第III部 わが国の防衛に関する諸施策 

5 弾道ミサイル攻撃などへの対応
弾道ミサイルや大量破壊兵器の不拡散のための国際社会におけるさまざまな努力にもかかわらず、これらの拡散は依然として進展している。
わが国周辺では、中国、ロシアとも核兵器を搭載することが可能な弾道ミサイルを相当数配備している。また、北朝鮮は、06(平成18)年には7発の弾道ミサイルを発射、09(同21)年4月には「試験通信衛星」の打ち上げと称した発射を行うとともに、同年7月にも7発の弾道ミサイルを発射し、弾道ミサイルによる脅威が現実のものであることが改めて確認された。
参照 I部2章2節、資料1・2

わが国は、弾道ミサイル攻撃などへの対応により万全を期すため、平成16年度から弾道ミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)システムの整備を開始した。05(同17)年には、自衛隊法の所要の改正を行い、同年、安全保障会議と閣議において、弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルの日米共同開発に着手することを決定した。
 現在までに、イージス艦14隻への弾道ミサイル対処能力の付与に加え、ペトリオットPAC-3(Patriot Advanced Capability-3)2の発射試験が成功するなど、弾道ミサイル攻撃に対するわが国独自の多層防衛体制の整備は着実に進展している。
(図表III-1-2-7参照)
 
PAC−3の写真
PAC−3の写真
 
図表III-1-2-7 わが国のBMD整備への取組の変遷

1 わが国の弾道ミサイル防衛
(1)BMDシステムの整備の概要
ア 基本的考え方
わが国の弾道ミサイル防衛は、イージス艦による上層での迎撃とペトリオットPAC-3による下層での迎撃を、自動警戒管制システム(JADGE:Japan Aerospace Defense Ground Environment)により、連携させて効果的に行う多層防衛を基本としている。この体制を確立するため、現在保有しているイージス艦とペトリオット・システムの能力の向上を図り、BMDシステム1わが国の弾道ミサイル防衛の整備を推進している。
参照 資料29・30

イ BMDシステムの構成
わが国のBMDシステムは、1)弾道ミサイルをミッドコース段階で迎撃するイージス艦および2)ターミナル段階で迎撃するペトリオットPAC-3の各ウェポンシステム、3)弾道ミサイルを探知・追尾するセンサーシステム、さらに4)ウェポンシステムとセンサーシステムを効果的に連携させて組織的に弾道ミサイルに対処するための指揮統制・戦闘管理・通信システムにより構成されている。
(図表III-1-2-8参照)
 
図表III-1-2-8 BMD整備構想・運用構想(イメージ図)

ウ BMDシステムの整備の方針
BMDシステムの整備にあたっては、費用軽減および効果的・効率的なシステム構築の観点から、現有装備品の活用を図ることとしている。イージス艦とペトリオット・システムの能力向上をはじめ、センサーについても、現有の地上レーダーの能力向上型を活用するほか、新たに整備した警戒管制レーダー(FPS-5)3も航空機などの従来型の脅威と弾道ミサイルの双方に対応可能なものである。また、JADGEについても同様である。

エ BMDシステムの整備の状況
平成22年度末までに、海自はイージス艦「こんごう」、「ちょうかい」、「みょうこう」、「きりしま」にスタンダード・ミサイル(SM-3:Standard Missile-3)を搭載し、また、空自は第1高射群の4個FU4(習志野、武山(たけやま)、霞ヶ浦、入間(いるま))、第2高射群の4個FU(芦屋(あしや)×2、築城(ついき)、高良台(こうらだい))、第4高射群の4個FU(饗庭野(あいばの)、岐阜×2、白山(はくさん))、高射教導隊および第2術科学校(浜松)の4個FUのペトリオットPAC-3を配備し(計16個FU)、16大綱別表で定めた整備目標を達成した。 防衛省・自衛隊は、引き続きBMDシステムの整備を進めることとしており、新防衛大綱および新中期防に基づき、6隻のイージス艦(BMD機能付加)(新たに2隻)、17個FUのペトリオットPAC-3(6個高射群および高射教導隊・第2術科学校分)(新たに1個FU)、4基のFPS-5(平成23年度末整備完了予定)、7基のFPS-3改(能力向上型)(整備済み)を、JADGEなどの各種指揮統制・戦闘管理・通信システムで連接したシステムとして構築することを当面の目標としている。
 平成23年度予算においては、弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイル(SM-3ブロック・A)の日米共同開発を継続するとともに、1個FUのペトリオットPAC-3をの追加整備するなど、計473億円(契約ベースの金額で初度費5を除く。)を計上している。
 
イージス艦から発射されたSM-3
イージス艦から発射されたSM-3

(2)将来の能力向上
 依然として弾道ミサイル技術の拡散は進展しており、弾道ミサイルが将来的に迎撃回避能力を備えたものになっていく可能性は否定できない。また、従来型の弾道ミサイルに対しても、防護できる範囲の拡大や迎撃確率を向上することなどが求められ、迎撃ミサイルの運動性能の向上などを図り、BMDシステムの効率性・信頼性の向上に取り組んでいくことが必要である。
 このような観点から99(同11)年から行ってきた日米共同技術研究で得られた研究成果を踏まえ、06(同18)年から能力向上型迎撃ミサイルにかかわる日米共同開発を開始するなど将来の能力向上に努めている。
(図表III-1-2-9・10参照)
 
図表III-1-2-9 将来的な弾道ミサイルの迎撃回避手段
 
図表III-1-2-10 BMDミサイルの将来の能力向上による防護範囲の拡大(イメージ図)

2 法制・運用面の整備
(1)弾道ミサイル対処に関する法的枠組
わが国に武力攻撃として弾道ミサイルなど6が飛来した場合には、武力攻撃事態における防衛出動により対処する。
一方、わが国に弾道ミサイルなどが飛来する場合に、武力攻撃事態が認定されていないときには、・迅速かつ適切な対処を行うこと、・文民統制を確保することを十分考慮し、以下の措置をとることができる。

ア 防衛大臣は、弾道ミサイルなどがわが国に飛来するおそれがあると判断する場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、弾道ミサイルなどがわが国に向けて飛来したときには同ミサイルを破壊する措置をとるべき旨を命ずる7

イ また、上記の場合のほか、発射に関する情報がほとんど得られなかった場合や、事故や誤射による場合などのように、事態が急変し、防衛大臣が内閣総理大臣の承認を得る時間がないことが考えられる。防衛大臣は、このような場合に備え、平素から緊急対処要領を作成して内閣総理大臣の承認を受けておくことができる。そして、防衛大臣は、この緊急対処要領に従い、一定の期間を定めた上で、あらかじめ自衛隊の部隊に対し、実際に弾道ミサイルなどがわが国に向けて飛来したときには同ミサイルの破壊措置をとるべき旨を命令しておくことができる。
(図表III-1-2-11参照)
参照 資料25・26・31

 
図表III-1-2-11 弾道ミサイルなどへの対処の流れ

(2)文民統制の確保の考え方
弾道ミサイルなどへの対応については、飛来のおそれの有無について、具体的な状況や国際情勢などを総合的に分析・評価し、政府として判断する必要がある。また、自衛隊による破壊措置だけではなく、警報や避難などの国民の保護のための措置、外交面での活動、関係部局の情報収集や緊急時に備えた態勢強化など、政府全体として対応することが必要である。
このような事柄の重要性および政府全体としての対応の必要性にかんがみ、内閣総理大臣の承認(閣議決定)と防衛大臣の命令を要件とし、内閣および防衛大臣がその責任を十分果たせるようにしている。さらに、国会報告を法律に規定し、国会の関与についても明確にしている。

(3)運用面の取組
ア 統合運用による弾道ミサイルなどへの対処
飛来する弾道ミサイルなどに対しては、「BMD統合任務部隊」が編成されている場合は、空自航空総隊司令官を指揮官とし、JAGDEなどを通じた一元的な指揮のもと、効果的に対処するための各種態勢をとる。
また、万一着弾した弾道ミサイルによる被害については、陸自が中心となって対処する。

イ 弾道ミサイル攻撃対処のための日米の協力
BMDシステムの効率的・効果的な運用のためには、在日米軍をはじめとする米国とのさらなる協力が必要である。このため、05(同17)年、06(同18)年および07(同19)年の日米安全保障協議委員会(「2+2」)において、関連措置が合意された。
また、07(同19)年11月の日米防衛相会談においても、日米両国のBMDシステムの整備が進む中、今後、運用面に焦点をあてて協力を進めていくことで一致した。
なお、訓練などによる日米対処能力の維持・向上、検証なども積極的に行われており、10(同22)年12月には海自護衛艦・哨戒機、米海軍イージス艦、日米のPAC-3地上部隊などが参加する平成22年度日米共同統合演習(実動演習)を実施した。また、11(同23)年2月には、日米艦艇をネットワーク上で連接して弾道ミサイルに対処する初のBMD特別訓練が、海自と米海軍との間で行われ、弾道ミサイル対処に関する戦術技量の向上と日米部隊間の連携要領を訓練した。
参照 2章2節

3 米国のミサイル防衛と日米BMD技術協力
(1)米国のミサイル防衛
米国は、弾道ミサイルの飛翔経路である・ブースト段階、・ミッドコース段階、・ターミナル段階のそれぞれの段階に適した迎撃システムを組み合わせ、相互に補って対応する多層防衛システムの構築を目指しており、可能なものから早期に配備することとしている8
(図表III-1-2-12参照)
 
図表III-1-2-12 米国の弾道ミサイルに対する多層防衛構想の例

日米両国は、弾道ミサイル防衛に関して緊密な連携を図ってきており、米国保有のミサイル防衛システムの一部が、わが国に段階的に配備されている。
具体的には、06(同18)年6月、空自車力(しゃりき)分屯基地(青森県)に、BMD用移動式レーダーを配備した9。また、同年12月以降、BMD能力搭載イージス艦が、わが国およびその周辺に前方展開している。さらに、同年10月には沖縄県の嘉手納飛行場などにペトリオットPAC-3を、07(同19)年10月には青森県の三沢飛行場に統合戦術地上ステーション(JTAGS:Joint Tactical Ground Station)10を配備した。
このように、米国のミサイル防衛システムの一部がわが国に配備されることは、わが国国民の安全の確保にもつながるものである。

(2)弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルに関する日米共同開発など
98(同10)年、政府は、平成11年度から、海上配備型上層システムの日米共同技術研究に着手することを決定した。
この共同技術研究は、より将来的な迎撃ミサイルの能力向上を念頭に置き、日米が共同して技術研究を行うものであり、迎撃ミサイルの主要な4つの構成品11に関する設計、試作および必要な試験を行った。
日米共同技術研究の結果、当初の技術的課題を解決する見通しを得たことから、05(同17)年12月の安全保障会議および閣議において、この成果を、能力向上型迎撃ミサイル開発の技術的基盤として活用し、共同開発へ移行することを決定し、06(同18)年6月より、日米で共同開発を実施している。
迎撃回避能力を備えた弾道ミサイルなどの将来脅威(図表III-1-2-10参照)に対処する能力の向上を着実に図っていくことが必要であることから、日米共同開発については、新防衛大綱および新中期防においても引き続き推進することとしている。平成23年度においては、弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルの日米共同開発を継続し、開発の最終段階として海上発射試験に使用するミサイル試作品の設計・製造などを実施することとしている。このため、平成23年度予算においては、将来のBMDシステムに関する日米共同開発などのための経費として、約75億円を計上している。また、新中期防では、当該ミサイルの生産・配備段階への移行について検討の上、必要な措置を講ずることとしている。
(図表III-1-2-13参照)
参照 資料32

 
図表III-1-2-13 能力向上型迎撃ミサイル日米共同開発の概要

(3)武器輸出三原則等との関係
より将来的な能力向上を目指したBMDに関する日米共同開発に関しては、開発の一環として、わが国から米国に対して、BMDにかかわる武器を輸出する必要性が生じる。これについて、04(同16)年12月の官房長官談話において、BMDシステムに関する案件については、厳格な管理を行なう前提で武器輸出三原則等によらないとされ、05(同17)年12月の共同開発への移行決定にあたり、米国への供与が必要となる武器については、武器の供与の枠組を今後米国と調整することとされた。
06(同18)年6月には、米国に対する武器および武器技術の供与に関する書簡の交換(「対米武器・武器技術供与交換公文」)が行われ、わが国の事前同意のない第三国移転を禁止するなどの厳格な管理のもとに武器および武器技術を提供する枠組みが合意された。
また、11(同23)年1月の日米防衛相会談では、弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイル(SM-3ブロックIIA)の生産・配備段階への移行に備え、SM-3ブロックIIAの第三国移転などについての検討を開始することとされた。
このような経緯を踏まえてSM-3ブロックIIAの第三国移転について検討を行った結果、国際紛争などを助長することを回避するという平和国家としての基本理念を堅持できるものとして、わが国の安全保障や国際の平和および安定に資する場合であって、かつ、当該第三国がSM-3ブロックIIAのさらなる移転を防ぐための十分な政策を有しているときには、「対米武器・武器技術供与交換公文」に従い、第三国移転の事前同意を付与し得るとわが国として判断し、同年6月21日の日米安全保障協議委員会(「2+2」)共同発表においてその旨を発表した。
参照 2部2章

4 北朝鮮によるミサイル発射事案等への対応
09(同21)年3月12日、国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)から、北朝鮮当局から試験通信衛星打ち上げのための事前通報があった旨の連絡が入った。
政府は、北朝鮮の行動が国連安保理決議第1695号および第1718号に違反することなどから、北朝鮮当局に対し発射の中止を求める旨表明するとともに、同年3月27日の安全保障会議において北朝鮮からのミサイル発射への対応方針を確認した。
また、防衛大臣は、自衛隊法第82条の2(当時。現在は第82条の3)第3項に基づく「弾道ミサイル等に対する破壊措置命令」を発出した。自衛隊は、BMD統合任務部隊を編成し、スタンダード・ミサイルSM-3搭載イージス護衛艦2隻(「こんごう」および「ちょうかい」)を日本海中部へ、ペトリオットPAC-3部隊を東北地方(岩手県および秋田県)や首都圏(埼玉県、千葉県および東京都)に所在する自衛隊の駐屯地などに展開させ、わが国領域への落下に対する備えを行った。
同年4月5日午前11時30分、北朝鮮から東の方向にミサイル1発が発射され、同11時37分頃には東北地方から太平洋に通過したものと推定された。
このミサイル発射に対して、防衛省・自衛隊は、早期警戒情報(SEW:Shared Early Warning)や自衛隊の各種レーダーにより得た情報を官邸などへ迅速に伝達12した。また、航空機により、東北地方の被害の有無を確認するための情報収集を実施した。
同年4月6日、防衛大臣は、「弾道ミサイル等に対する破壊措置」の終結に関する命令を発出し、部隊を撤収させた。同年5月15日、北朝鮮が発射したミサイルに関して行った総合的・専門的分析の内容を公表13した。


 
1)目標の捜索、探知、分類識別、攻撃までの一連の動作を高性能コンピューターによって自動的に処理するイージス防空システムを備えた艦艇をいう。

 
2)ペトリオットPAC-3は、経空脅威に対処するための防空システムの一つであり、主として航空機を迎撃目標としていた従来型のPAC-2と異なり、主として弾道ミサイルを迎撃目標とするシステム。

 
3)弾道ミサイルの探知・追尾を可能とするもので、平成11年度より開発(旧称:FPS-XX)

 
4)Fire Unit(対空射撃部隊の最小単位)

 
5)航空機など、特注の防衛装備品の製造に際し、製造ラインの設置などに必要な初期投資のこと。

 
6)弾道ミサイルその他その落下により、人命または財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であって、航空機以外のものをいう。

 
7)自衛隊の具体的な動きの一例としては、弾道ミサイルなどの飛来に備え、防衛大臣の当該命令を受けて、弾道ミサイルなど対処のための空自のペトリオットPAC-3や海自のイージス艦を展開し、弾道ミサイルなどが飛来してきた場合に、先に下された大臣の命令に基づきこれを破壊する。

 
8)米国は、ミサイル防衛システムの研究開発や配備については、その時々に技術的に可能なシステムを配備しつつ、段階的に能力の向上を図っていくこととしており、これを進化的開発手法と称している。

 
9)レーダーは、その後、隣接する米軍車力通信所に移設された。

 
10)弾道ミサイル情報処理システムの一つ。

 
11)ノーズコーン、第2段ロケットモーター、キネティック弾頭、赤外線シーカーをいう。

 
12)実際の発射の前日には、防衛省・自衛隊の情報伝達の不手際により、発射に関する誤報事案が生起した。実際の発射に際しては、早期警戒情報の有無を統合幕僚長を含めた複数の者で確認するなどして、情報収集や伝達を適切に行った。
http://www.mod.go.jp/j/j/approach/defense/bmd/20090515-1.html>参照。

 
13)北朝鮮によるミサイル発射について<http://www.mod.go.jp/j/j/approach/defense/bmd/20090515.html>参照。


 

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