第III部 わが国の防衛に関する諸施策 

6 大規模・特殊災害などへの対応
自衛隊は、自然災害をはじめとする災害の発生時には、地方公共団体などと連携・協力し、国内のどの地域においても災害救援を実施し、被災者や遭難した船舶・航空機の捜索・救助、水防、医療、防ぼうえき疫、給水、人員や物資の輸送といった、さまざまな活動を行っている。特に、本年3月の東日本大震災では、大規模震災災害派遣および原子力災害派遣において、最大時10万人を超す隊員が対応している。

1 災害派遣などの概要
(1)災害派遣などの種類と枠組
ア 災害派遣
災害派遣は、都道府県知事からの要請により行うことを原則としている1。これは、都道府県知事が、区域内の災害の状況を全般的に掌握し、消防、警察といった都道府県や市町村の災害救助能力などを考慮した上で、自衛隊の派遣の要否、活動内容などを判断するのが最適との考えによるものである。
市町村長は、都道府県知事に対し、災害派遣の要請をするよう求めることができる。都道府県知事への要求ができない場合には、その旨および災害の状況を防衛大臣またはその指定する者に通知することができる。
市町村長から通知を受けた防衛大臣またはその指定する者は、災害の状況に照らし特に緊急を要し、要請を待つ余裕がないと認められるときは、部隊などを派遣することができる。
防衛大臣またはその指定する者は、特に緊急を要し、要請を待ついとまがないと認められるときは、要請がなくても、例外的に部隊などを派遣することができる(自主派遣)。この自主派遣をより実効性のあるものとするため、95(平成7)年に防災業務計画2を修正し、部隊などの長が自主派遣をする基準3を定めた。
(図表III-1-2-14参照)
 
図表III-1-2-14 要請から派遣、撤収までの流れ

イ 地震防災派遣
大規模地震対策特別措置法4に基づく警戒宣言5が出されたときには、防衛大臣は、地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)の要請に基づき、地震発生前でも部隊などに地震防災派遣を命じることができる。

ウ 原子力災害派遣
原子力災害対策特別措置法6に基づく原子力緊急事態宣言が出されたときには、防衛大臣は、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)の要請に基づき、部隊などに原子力災害派遣を命じることができる。

(2)災害派遣活動などにおける自衛官の権限
自衛隊法などにおいては、災害派遣、地震防災派遣または原子力災害派遣を命ぜられた部隊などの自衛官が効果的に活動するための措置などの権限が定められている。
参照 資料25

(3)災害に対する初動対処態勢
阪神・淡路大震災の教訓から、自衛隊は、災害派遣を迅速に行うため、初動態勢を整えている。陸自は、全国に配置した157か所の駐(分)屯地を基盤として待機態勢を維持しており、初動対応部隊として、人員、車両、ヘリコプターのほか、不発弾処理や化学防護のための部隊を1時間基準で出動できる態勢を整えている。海自は、応急的に出動できる艦艇を基地ごとに指定しているほか、救難機・作戦機の待機態勢を整えている。空自は、救難機・輸送機の待機態勢などを整えている。
震度5弱以上の地震発生の情報を受けた場合、速やかに自主派遣として、航空機などにより現地の情報を収集し、官邸などに伝達する態勢をとっている。また、状況に応じ、関係地方公共団体などに連絡要員を派遣して情報収集を行う。
自衛隊は、中央防災会議において検討されている大規模地震に対応するため、各種の大規模地震対処計画を策定している。たとえば、「首都直下地震対処計画」では、政治、行政、経済の首都中枢機能障害と相まって、甚大な人的・物的被害の発生のおそれがあることから、各自衛隊が協同し、組織的に対処することとしている。この場合、予備自衛官などを招集して最大で陸自は約11万人の部隊などを被災地域に集中し、海自は最大艦艇約60隻、航空機約50機を、空自は偵察機、救難機、輸送機など約70機を運用する。
(図表III-1-2-15・16参照)
 
図表III-1-2-15 災害派遣などにおける待機態勢(基準)
 
図表III-1-2-16 首都直下型震災発生の際の対処(一例)

2 災害への対応
(1)救急患者の輸送
自衛隊は、医療施設が不足している離島などの救急患者を航空機で緊急輸送している(急患輸送)。平成22年度の災害派遣総数529件のうち、414件が急患輸送であり、南西諸島(沖縄県、鹿児島県)、五島列島(長崎県)、伊豆諸島、小笠原諸島(東京都)などへの派遣が大半を占めている。
また、他機関の航空機では航続距離が短いなどの理由で対応できない本土から遠く離れた海域で航行している船舶からの急患輸送や機動衛生ユニットを用いて重症患者をC-130Hにて搬送する広域医療搬送も行っている。

(2)消火支援
平成22年度の消火支援件数は、60件であり、急患輸送に次ぐ件数となっている。
その内訳は、自衛隊の施設近傍の火災への対応が最も多く、平成22年度は48件であった。また、山林などの消火が難しい場所では、都道府県知事からの災害派遣要請を受けて空中消火活動も行っている。
(図表III-1-2-17参照)
参照 資料33
 
図表III-1-2-17 災害派遣の実績(平成22年度)

(3)自然災害への対応
10(同22)年10月、記録的な集中豪雨の発生により、鹿児島県奄美大島地方において土砂・道路・河川災害が発生した。同月21日、鹿児島県知事から陸自第12普通科連隊長に対し、災害派遣要請がなされたことを受け、第12普通科連隊は、空自航空支援集団および海自第1航空群の輸送機やヘリコプターの空輸支援を受けつつ迅速に派遣・展開し、22日には奄美大島において本格的な災害派遣活動を開始した。まず、孤立住民の救助・安否確認を行うとともに、ヘリコプターや車両により島内における人員や生活・救助物資の輸送を行った。また、引き続き台風第14号の接近が予想されていたため、土砂の除去などによる被害復旧とあわせて、再被害を防止するために土のう積みなどを広範囲にわたり実施した。さらに、豪雨の影響により各地で断水が発生し、住民の方々の生活に支障が生じたため、給水支援を行った。
 
2次災害防止のため土嚢を積む隊員(奄美大島)
2次災害防止のため土嚢を積む隊員(奄美大島)

10月31日、台風第14号による新たな被害もなく、復旧に目途がついたことから、知事の要請に基づき撤収を開始した。本災害派遣においては、政府機関、県・県警察、消防はもとより、NTTや九州電力といった民間企業とも密接な連携を図りながら、陸自部隊を中心として海・空自との協同により迅速かつ整斉と捜索・救援活動を行った。この災害派遣での派遣規模は、約11日間で人員のべ約1,450名、車両のべ約470両、航空機のべ24機となった。
宮崎県では11(同23)年1月下旬以降、高病原性鳥インフルエンザが相次いで発生し、鶏の殺処分数が膨大であり、迅速に処理を行う必要があることから、宮崎県知事から陸自第43普通科連隊長に対して、災害派遣要請がなされた。1月24日から2月3日までの間、および2月5日から2月14日までの間に、空自第5航空団も加わり、隊員のべ約2,760名、車両のべ約510両を派遣し、鶏の殺処分などを実施した。なお、宮崎県では、10(同22)年4月にも牛や豚などの家畜に口蹄疫(こうていえき)が発生・拡大し、第43普通科連隊長に対して災害派遣要請がなされ、自衛隊は、約3ヶ月(88日間)にわたり、同連隊を中核として家畜の埋却場所の掘削(くっさく)などや、畜舎の清浄化のための消毒作業、消毒ポイントにおける24時間体制の車両消毒作業などを実施した。今回の災害派遣においては、この時の経験と教訓が生かされ、自衛隊の統制のとれた活動は宮崎県知事をはじめ、関係市町村から改めて高い評価を受けた。
 
鶏の殺処分を行う陸・空自隊員
鶏の殺処分を行う陸・空自隊員

また、和歌山県および三重県においても高病原性鳥インフルエンザが確認され、両県の知事からの要請に基づき、第37普通科連隊は同年2月15日から17日の間に隊員のべ約400名、車両のべ約80両を和歌山県紀川(きのかわの)市に派遣し、第33普通科連隊は同年2月26日から3月3日の間に隊員のべ約610名、車両のべ約110両を三重県度会(わたらい)郡南伊勢町に派遣して、鶏の殺処分などを行った。
平成22年度の冬は、大雪にともない、多くの災害派遣要請がなされた。10(同22)年12月下旬から11(同23)年1月上旬の年末年始にかけての大雪により、福島県、鳥取県および島根県の知事から除雪支援にかかる災害派遣が要請された。福島県においては国道49号線において車両約300両が立ち往生し、鳥取県においては国道9号線において車両約1,000両が立ち往生し、島根県においては松江市美保関(みほのせき)町において孤立集落が発生したことから、それぞれ第6特科連隊、第8普通科連隊、第13偵察隊などを中心とする隊員が除雪支援を行った。また、同年1月31日、福井県の国道8号線においても、積雪により車両約150両が立ち往生し、福井県知事の災害派遣要請に基づき、第14普通科連隊および第10戦車大隊などを中心とする隊員が除雪支援や給油支援を行った。
さらに、同年2月2日には、新潟県魚沼市において、大雪による人的被害が多数発生し、雪崩の発生、雨による家屋などの倒壊、孤立集落の発生などの可能性もあったことから、新潟県知事から第12旅団長に対して災害派遣要請がなされた。3月6日の撤収までの間、第2普通科連隊の隊員を中心とした第12旅団の隊員のべ360名、車両のべ90両、ヘリコプター1機をもって、雪崩防止作業や学校・住宅などの雪下ろし作業を行った。
11(同23)年3月11日には、東日本大震災が発生し、広域にわたり甚大な被害をもたらした。これを受けた自衛隊の対応については特集において記述したとおりである。
参照 特集

3 災害対処への平素からの取組
(1)災害対処への平素からの取組
自衛隊は、各種の災害に迅速かつ的確に対応するために、災害派遣計画を策定するとともに、統合防災演習(指揮所演習・実動演習)をはじめとする各種防災訓練を行い、また地方公共団体などの行う防災訓練にも積極的に参加している。
中でも、平成22年度は、8月30日から9月5日にかけての防災週間にあたり、大規模震災時に迅速かつ効果的な災害派遣などを行えるよう防衛省総合防災訓練を行った。具体的には、1)政府主催により官邸で行われた「防災の日」政府本部運営訓練(東海地震と東南海・南海地震対処訓練)への参加、2)防衛省独自の災害対策本部運営訓練、3)九都県市合同防災訓練に連携した防災訓練、4)静岡県総合防災訓練と連携した自衛隊統合防災演習(実動演習)、5)関係地方公共団体などの行う総合防災訓練への参加、である。
 
自衛隊統合防災演習に参加する隊員
自衛隊統合防災演習に参加する隊員

(2)地方公共団体などとの連携
災害派遣活動を円滑に行うためには、地方公共団体などとの平素から連携の強化も重要である。
このため、自衛隊は、各種防災訓練への参加、連絡体制の充実や防災計画の整合など地方公共団体との連携の強化を進めている。
具体的には、1)自衛隊地方協力本部においては、「国民保護・災害対策連絡調整官」を設置し、地方公共団体との平素からの連携の確保に努めている。
また、2)東京都の防災担当部局に自衛官を出向させているほか、陸自中部方面総監部と兵庫県の間で事務官による相互交流を行っている。さらに、3)地方公共団体からの要請に応じ、防災の分野で知見のある退職自衛官の推薦などを行っている。こうした形で地方公共団体の防災関連部門などに在職している退職自衛官は、11(同23)年4月末現在、全国44都道府県・103市区町村に193名である。
地方公共団体などに、自衛隊員としての経験や知識を活かした人的協力を行うことは、地方公共団体との連携を強化する上できわめて効果的である。
参照 資料34
4
他方、防衛省・自衛隊としては、災害派遣時の活動がより効果的に行えるよう、地方公共団体においても、次のような取組がなされることが重要であると考えている。

ア 集結地やヘリポートの確保
部隊などが活動するためには、現地の指揮所や宿泊、駐車、資材の集積などのための場所(集結地)7が必要である。また、災害時には車両での活動が制限される可能性があることから、ヘリコプターによる緊急患者・物資の輸送、消火活動などのため、被災地やその近くにヘリポート8が必要である。こうした集結地やヘリポートの確保については、地域防災計画への記述の推進など、日頃から自治体との連携を強化しているところである。また、平素から、避難場所と集結地・ヘリポートを明確に区分し、これを住民に周知しておくことも必要であり、今後、こうした点についても調整していきたいと考えているところである。

イ 建物を識別するための標示
航空機による情報収集、人員・物資の輸送などを効率的に行うためには、空中から建物を確認しやすいよう、県庁、学校など防災上重要な施設の屋上に、建物を識別するための名称や番号などを標示しておくことは有効である。

ウ 連絡調整のための施設の確保
災害派遣の際、自衛隊の連絡要員が円滑に連絡調整を行えるよう、地方自治体などの庁舎内に、連絡要員が作業や通信などを行うための区画や駐車場などが確保されていることが必要である。
現在、各地方自治体の協力も得て、13都県の地域防災計画において自衛隊の連絡調整のための施設確保について明記されているなど、必要な措置がとられつつある。

エ 資機材などの整備
各防災機関が共通で使用できるよう、避難場所や集積地・ヘリポートの位置などが記入された防災地図の整備が必要である。また、ヘリコプターによる空中消火のための器材整備や、溜(た)め池などの水源地確保なども重要であり、これらの対策は各自治体において整備が進んでいるところである。

(3)各種災害への対応マニュアルの策定
さまざまな形で起こり得る災害に、より迅速かつ的確に対応するため、あらかじめ対応の基本を明確にして関係者の認識を統一しておくことが有効である。このため、00(同12)年11月、防衛庁(当時)・自衛隊は、災害の類型ごとの対応において留意すべき事項を取りまとめた各種災害への対応マニュアルを策定9し、関係機関、地方公共団体などに配布した。

(4)原子力災害などへの対処
99(同11)年、茨城県東海村のウラン加工工場で発生した臨界事故の教訓を踏まえ、原子力災害対策特別措置法が制定され、これにともない、自衛隊法が一部改正された10
東海村での臨界事故以降、経済産業省が主体となって00(同12)年から行っている原子力総合防災訓練では陸・海・空自が輸送支援、住民避難支援、空中と海上での放射線観測(モニタリング)支援などを行い、原子力災害に際しての各省庁や地方公共団体との連携要領を検討するなどの実効性の向上を図っている。
また、原子力災害のみならず、その他の特殊災害11に対処するため、中期防において、NBC対処能力を強化することとしている。


 
1)海上保安庁長官、管区海上保安本部長および空港事務所長も災害派遣を要請できる。

 
2)防衛省防災業務計画<http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/bousai.html>参照。

 
3)1)関係機関への情報提供のために情報収集を行う必要がある場合、2)都道府県知事などが要請を行うことができないと認められるときで、直ちに救援の措置をとる必要がある場合、3)人命救助に関する救援活動の場合などのほか、部隊などの長は、防衛省の施設やその近傍に火災などの災害が発生した場合、部隊などを派遣することができる。

 
4)<http://www.bousai.go.jp/jishin/law/014-1.html>参照。

 
5)地震予知情報の報告を受けた場合において、地震防災応急対策を行う緊急の必要があると認めるとき、閣議にかけて、地震災害に関する警戒宣言を内閣総理大臣が発する。

 
6)<http://www.bousai.go.jp/jishin/law/002-1.html>参照。

 
7)集結地は、被災地近くの公園やグラウンドなどが適しており、たとえば陸自の1個連隊規模の部隊が宿泊して活動を行うのであれば、約15,000平方メートル(東京ドーム約1/3個分の面積)、師団であれば約140,000平方メートル(東京ドーム約3個分の面積)以上の広さが必要となる。

 
8)ヘリポートの広さは、ヘリコプターの機種や活動内容によって異なるが、1機あたりの目安として、50〜100m四方が必要である。

 
9)都市部、山間部及び島嶼部の地域で発生した災害並びに特殊災害への対応について
http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/pdf/hyoushi02.pdf>参照。

 
10)1)原子力災害対策本部長の要請により、部隊などを支援のために派遣することができる。2)原子力災害派遣を命ぜられた自衛官が必要な権限を行使できる。3)原子力災害派遣についても、必要に応じ特別の部隊を臨時に編成することなどができる。4)原子力災害派遣を行う場合についても、即応予備自衛官に招集命令を発することができる。

 
11)特殊災害は、テロや大量破壊兵器などによる攻撃によっても生じる可能性がある。


 

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