艦、潜水艦、航空機などで、主要な海域に機雷を敷設する(機雷敷設戦)。

(4)周辺海域の防空
周辺海域における艦艇の防空は護衛艦が行い(対空戦)、状況により戦闘機などの支援を受ける。

3 陸上の防衛のための作戦
島国であるわが国を占領しようとする場合、侵攻国は、侵攻正面で海上・航空優勢を得た後、海から地上部隊を上陸、空から空挺(くうてい)部隊などを着陸させることとなる。
侵攻する地上部隊や空挺部隊は、艦船や航空機で移動している間や着上陸前後は、組織的な戦闘力を発揮するのが難しいという弱点がある。陸上の防衛のための作戦では、この弱点を捉え、できる限り沿岸海域と海岸地域の間や着陸地点で対処し、これを早期に撃破することが必要である。
(図表III-1-2-20参照)
 
図表III-1-2-20 陸上の防衛のための作戦の一例

(1)沿岸海域における対処
護衛艦、潜水艦、哨戒機、戦闘機、地対艦ミサイルにより、地上部隊を輸送する敵の艦船をできる限り洋上で撃破することを通じてその兵力を消耗させ、その侵攻企図を断念させることに努める。
また、主に戦闘機や地対空ミサイルにより、地上部隊を輸送する敵の航空機を努めて空中で撃破する。

(2)海岸地域における対処
掃海母艦などにより機雷を、水際(すいさい)地雷敷設装置により水際地雷を敷設して、上陸する敵の行動を妨害・阻止する。
上陸を企図する敵の部隊に対しては、海岸付近に配置した戦車・対戦車・野戦特科火力4などを集中して水際で上陸を阻止する。敵が上陸した場合、野戦特科火力、対戦車ミサイルや戦車を主体とした機動打撃力5により、敵の侵入を阻止・撃破する。この間、戦闘機により同地域での戦闘を支援する。
敵の地上部隊の上陸と連携して行われる空挺攻撃6やヘリボン攻撃7に対しては、主に野戦特科火力と機動打撃力により、早期に撃破する。
また、地対空ミサイルをはじめとする対空火力を用いて対空戦(個別的な防空)を行う。

(3)内陸部における対処
万一、敵地上部隊などを上陸または着陸前後に撃破できなかった場合、内陸部において、あらかじめ配置した部隊などにより、戦闘機による支援のもと、敵の侵攻を阻止する(持久作戦)。この間に、他の地域から可能な限りの部隊を集めて反撃に転じ、侵攻した敵地上部隊などを撃破する。

(4)各段階を通じて実施する対処
これらの各段階を通じ、護衛艦、潜水艦、戦闘機、哨戒機などにより、敵の地上部隊増援のための艦船輸送の阻止や海上補給路の遮断に努めるとともに、作戦遂行に必要な防空、情報活動、部隊・補給品の輸送などを行う。

4 海上交通の安全確保のための作戦
わが国は、資源や食料の多くを海外に依存しており、海上交通路はわが国の生命線である。また、わが国に対する武力攻撃事態があった場合において、海上交通路は、わが国生存と繁栄の基盤を確保するだけでなく、継戦能力を維持するための基盤やわが国防衛のため米軍が来援する際の基盤となる。このため、海上交通の安全確保のための作戦は重要である。
海上交通の安全確保のための作戦は、わが国の周辺数百海里の海域において行う場合と航路帯8を設ける場合がある。
わが国の周辺数百海里の海域において行う場合には対水上戦、対潜戦、対空戦、対機雷戦などの各種の作戦を組み合わせて、哨戒、船舶の護衛、海峡・港湾の防備などを行い、海上交通の安全を確保する。
航路帯を設けて作戦を行う場合には、おおむね1,000海里程度の海域において航路を設定し、設定した航路を継続的に哨戒し、敵の水上艦艇、潜水艦などによる妨害を早期に発見してこれに対処するほか、状況により、わが国の船舶などを直接護衛する。
海上交通路でのわが国の船舶などに対する防空は、護衛艦が行い(対空戦)、状況により、戦闘機などの支援を受ける。


 
1)現代戦においては、航空作戦は戦いの勝敗を左右する重要な要素となっており、陸上・海上作戦に先行または並行して航空優勢を獲得することが必要である。

 
2)空において相手航空戦力より優勢であり、相手から大きな損害を受けることなく諸作戦を遂行できる状態。

 
3)指揮命令、航跡情報などを伝達・処理する自動化した全国規模の防空用システム。

 
4)長射程・大口径のりゅう弾砲やロケットを保有し、歩兵、軽装甲車両、施設などを目標として、それらを撃破したり行動を妨害するために使用する。

 
5)戦車、装甲車の突進により敵の攻撃を撃破するための行動。

 
6)輸送機などに攻撃部隊が搭乗し、重要地形付近に降下した後、地上において攻撃を行うもの。特別に編成・装備・訓練された部隊が行い、長距離を迅速に空中移動できる攻撃要領。

 
7)輸送ヘリコプターなどで攻撃部隊を重要地形付近に輸送した後、地上において攻撃を行うもの。空挺攻撃に比して、作戦準備が容易であり、軽易に運用できる攻撃要領。

 
8)舶を通航させるために設けられる比較的安全な海域。航路帯の海域、幅などは脅威の様相に応じて変化する。


 

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