第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第6節 南アジア

1 インド

1 全般
インドは、多くの国に囲まれ、7,600kmにわたる長大な海岸線を有する国土に、中国に次いで世界第2位の12億を超える人口を擁し、南アジア地域で大きな影響力を有する国家である。また、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路における重要な位置に存在しており、海上安全保障におけるインドの役割への期待も大きい。
 インドは、国内に多くの異なる民族、宗教、言語、文化を抱えつつも、複数政党制による自由選挙によって選ばれた政権が国家を運営する世界最大の民主主義国家である1。また、わが国をはじめとする主要な先進国と、自由・民主主義・市場経済という多くの基本的価値観や制度を共有している。

2 安全保障・国防政策
インドは、国家安全保障政策として、国益を守るための軍事力および最小限の核抑止力の保持、テロおよび低強度紛争から通常戦争および核戦争までの多様な脅威への対処、テロや大量破壊兵器などの新たな脅威に対処するための国際協力の強化などをあげている2
 実際に、インドは、PKOなど世界平和を支援するための活動に積極的に参加している。なお、PKOについては、11(平成23)年5月現在、9の活動に約8,500名を派遣しており3、08(同20)年10月からは、ソマリア沖に艦艇を派遣し、海賊に対する警戒活動を行っている4
核政策については、最低限の信頼性ある核抑止力と核の先制不使用政策を維持し、98(同10)年の核実験の直後に表明した核実験モラトリアム(一時休止)についても継続するとしている。また、03(同15)年1月に公表された核戦略において、核兵器、ミサイル関連部品、技術輸出管理の継続と兵器用核分裂性物質生産禁止条約の協議への参加や核兵器のない世界を目指すコミットメントの継続への言及がある一方で、生物・化学兵器による攻撃を受けた際には、核による報復の選択肢を保持する旨定められた。
インド軍は、陸上戦力として13個軍団約113万人、海上戦力として2個艦隊約160隻約36万トン、航空戦力として19個戦闘航空団などを含む作戦機約810機を有している。
インドは、装備の約7割を占める旧ソ連・ロシア製兵器の老朽化が進む中、海外からの装備調達や共同開発を推進している。インドは、現在、空母1隻を保有しているが、ロシアから、12(同24)年末に改修後の空母1隻を導入するとともに、新たに建造中の国産空母1隻を14(同26)年に配備するとしている。09(同21)年7月には、インド初の国産原子力潜水艦が進水した。さらに、ロシアからアクラ級原子力潜水艦1隻のインドへの貸与に関する動きが伝えられている。ほかにも、MiG-21戦闘機の退役にともない、多目的戦闘機126機を入札方式での調達を企図し、選定を進めている5。さらに、ロシアとの間で、第5世代戦闘機の共同開発や生産などに関する二国間協力の第1段階として、10(同22)年12月、予備的設計に関する契約に署名した6
インドは、近年、核弾頭を搭載可能とされる弾道ミサイルの戦力化も進めている。インドは、03(同15)年9月、中距離弾道ミサイル「アグニ2」7を陸軍に実戦配備することを公表した。10(同22)年2月には、中距離弾道ミサイル「アグニ3」の4回目の発射試験に成功しており、長距離弾道ミサイル「アグニ5」の開発に着手していると伝えられている8
インドは、自国への脅威に対する防衛的対抗手段として弾道ミサイル防衛の実用化に励んでおり、06(同18)年11月から弾道ミサイル迎撃実験を行い、最近では、11(同23)年3月にも弾道ミサイル迎撃実験に成功したと伝えられている9。また、米国との間で、弾道ミサイル防衛に関する協議を開始している10
(図表I-2-6-1参照)
 
図表I-2-6-1 インド・パキスタンの兵力状況(概数)

3 対外関係
(1)基本姿勢
インドは、90年代より経済の自由化や改革を進めるとともに多角的かつ積極的な外交を推進しており、国際社会におけるインドの存在感は確実に高まっている。インドは、全ての友好国家との軍事協力の急速な拡大が、南アジア地域の安全保障環境を強化することのみならず、世界の安全保障を強化することを期待するとしており、近年、多くの国々との間で共同訓練を行うなど11、軍事交流の進展に努めている。また、近年の経済成長を背景として、各国とのこうした軍事協力の一環として、各種の武器輸入及び関連技術の獲得を進めている。

(2)米国との関係
インドは、米国との関係強化に積極的に取り組んでおり、米国もインドの経済成長にともなう関係拡大を背景に対印関与を促進していることから、各分野において、双方向で関係が強化されている。
06(同18)年3月、ブッシュ米大統領(当時)が、米国大統領として6年ぶりにインドを訪問し12、シン印首相との間で戦略的に両国の関係強化を図ることに合意した。09(同21)年7月には、クリントン米国務長官がインドを訪問、クリシュナ印外相と会談し、核拡散防止や地球温暖化対策など広範な問題を話し合う米印戦略対話の開始を合意した。また同年11月、シン印首相は、米国を公式訪問し、オバマ大統領との間で、「グローバル戦略パートナーシップ」の再確認および地球規模の安全保障とテロ対処の促進などを内容とする共同声明を発表した。さらに10(同22)年6月には、クリシュナ印外相が米国を訪問、クリントン米国務長官と初の米印戦略対話を行い、対テロ協力を強化することで一致した。また、同年11月には、オバマ大統領がインドを公式訪問し、シン印首相と会談している13
民生用の原子力協力については、08(同20)年10月、ライス米国務長官(当時)とムカジー印外相(当時)が米印原子力協力協定に署名している。
安全保障の分野においては、05(同17)年6月、ムカジー印国防相(当時)とラムズフェルド米国防長官(当時)が、武器の共同生産やミサイル防衛での協調などの両国の軍事協力拡大に道を開く10年間の防衛関係の指針「米印防衛関係の新たな枠組み」に署名した。06(同18)年3月には、米国防省が、海洋の安全保障を含め、インドとの安全保障協力の推進を表明した14。10(同22)年1月に、ゲイツ米国防長官(当時)が08(同20)年2月に引き続きインドを訪問し、シン印首相、アントニー印国防相らと会談、テロ対策、印パ関係、アフガン問題など、地域全体の安定について協議している。
米印間では共同軍事演習などの軍事交流も活発化している。09(同21)年10月には、インド国内で、共同演習「ユド・アビス2009」が行われ、米軍からはストライカー装輪装甲車などが参加し、対テロ戦訓練などを実施した15。また、10(同22)年9月から10月にかけて、東シナ海において、水陸両用戦の共同図上演習「ハブナグ」16が行われ、11(同23)年4月には、海軍の共同演習「マラバール11」17が行われた。
インドは、米国製兵器の調達についても関心を示している。インドはすでに、米国から中古の揚陸艦18やC-130輸送機19を購入しており、09(同21)年にはP-8哨戒機20を、10(同22)年11月にはC-17輸送機21をそれぞれ契約している。

(3)中国との関係
インドは、中国との間ではチベット問題および未画定の国境問題を抱えており、また、中国の核やミサイル、海軍力を含む軍事力の近代化の動向に対して警戒感を示しているものの、両国首脳による相互訪問を行うなど、対中関係の改善に努めている。04(同16)年3月、曹剛川(そう・ごうせん)国防部長(当時)のインド訪問に際し、両国は軍事交流の拡大に合意し、これに基づき、同年12月には、約10年ぶりとなるインド陸軍参謀長の中国訪問が実現した。両国は、05(同17)年4月の温おん・かほう家宝総理のインド訪問時に、「平和と繁栄のための戦略的・協力的パートナーシップ」22の樹立に合意した。06(同18)年11月には、胡錦濤(こ・きんとう)国家主席が中国の元首として10年ぶりに訪印し、シン印首相と会談、両国は中印の戦略的・協力的パートナーシップの発展は重要な共通認識であることに合意するとともに、首脳会談の定例化などを盛り込んだ共同宣言を発表した23。また、10(同22)年4月には、シン印首相と胡錦濤国家主席がBRICs首脳会議で会談し、未確定国境問題の解決に向けた努力を確認した。さらに同年12月には温家宝総理がインドを訪問し、シン印首相と会談、戦略的・協力的パートナーシップを体現するため、国家元首・政府首脳による定期相互訪問メカニズムを構築することなどを決定した24。10(同22)年1月には、次官級の協議である第3回中印安全保障協議25が北京で開催された。この協議では、両国の国交樹立60周年を祝うと共に、相互信頼を強化し、協力関係を推進することで一致した。
両国の軍事交流については、07(同19)年12月および08(同20)年12月に、両国陸軍による対テロ共同訓練26が行われたが、その後、インド軍将官へのビザ発給問題に関するインド側の反発や、10(同22)年9月から10月に行われた米軍との軍事演習に対する中国側の反発などをきっかけに停滞しているとの指摘もある。

(4)ロシアとの関係
従来から友好関係にあったロシアとの間では、「戦略的パートナーシップ宣言」や毎年首脳が相互訪問するなど緊密な関係を維持している。09(同21)年12月には、シン印首相がロシアを訪問、メドヴェージェフ大統領やプーチン首相と会談し、両国首脳による「共同宣言」27のほか、軍事技術協力に関する政府間協定をはじめとする合意文書に署名した28
主要な兵器の調達先であるロシアとは、T-90戦車などの導入や超音速巡航ミサイルの共同開発を進めてきた29。04(同16)年1月には、ロシアのイワノフ国防相(当時)がインドを訪問し、ロシアの退役空母「アドミラル・ゴルシコフ」の売買契約が締結された。07(同19)年1月にも、イワノフ国防相(当時)はインドを訪問し、軍事技術協力、共同演習などについて協議した30。さらに、10(同22)年3月、ロシアのプーチン首相がインドを訪問し、MiG-29K艦載機29機の購入契約を結ぶとともに、多目的輸送機の共同開発についても協議した31。また、同年12月、メドヴェージェフ大統領がインドを訪問、第5世代戦闘機について、予備的設計に関する契約に署名した32
また、03(同15)年以降、両国の共同軍事演習が実施されている33

(5)東南アジア諸国との関係
90年代半ばより、インドは、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)を含む東アジア諸国との関係強化を図っている。03(同15)年10月には、「東南アジアにおける友好協力条約」(TAC:Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia)にも署名した34


 
1)同国のイスラム人口は1億人を超える。

 
2)10(平成22)年5月に公表された「国防年次報告」において、冷戦後の国際情勢の中で、米国同時多発テロ事件及び世界中で多発するテロ攻撃によって、安全保障問題および課題が国際的な関心事項となったとの認識のもと、イデオロギーと結びついたテロの出現、小火器の拡散、WMD(大量破壊兵器)の拡散および経済のグローバル化が、インドの安全保障を近隣諸国および地域に直接連結させる要因と指摘している。

 
3)インドによる国連平和維持活動への人員派遣数は、01(平成13)年以降、世界第3位または4位を維持している。

 
4)08(平成20)年10月、インド政府は、洋上哨戒のため、アデン湾への海軍艦艇派遣を承認、同年11月には、インド海軍のフリゲート艦が海賊に乗っ取られた漁船を撃沈している。

 
5)アントニー国防相は、多目的戦闘機の調達について、共同開発などを通じた技術の導入を契約の条件に挙げている。また、12(平成24)年3月までに契約が締結される予定であると伝えられている。

 
6)インドとロシアは、07(平成19)年10月に、第5世代戦闘機の共同開発・生産に関する協定に署名し、さらに10(同22)年12月には、設計・開発される戦闘機が複座型であること、推力増強型のエンジンを搭載することを内容とするとともに、これまでの軍事調達額で過去最大となる200〜250機の生産・開発になる契約に署名した。

 
7)インドは、10(平成22)年12月にも「改良型アグニ2」の発射試験を実施したが、試験は失敗したと伝えられている。

 
8)07(平成19)年12月、インド国防省の国防研究開発機構(DRDO: Defense Research and Development Organization)ミサイル管理責任者のサラスワット氏は、「「アグニ4」は未だ構想段階であり、データを公表できる段階にない」と発言していたが、10(同22)年2月、同氏は「アグニ5」が射程5,000km以上のICBMに分類され、試験発射を1年以内に実施する計画であると記者に述べている。

 
9)11(平成23)年3月、インドは、東部オリッサ州のウィーラー島で、迎撃ミサイルによる弾道ミサイル撃墜実験を行い、5回連続成功したと伝えられている。なお同種の実験は、06(同18)年11月、07(同19)年12月、09(同21)年3月、および、10年(同22)年7月に行われ、共に成功を収めたとしている。

 
10)08(平成20)年2月、インドを訪問したゲイツ米国防長官(当時)は、記者会見で、「我々はインドとのミサイル防衛の協議において、非常に初期の段階にある。そして、現時点で、我々はミサイル防衛の領域においてインドが必要とするものは何であるか、両者間のどのような協力がインドでその前進を推進する可能性があるかに関して共同の分析を行うことについて協議を開始しているところである」と発言している。

 
11)09(平成21)年4月から5月にかけて、インド海軍は艦隊を派遣し、米国および海上自衛隊との間で共同訓練を行った。

 
12)ブッシュ米大統領(当時)は、インドは米国の「ナチュラル・パートナー」であると言及した。

 
13)両国は、「グローバル戦略パートナーシップ」を拡大・強化することで合意。また、インドによる国連安保理常任理事国入りへの米国による初めての支持表明や、インドに対する国防分野を含むハイテク技術に関する輸出規制の廃止などで合意した。

 
14)米国は、同協力の目標はインドに見合うだけの防衛力を整備し、能力や技術を提供することであるとし、F-16やF-18戦闘機売却の用意についても表明している。

 
15)米国からは、ストライカー装輪装甲車17両が参加している。

 
16)米強襲揚陸艦にインド軍人が乗り込み、水陸両用戦における人道支援や災害活動などの想定で図上演習を行った。

 
17)「マラバール」は、米印の二国間演習であったが、「マラバール07-2」には、日本、オーストラリアおよびシンガポールの計5か国が参加し、さらに「マラバール09」には、日本が加わり、3か国が参加した。また、「マラバール10」および「マラバール11」は二国間演習として行われている。

 
18)インドは、米海軍のオースチン級ドック型輸送揚陸艦を購入し、07(平成19)年6月、インド海軍艦艇「ジャラシヴァ」として再就役させた。なお、同艦はインド海軍が保有する初の米国艦艇。

 
19)インドに10(平成22)年12月に初納入され、計6機が納入予定とされる。

 
20)P-8は米海軍の新型哨戒機。海外への売却はインドが初めてであり、8機納入されると伝えられている。

 
21)10(平成22)年1月、C-17輸送機10機の売却を米国政府に要求、同年11月のオバマ米大統領のインド訪問に際して、契約の成立が発表された。

 
22)本合意の中で、中国は、シッキム州がインドの領土であることを認めるとともに、両国は、未画定国境問題の早期解決に向けた努力を継続することに合意している。

 
23)両国は、首脳級会談の定例化に合意し、相互貿易額を10(平成22)年までに400億ドルに倍増する目標を設定した。また、投資保護や新たな総領事館の相互設置などに関する合意文書に署名した。

 
24)会談では、相互訪問メカニズムのほか、戦略経済対話メカニズムの構築や対テロなど安全保障面での協力などで一致した。また国境問題等の隔たりを早期に解決することに尽力することが改めて表明された。

 
25)中印防衛安全保障協議については、07(平成19)年11月に北京で第1回協議、08(同20)年12月にデリーで第2回協議が開催された。

 
26)本訓練の目的は、中印両軍の相互理解・信頼の増進および関係の発展推進であるものと伝えられており、07(平成19)年12月に行われた「携手2007(Hand-in-Hand 2007)」および08(同20)年12月に行われた「携手2008」には、中印両軍からそれぞれ約100人が参加した。

 
27)共同宣言には、戦略的パートナーシップの更なる深化などが盛り込まれた。

 
28)両国は、2011〜2020年までの軍事技術協力プログラムに関する協定、ロシアからインドに売却された装備・兵器のアフターサービスに関する協定、軍輸送機の開発及び生産の協力に関する2007年11月12日協定の議定書、平和目的での原子力利用における協力に関する協定などの合意文書に署名した。

 
29)10(平成22)年3月および12月にも、インドは同ミサイル「ブラモス」の発射実験を行い成功したと発表した。

 
30)両国は、多用途中型輸送機および第5世代戦闘機の共同開発プロジェクトに関する文書に署名した。また、すでに締結されている協定の枠組の中で、T-90戦車、Su-30MKI戦闘機およびMi-17ヘリコプターのインドへの追加提供に関する提案が検討された。両国間では現在共同開発中の巡航ミサイル「ブラモス」の生産力の向上とともに、同ミサイルの空中発射バージョンの開発を目指すことが確認された。また、MiG-29戦闘機用エンジンのライセンス生産の契約に関する政府間協定を締結した。

 
31)両国は、10(平成22)年9月、多目的輸送機の共同開発協定に署名した。

 
32)第5世代戦闘機の共同設計に加えて、共同開発中の巡航ミサイル「ブラモス」のインド軍への供給に関する契約への署名、貿易の拡大、原子力エネルギー分野での協力拡大、ロシアはインドを国連安保理常任理事国の有力な候補であると評価することなどを内容とする共同声明を採択した。

 
33)03(平成15)年以降、共同演習「インドラ」が行われており、10(同22)年の「インドラ2010」まで計5回行われた。

 
34)同時に、「印・ASEAN包括的経済協力のための枠組み協定」および「テロとの闘いに関する印・ASEAN共同宣言」に署名した。


 

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