第2節 新防衛大綱の策定の背景
防衛計画の大綱については、第1節で概観したとおり、これまで、安全保障環境などを踏まえその時代にふさわしいものを策定してきた。本節では、新防衛大綱の策定の背景や経緯について説明する。
1 新たな安全保障環境
16大綱策定から5年以上が経過し、その間にも国際的な安全保障環境には重要な変化がみられている。新防衛大綱の策定に当たって考慮した事項は、以下のとおりである。
(1)国際情勢全般―課題の複雑化と軍事力の役割の一層の多様化
国家間の相互依存関係はますます進展し、主要国間の大規模戦争の蓋然性が低下する一方、一国で生じた混乱や安全保障上の問題の影響が直ちに世界に波及するリスクの高まりが顕著となりつつある。そのような中、地域紛争に加え、領土や主権、経済権益などをめぐって、武力紛争には至らないような、いわばグレーゾーンでの対立が増加する傾向にある。また、中国・インド・ロシアなどの国力の増大ともあいまって、米国の影響力が相対的に変化しつつあり、グローバルなパワーバランスにも変化が生じている。
大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロ組織、海賊行為などへの対応は引き続き差し迫った課題であるが、これに加え、地域紛争や、統治機構が弱体化または破綻した国家の存在も、グローバルな安全保障環境に影響を与え得る課題である。また、海洋、宇宙、サイバー空間の安定的利用に対するリスクが新たな課題となってきているほか、長期的には、気候変動の問題が安全保障環境にもたらす影響にも留意することが必要である。
こうしたグローバルな安全保障課題は、複数の問題(国際テロ、統治機構の弱体化など)が複雑に絡み合いながら、国境を超えた安全保障問題に発展する傾向が強く、一国のみで対応することは極めて困難であり、利益を共有する国々が平素から協力して取り組むことが重要となっている。
このような状況の中で、国際社会における軍事力の役割は一層多様化しており、武力紛争の抑止・対処、国家間の信頼醸成・友好関係の増進のほか、紛争の予防から復興支援などの平和構築、さらには人道支援・災害救援、海賊対処などの非伝統的安全保障分野において、非軍事部門とも連携・協力しつつ、軍事力が重要な役割を果たす機会が増加している。
(2)アジア太平洋地域の情勢―協力関係の深化と不透明・不確実な要素
相互依存関係が拡大・深化する中、安全保障課題の解決のため、国家間の協力関係の充実・強化が図られており、特に非伝統的安全保障分野を中心に、問題解決に向けた具体的な協力が進展しつつある。
他方、中国、インド、ロシアの国力の増大がもたらすグローバルなパワーバランスの変化は、この地域において顕著に表れている。わが国周辺地域には、依然として核戦力を含む大規模な軍事力が集中しており、多数の国が軍事力を近代化し、軍や関係機関による活動を活発化させている。また、領土や海洋をめぐる問題や、朝鮮半島や台湾海峡などをめぐる問題が存在するなど、不透明・不確実な要素が残されている。
北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発、配備、拡散などを継続するとともに、大規模な特殊部隊を保持しているほか、朝鮮半島において軍事的な挑発行動を繰り返している。このような軍事的な動きは、わが国を含む地域の安全保障における喫緊かつ重大な不安定要因であるとともに、国際的な拡散防止の努力に対する深刻な課題となっている。大国として成長を続ける中国は、世界と地域のために重要な役割を果たしつつある。他方で、中国は国防費を継続的に増加し、核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした軍事力の広範かつ急速な近代化を進め、戦力を遠方に投射する能力の強化に取り組んでいるほか、周辺海域において活動を拡大・活発化させており、このような動向は、中国の軍事や安全保障に関する透明性の不足とあいまって、地域・国際社会の懸念事項となっている。ロシアについては、極東地域における軍事力の規模を冷戦終結以降大幅に縮減しているものの、軍事活動は引き続き活発化の傾向にある。
このような中で、米国は、日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国およびパートナー国との協力を一層重視して、二国間・多国間の枠組を活用した安全保障関係の強化を図るなど、この地域への関与を強めている。このような取組は、アジア太平洋地域の平和と安定に重要な役割を果たすとともに、米国がグローバルな安全保障課題に取り組むための基盤ともなっている。
(図表I-2-2-1参照)