2 パキスタン
1 全般
パキスタンは、約1億7,000万人の人口を有し、インド、イラン、アフガニスタンおよび中国と国境を接する地政学的にも重要な位置を占める南西アジアの主要な国家の一つである。また、アフガニスタンと国境を接するという地理的特性や、過去にはいわゆるカーン・ネットワークが核関連物資や技術の拡散に関与していたことから、国際的なテロとの闘いや大量破壊兵器などの不拡散をめぐる同国の取組にも、国際的な関心が高まっている。
99(平成11)年10月、ムシャラフ陸軍参謀長(当時)による軍事クーデターによって成立した軍事政権は9年を経た後、終わりを迎え、08(同20)年9月には、選挙により選ばれたザルダリ大統領が就任した。しかし、ザルダリ大統領は就任直後から、米国主導の対テロ戦への協力と国内の反米感情および武装勢力などによる報復テロとの間で困難な政権運営を余儀なくされている。09(同21)年10月には、同国北西部連邦直轄部族地域の南ワジリスタン管区でイスラム武装勢力への大規模な掃討作戦を開始、武装勢力の拠点複数を制圧したと伝えらているほか、連邦直轄部族地域のオラクザイ管区でも、10(同22)年3月から大規模な掃討作戦を開始し、同年6月に軍事作戦は成功裏に終了したと発表されている
1。一方で、報復と見られるテロも増加しており、市民にも多くの犠牲者が出ている
2。このような中、11(同23)年5月、米軍がパキスタンの首都イスラマバードに近いアボタバードに潜伏していた、アルカイダの指導者ウサマ・ビン・ラーディンを殺害した。パキスタンは、パキスタン国内に支援ネットワークがあったとする米国、米軍の行動は主権侵害だと反発する自国民、殺害に対する報復テロなどの間で厳しい立場に立たされていると指摘されている。
2 国防政策
パキスタンは、インドの核に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとしている。
パキスタン軍は、陸上戦力として9個軍団約55万人、海上戦力として1個艦隊約50隻約8万6,000トン、航空戦力として12個戦闘航空団などを含む作戦機約470機を有している。
パキスタンは、近年、核弾頭搭載可能な弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの開発も積極的に進めている。05(同17)年8月には、巡航ミサイル「バーバル」(ハトフ7)の初の発射実験を行った
3。さらに、08(同20)年1月から2月にかけて、「陸軍戦略部隊コマンド(ASFC:Army Strategic Force Command)による演習で、戦略ミサイルグループ(SMG:Strategic Missile Group)は、06(同18)年に引き続き
4、同部隊が保有する中距離弾道ミサイル「ガウリ」(ハトフ5)、「シャヒーン1」(ハトフ4)などの訓練発射を相次いで行っている。また、04(同16)年3月から中距離弾道ミサイル「シャヒーン2」(ハトフ6)の発射実験を行っていることから、パキスタンは、弾道ミサイルの戦力化を着実に進めているとみられる。
(図表I-2-6-1参照)
3 対外関係
(1)インドとの関係
第二次世界大戦後、旧英領インドから分離・独立したインドとパキスタンの間では、カシミールの帰属問題
5などを背景として、これまでに三次にわたる大規模な武力紛争が発生した。
カシミールの領有をめぐる問題は、対話の再開と中断を繰り返しつつ今日もなお続いており、インド・パキスタン両国の対立の原点ともいうべき懸案事項となっている。
04(同16)年2月には、カシミール問題を含めた両国の関係正常化のための「複合的対話」が開始され、両国関係には、これまで一定の進展がみられていたが
6、根本的な問題の解決には程遠く、08(同20)年11月に生起したムンバイ連続テロを受けて、再び両国間の緊張が高まった。その後、米国を始めとした国際社会の働きかけもあり、両国関係のさらなる悪化には歯止めがかかっていた
7。09(同21)年7月には、インドのシン首相とギラニ首相が非同盟諸国の首脳会談出席に際してエジプトで会談し、共同声明を発表、ムンバイ連続テロ以降中断していた両国間の懸案事項を協議する「複合的対話」を再開することで原則合意した
8。10(同22)年2月、ニューデリーにおいて、約1年半ぶりに外務次官協議が開催され、接触を継続することを合意した。その後、同年4月に首脳会談、同年7月に外相会談、11(同23)年2月、外務次官協議が開催され、印パ両国が全ての懸案に向けて対話を再開することが合意された。
(2)その他の国との関係
イスラム諸国との友好・協力関係を重視しつつ、インドとの対抗上、特に中国との間で緊密な関係を維持している。08(同20)年10月には、ザルダリ大統領が中国を訪問し、胡錦濤(こ・きんとう)国家主席と会談、両国首脳は、戦略的パートナーシップを新たな段階に引き上げることで一致した。また、10(同22)年12月には、中国の温家宝(おん・かほう)総理がパキスタンを訪問し、ギラニ首相と会談、戦略的パートナーシップを強固なものとして深化させることで一致した。また、09(同21)年7月には、両国が共同開発したJF-17戦闘機のパキスタン国内での生産が開始され
9、同年11月、初号機がパキスタン空軍に納入された。また、10(同22)年11月には、早期警戒管制機(AWACS:Airborne Warning and Control System)の初号機
10が中国からパキスタン空軍に納入されたと伝えられている。
また、9.11テロ以降、米国などによるテロに対する取組への協力を表明している
11。この協力は国際的に評価され、98(同10)年の核実験を理由に米国などにより科されていた制裁は解除された
12。テロに対する取組を背景に、米国との軍事協力関係は強化されている。05(同17)年3月には、米国は20年以上凍結していたパキスタンへのF-16戦闘機の売却を決定し、10(同22)年6月、契約した18機のうち最初の3機が納入された。また、07(同19)年3月、ブッシュ米大統領(当時)はパキスタンを訪問し、同国がテロに対する取組を支持してきたことを高く評価し、今後、両国間でテロ関連情報の共有を促進する方針を確認した
13。10(同22)年1月には、ゲイツ米国防長官(当時)がパキスタンを訪問し、ザルダリ大統領、ギラニ首相、キヤニ陸軍参謀長らと会談、米国によるアフガニスタンおよびパキスタンにおける戦略の見直し、またそこでのパキスタンの役割等について協議した
14。また、同年3月には、パキスタンのクレシ外相がワシントンで、クリントン米国務長官と初の戦略対話を行った。さらに、同年7月に第2回戦略対話をイスラマバードで、同年10月に第3回戦略対話をワシントンで行い、今後も米国がパキスタン支援を継続し、パキスタンがテロに対する取組を継続することを確認した。しかし、米軍によるウサマ・ビン・ラーディン殺害に関連して、米国が事前に作戦実施をパキスタンに通知しなかったことや、パキスタン国内に支援ネットワークがあったとの指摘があることなどから、両国間の相互不信が深まっているとの指摘もある
15。
パキスタンをめぐる核拡散問題については、04(同16)年2月、ムシャラフ大統領(当時)は、カーン博士を含む同国の一部の科学者らが、核技術拡散に関与していたことを公表する一方、この問題に関するパキスタン政府の関与は否定した
16。
1)各地域での掃討作戦は成功しているが、武装勢力が各地に逃亡しており、抜本的な掃討にはいたっていないとの指摘もある。
2)08(平成20)年9月、ザルダリ大統領は、国会で初の施政方針演説の中で、テロ対策に関して、前政権の「包括的三正面戦略」を継承しつつも、武力はあくまでも最後の手段であるとし、その前に暴力を放棄することを望む者達との和平締結及び地方の発展と社会向上のための投資が必要であるとしている。また、テロ温床根絶のためには、連邦直轄部族地域(FATA:Federally Administered Tribal Areas)の改革が必要であるとした上で、政府に対し、自国が他国に対するテロ遂行の出撃拠点とならないよう堅固な意思を保持することを要請する一方、テロとの闘いを理由とした主権及び領土侵害は許容しないと表明している。
3)パキスタンは、11(平成23)年2月にも巡航ミサイル「バーバル」(ハトフ7)の発射実験を行っている。
4)パキスタンは、06(平成18)年11月から12月にかけて、中距離弾道ミサイル「ガウリ」(ハトフ5)、中距離弾道ミサイル「シャヒーン1」(ハトフ4)などの初の訓練発射を相次いで行っている。
5)カシミールの帰属については、インドがカシミール藩王のインドへの帰属文書を根拠にインドへの帰属を主張するのに対し、パキスタンは48(昭和23)年の国連決議を根拠に住民投票の実施により決すべきとし、その解決に対する基本的な立場が大きく異なっている。
6)05(平成17)年8月、両国は、弾道ミサイル実験の事前通告や両国外務次官の間にホットラインを設置することにも合意した。
7)08(平成20)年12月、キヤニ陸軍参謀長は、緊張緩和を促すためにパキスタンを訪問した中国の何亜非(か・あひ)外務次官との会談後に声明を発表、「平和と治安のために紛争は避ける必要がある」と武力衝突回避の姿勢を表明した。
8)両首脳は、対話のみが(両国関係の)前進のための唯一の方法であること、及び(パキスタンによる)テロ対策を(印パ間の)複合的対話(再開)に関連付けないことで合意したが、対話再開の具体的時期については触れられなかった。
9)09(平成21)年3月8日付のパキスタン英字紙各紙は、パキスタン空軍と中国企業が3月7日、JF-17戦闘機42機を共同生産する契約に調印したと伝えられている。その後、同機を150機以上調達するとも伝えられている。
10)パキスタン空軍HPによると、08年(平成20)年に早期警戒管制機4機を中国と共同開発する契約をしたとされる。
11)パキスタンは、米軍の対アフガニスタン作戦に対する後方支援、アフガニスタン国境沿いの地域におけるテロリストなどの掃討作戦を実施したほか、04(平成16)年4月以降はインド洋における海上作戦に艦船を派遣するなど、米国などによるテロとの闘いに協力している。こうした米国への協力を評価し、同年3月、米国はパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定した。また、11(同23)年3月にパキスタンの主催で実施された第3回多国間海上共同軍事演習「平和(AMAN)11」には、オーストラリア、中国、フランス、ドイツ、日本、ロシア、英国、米国などの海軍が参加している。
12)同じく核実験を理由に米国などによりインドに科されていた制裁も、あわせて解除された。
13)パキスタンに対する原子力エネルギー協力の可能性について、ブッシュ米大統領(当時)は、「パキスタンとインドは(エネルギーの)必要性も歴史も異なる国である」と述べるにとどまった。これに対し、パキスタンは、米国が印パ両国を同じように扱うことが、南アジアにおける戦略的安定を保つ上で重要である旨の声明を発表した。
14)米国側は、RQ-7「シャドー」無人機12機をパキスタンに供与する方針を表明した。
15)11(平成23)年5月3日、米国中央情報局のパネッタ長官(当時)はインタビューで、パキスタンに作戦を事前通知しなかったのは、パキスタンが標的に密告する恐れがあったためだと認めた。また、同月6日、パキスタンのギラニ首相は、パキスタン国内で実施された米軍の作戦に対して、主権侵害であるとして懸念を表明したと伝えられている。一方、同月27日にクリントン米国務長官とマレン統合参謀本部議長がパキスタンを訪問、ザルダリ大統領やギラニ首相と会談するなど関係改善に向けた努力が行われている模様である。
なお、05(平成17)年9月、ムシャラフ大統領(当時)は、カーン・ネットワークが北朝鮮に「恐らく1ダース」の遠心分離機を輸出していたとの認識を示したとされる。一方、08(同20)年5月、カーン博士はBBCに対し、「(自分が個人的に)核技術をイラン、リビア、北朝鮮に引き渡したと告白した内容は、事実と異なる。一人が責任をかぶれば、国が救済されるという圧力があった。」と発言している。