第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第2章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

1 安全保障政策・国防政策
 09(平成21)年1月に発足したオバマ政権は、10(同22)年に入り、2月に「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)を、4月に「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)を、5月に「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)を公表し、オバマ政権の安全保障政策と国防政策を明らかにした。11(同23)年2月には、NSS及びQDRを踏まえた「国家軍事戦略」(NMS:National Military Strategy)を公表した1
NSSは、米国が追求する国益は、1)米国、米国民、同盟国およびパートナー国の安全、2)力強く、革新的で、成長する米国経済による繁栄、3)米国内と世界中における普遍的な価値観の尊重、4)平和、安全、機会を促進する国際秩序の4つであるとしている。その上で、これら1安全保障政策・国防政策米国第1節の国益を実現するためには、軍事力、外交、開発支援といった米国の国力の全ての要素の活用と統合が必要であるとするとともに、同盟国や国際機関などと協調して取り組んでいく必要性を強調している。
QDRは、国防省の役割は米国と同盟国を守り、米国の国益を増進するために軍事力を維持、使用することであるとしている。その上で、米国と同盟国は必要な場合は武力を行使する意思と能力を示してきたとし、適切な場合には米軍が単独で行動する能力も保持するとしている。また、米国は最も強力な主体であり続けるが、平和と安定を維持するためには主要な同盟国及びパートナー国との一層の協力が必要であるとしている。
オバマ大統領は11(同23)年4月の演説で、米国政府の財政状況が深刻化する中で、安全保障分野においても歳出を見直すのみならず、変化する世界における米国の任務、能力、役割について抜本的な見直しを実施すると表明した2

1 安全保障環境認識
QDRは、イラクとアフガニスタンにおいて米国が現在戦っている戦争、中国やインドなどの新興国の台頭3、非国家主体の影響力の増大、大量破壊兵器の拡散、海、空、宇宙、サイバー空間といった国際公共財(グローバル・コモンズ:Global Commons)に対する侵害などにより、安全保障環境が複雑で不確実なものになっているとしている。また、紛争に多様な主体が各種手段を用いて参加することで、紛争が複合的な性格を有するハイブリッドなものとなってきているとしている。さらに、脆弱な国家は過激主義や急進主義の温床となるおそれがあり、紛争を引き起こす要因となるとしている。

2 国防戦略
米国はQDRにおいて、このような安全保障環境における戦略的優先事項として次の4項目をあげ、その間でリスクと資源のバランスをとる必要があるとしている。
1) 現在の戦争における勝利(Prevail):アフガニスタン及びパキスタン国境地域におけるアルカイダとタリバンとの戦いに勝利することが最大の優先事項である。
2) 紛争の予防(Prevent)と抑止:米国を直接的な攻撃から防衛し、潜在的な敵対者を抑止し、地域の安定を強化するとともに、国際公共財へのアクセスを保証する。そのため、パートナー国の能力構築や米国自身の所要の態勢整備に努め、また、核兵器のない世界が実現されるまでは、米国及び同盟国の利益に適合した安全かつ効果的な核兵器を最低限のレベルで維持し、米国及び同盟国などへの攻撃を抑止する。
3) 敵の打破及び多岐にわたる緊急事態での成功に向けた備え(Prepare):抑止に失敗し敵対者が米国の国益を脅かす場合、多岐にわたる事態に対応すべく備える必要がある。
4) 全志願兵制度の維持(Preserve)・強化:現在戦っている戦争に勝利するとともに将来に備えるためには、全志願兵制度を長期にわたって維持する必要がある。

3 能力強化の重点分野
QDRは、4つの戦略的優先事項を実施するためには、次の6つの任務領域で戦力を強化する必要があるとしている。
1)米国の防衛及び国内における非軍事部門の支援:米国本土への攻撃に際しての所要の態勢や、国内の政府関係機関との協力関係を強化する必要がある。このため、不測事態対処部隊の再編・整備、陸、海、空、宇宙、サイバー空間における警戒能力の強化などに取り組む必要があるとしている。
2)反乱鎮圧作戦、安定化作戦、対テロ作戦での成功:米国が現在戦っている戦争に勝利するために必要な諸能力を強化する。このため、回転翼機の増加、情報・監視・偵察(ISR)用の有人・無人飛行システムの強化、特殊部隊の主要装備の増強などを行うとしている。
3)パートナー国の治安能力の構築:平和で安定した国際秩序を保つためには、パートナー国における治安部隊の能力構築を支援することが重要である。このためには、語学能力の向上、地域及び文化に関する知識の深化などが必要であるとしている。
4)アクセス拒否環境下における攻撃の抑止・打破:多岐にわたる洗練された武器などを有する国家が、米軍部隊の展開を阻害するアクセス拒否能力を行使する可能性がある4。米軍はこのような環境下でも米国と同盟国を守ることができるような能力を保有する必要がある。このため、長距離攻撃能力の向上や強靭な前方展開態勢の構築に取り組む必要があるとしている5
5)大量破壊兵器の拡散阻止・対抗:大量破壊兵器の除去にあたる常設の統合任務部隊司令部を創設するとしている。また、核物質の分析・識別能力を強化するほか、核兵器がテロリストの手に渡ることを阻止するため、全ての核関連物質の防護を万全とするとしている。
6)サイバー空間における効果的な作戦:サイバー空間において国防省が行う活動について包括的なアプローチを発展させることで、情報セキュリティが国防省の優先事項の一つとして重視されるような環境を構築する。また、サイバー空間の専門家を育成するとともに、新設するサイバーコマンドに国防省のサイバー活動の司令機能を集中させるとしている。

4 戦力構成
冷戦終結以降、2つの大規模な地域紛争を戦い、勝利するという考え方をもとに米軍の戦力が構成されてきたが、QDRは、現在の安全保障環境はこの考え方が採用された頃よりも複雑になっており、米軍は多様な事態に対処しなくてはならないため、この考え方のみで米軍の戦力構成を決定することはもはや適切ではないとしている。QDRは、米軍の戦力構成は前述の4つの戦略的優先事項及び6つの任務領域から導かれるものであり、その上で、米軍は2つの国家による攻撃に対処する能力は保持しつつも、多岐にわたる作戦を実施する能力を保有しなくてはならないとしている6。そのために、米軍は戦力バランスの修正(rebalance)を行う必要があるとしている。

5 軍事態勢見直し
QDRは、世界的に展開する米軍の態勢を決めるにあたっては、地域の政治情勢や安全保障環境を踏まえた協調的なアプローチが必要だとしている。その上で、将来の米軍の態勢を決める際には、1)前方配置やローテーション展開される米軍部隊は引き続き有効であり必要であること、2)国外における恒久的プレゼンスの必要性と緊急事態などに対応する柔軟な能力の必要性の間のバランスをとること、3)進行中の作戦支援のために戦場にアクセスすることの必要性と輸送ルートが分断されてしまうリスクの間のバランスをとること、4)米国の防衛態勢が安定化効果を生み出し、受入れ国に歓迎される必要があること、5)米国の防衛態勢は、継続的に戦略環境の変化に適応していくこと、という原則を踏まえる必要があるとしている。
QDRはさらに、今後5年間においてグローバルな防衛態勢を適応させ、発展させていく際には、次の4つの点を重視するとしている。
1)ヨーロッパにおけるミサイル防衛能力の発展などを通してヨーロッパと北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)への関与を再確認する。
2)アジア太平洋地域の平和と安全を確保するため、同盟国及び重要なパートナー国と協力する。
3)中東、アフリカ、中央・南アジアにおいて戦略的な防衛態勢を発展させていく際には、現在行っている作戦、危機への即応及び紛争の予防・抑止の活動の間でバランスをとる。
4)重要な地域や国家において、パートナーの能力構築を支援する。
米国は、このような米軍の態勢見直しとして、欧州において、より機動力があり、柔軟で、即応体制が整った軍の前方態勢を構築してきた。QDRは、ヨーロッパにおいて強固な米軍のプレゼンスを維持することは、1)同盟国やパートナー国への政治的な威嚇の抑止、2)エーゲ海、バルカン半島、コーカサス、黒海地域における安定の促進、3)NATO同盟国への米国の関与の明示、4)受入れ国における信頼と友好の構築、5)ヨーロッパ大陸内外における相互の安全保障上の利益を支援するための多国間作戦の促進に役立つとしている。その上で、ヨーロッパ大陸において4つの旅団戦闘チームと1つの陸軍軍団司令部を維持するとともに、ミサイル防衛システムの展開や海軍の前方展開プレゼンスの強化を開始するとしている7
 アジア太平洋について、QDRは、この地域における米国の基地やインフラがまばらであることから、前方に展開・駐在している米軍部隊を重視するとし、また、相互の安全保障の利益を増進し、地域における持続可能な平和と安全を確保するため、アジア太平洋地域の同盟国とパートナー国を維持・強化していくこととしている8。具体的には、次のような方針を打ち出している。
1) 日本及び韓国に対する拡大抑止の提供などを通して、地域の安定を維持し同盟国の安全保障を確保するため、必要となる軍事プレゼンスを適応させていく努力を継続する。地域における抑止と緊急即応能力を強化するとともに、人道的危機や自然災害を含む各種緊急事態により効果的に対処するための能力を構築する。
2) 在日米軍の長期的プレゼンスを確保し、グアムを地域における安全保障にかかる活動のハブにする二国間のロードマップ合意の実施に向けて、日本とともに引き続き取り組む。
3) 朝鮮半島において、より適応力があり、柔軟な戦力態勢を発展させ、米韓同盟の抑止・防衛能力を強化する。12(同24)年に戦時作戦統制権を韓国に移管する。
4) 増大するアクセス拒否能力およびエリア拒否能力に対応して米国や同盟国などの国益を守るため、米軍と施設の強靭性を向上させる。海洋の安全のための多国間協力、海、空、宇宙、サイバー空間へのアクセス確保のための努力を支える前方展開プレゼンスを強化する機会を追求する。
5) 西太平洋地域において、特に人道支援、災害支援および海洋の安全といった分野における共同訓練のさらなる機会を追求する。
中東について、QDRは、米国はイラクとアフガニスタンの戦争における当面の作戦能力に必要な防衛態勢を優先させてきたが、これからは中長期的に米国、同盟国、パートナー国に役立つような戦略的な態勢に焦点をあてなおす必要があるとしている。また、大規模かつ長期にわたる米軍のプレゼンスに対してこの地域が過敏であることを踏まえつつ、相互の安全保障関係に対する米国の長期的な関与をパートナー国に保証するため、また攻撃を抑止するために、防衛態勢を再形成するとしている。米国はまた、防衛力と防衛態勢のネットワークを強化し、地域の安定と安全を増進するための地域安全保障にかかる取組を支援するとしている。
アフリカにおいては、08(同20)年10月、「アフリカ軍」(司令部:ドイツ)の本格運用を開始した。アフリカ軍は、平和維持にかかる訓練など軍事的な支援を行うことにより、アフリカ諸国が同地域の紛争に対処する能力を高めることを志向した統合軍である。また、QDRは、米国はアフリカにおいて限られた展開兵力のプレゼンスを維持することで、パートナー国の治安能力の構築を支援することとしている。
南北アメリカ大陸について、QDRは、米軍による強力な前方展開は必要ないものの、限られた軍事プレゼンスを維持しつつ、地域の国々との関係を向上させていくこととしている。また、テロリストからの攻撃や自然災害といったリスクを低減するために、米海軍は東海岸の空母1隻の母港をフロリダのメイポートに移すとしている。
QDRで示された世界的な規模での米軍の態勢の見直しについての考え方がどのように実施に移されていくのか、今後とも注目していく必要がある9
 
図表I-2-1-1 米軍の配備状況

6 核戦略
オバマ大統領は、核兵器のない世界を目標にする一方で、この目標は早期に実現できるものではなく、核兵器が存在する限り核抑止力を維持するとしている。
10(同22)年4月に発表されたNPRは、核をめぐる安全保障環境が変化してきており、核テロリズムおよび核拡散が今日における切迫した脅威となっているとしている。また、核兵器保有国、特にロシアおよび中国との戦略的安定性の確保という課題に向けて取り組まなくてはならないとしている。
NPRはこのような安全保障環境認識に立脚し、次の5つの主要目標を提示している。
1)核拡散と核テロリズムの防止:核不拡散体制強化のため、北朝鮮及びイランの核兵器獲得への野心を転換させるとともに、核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)の不遵守に重大な制裁などが科される環境を創出する。また、核テロリズム防止のため、4年以内にすべての脆弱な核物質の管理を徹底して安全を確保するとともに、エネルギー省の核不拡散プログラムの予算を拡大するなどの措置をとる。
さらに、軍備管理・軍縮促進のため、ロシアと新たな戦略兵器削減条約を締結し、包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)の批准及び早期発効を追求する。
2)米国の核兵器の役割の低減:米国の核兵器の根本的な役割(fundamental role)は、米国、同盟国、パートナー国に対する核攻撃の抑止である。非核手段による攻撃を抑止するに際しての核兵器の役割を低減するため、消極的安全保証(Negative Security Assurance)を強化し、NPTに加盟し、核不拡散の義務を遵守している非核兵器国に対しては核兵器を使用せず、核兵器による脅威を与えないこととする。生物・化学兵器による攻撃に対しては、通常兵器による壊滅的な反撃で対応するが、バイオ技術などの進展などを考慮してこの方針に修正を加える権利を留保する。核兵器保有国またはNPTを遵守しない非核兵器国に対処する場合は、通常兵器あるいは生物・化学兵器による攻撃を抑止するにあたって核兵器が一定の役割を担う可能性を排除せず、核兵器の役割を核攻撃の抑止という唯一の目的(sole purpose)に限定する用意は現時点ではない。米国、同盟国、パートナー国のきわめて重要な国益を防衛するための、極限の状況でのみ核兵器の使用を考慮する。
3)低減された核戦力レベルでの戦略的抑止と安定の維持:ロシアとの新たな戦略兵器削減条約のもと、配備戦略弾頭と運搬手段を削減しつつも、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)および戦略爆撃機による核抑止の三本柱は維持する。非戦略核兵器については、米露間の将来の削減対象とすることを目指すが、通常兵器と核兵器の双方を搭載可能な戦闘機を保持する。また、他の手段による代替が可能なため、核搭載海上発射型巡航ミサイル(TLAM-N:Tomahawk Land Attack Missile-Nuclear)を退役させる。
4)地域的抑止の強化と同盟国・パートナー国に対する安心供与:二国間及び地域的な安全保障上の結びつきを強化し、同盟国などと緊密に協力する。ミサイル防衛、大量破壊兵器(WMD:Weapons of Mass Destruction)対処能力、通常戦力投射能力などからなる地域的な安全保障構造を強化する。同盟国およびパートナー国に対し、米国の拡大抑止が信頼でき効果的なものであるとの安心感を供与する。
5)安全で確実で効果的な核兵器の維持:米国は今後、核実験を実施せず、新しい核弾頭の開発を行わない。その中で核弾頭の安全性・確実性・効果性を確保するため、核弾頭の寿命延長プログラム(LEP:Life Extension Program)を実施するとともに、LEPの実施に必要な科学・技術・工学的基盤を強化する。

7 宇宙政策
米軍は情報収集や通信の多くを宇宙システムに依存するようになっている。10(同22)年、米国は「国家宇宙政策」を公表し、宇宙空間の持続可能性、安定性、自由なアクセスおよび使用は、米国の国益にとって死活的なものであるとし、宇宙空間の安定性の向上などが米国の宇宙政策の目標であるとした。
11(同23)年2月に公表された「国家安全保障宇宙戦略」(NSSS)は、現在及び将来の宇宙環境には、1)衛星などの人工物体により混雑している、2)潜在的な敵対者による挑戦を受けている、3)他国との競争が激化している、という3つのトレンドがあるとの認識を示した。この認識を踏まえ、米国の宇宙における戦略目標は、1)宇宙の安全、安定、安全保障の強化、2)宇宙によりもたらされる米国の戦略的な国家安全保障上の優越性の維持及び強化、3)米国の国家安全保障を支える宇宙産業基盤の活性化、であるとしている。そして、これらの目標を達成するために、1)責任のある平和的で安全な宇宙利用の促進、2)向上した米国の宇宙能力の提供、3)責任ある国家、国際機関、民間企業との連携、4)米国の国家安全保障を支える宇宙インフラに対する攻撃の防止及び抑止、5)悪化した環境において攻撃を打破し、活動するための備え、という戦略的アプローチを追求するとした。

8 12会計年度予算
米国政府の財政赤字が深刻化している一方で、国防省の予算はこの10年間で2倍以上に増加している。この中で国防省は10(同22)年5月よりゲイツ長官(当時)主導の下で歳出の節減に向けた業務などの効率化を行っており、11(同23)年1月には、国防省全体で今後5年間で合計1,500億ドル以上の歳出を見直すことで、今後も国防予算を増加させつつも国防予算の増加率を当初計画よりも抑制する計画を発表した10
 
業務などの効率化に向けた取組を発表するゲイツ国防長官(当時)とマレン統合参謀本部議長〔米国防省〕
業務などの効率化に向けた取組を発表するゲイツ国防長官(当時)とマレン統合参謀本部議長〔米国防省〕

このような中で発表された12会計年度予算教書は、その主要な目標を、1)兵士のケア、2)現在と将来の戦争に対応するための能力バランスの修正、3)戦地部隊の支援、4)国防省業務の改善、としている。本予算については、歳出効率化の取組を踏まえ、11会計年度の要求予算の水準から42億ドル増の5,531億ドルを計上するとともに、海外における事態対処作戦の予算11については、イラクからの部隊撤収などを踏まえ、11会計年度の要求予算の水準から415億ドル減の1,178億ドルが計上されている。会計総額では11年度の要求予算の水準から373億ドル減の6,709億ドルとなっている。
また、オバマ大統領は11(同23)年4月、国防省は過去2年間の取組により4,000億ドルを節減してきたが、財政赤字削減のためにさらに安全保障関係の歳出を節減する必要があると指摘した。その上で、歳出の増加率を物価のインフレーション率以下にとどめることで、23(同35)年までに安全保障関連の歳出を4,000億ドル節減するとの目標を示した。
 
図表I-2-1-3 米国の国防費の推移



 
1)合衆国法典第50篇第404a条により、大統領は国家安全保障戦略を毎年議会に提出することが義務づけられているが、実際には必ずしもそのとおり提出されているわけではなく、例えばブッシュ政権(当時)では、02(平成14)年9月および06(同18)年3月の2度公表されている。オバマ政権下での同戦略の公表はこれが初めてである。
国家防衛戦略( NDS:National Defense Strategy)は、国家安全保障戦略を実施していく上での指針であるとともに、NMSを始めとする国防省の戦略文書などの枠組を示すものであり、05(同17)年3月および08(同20)年7月に公表された。08(同20)年のNDSは、米国の国益は、米国および同盟国を攻撃あるいは威圧から守り、紛争を抑制し経済成長を促すために国際安全保障を促進し、国際公共財(グローバル・コモンズ:Global Commons)とそれを通じた世界市場および資源へのアクセスを確保することにあるとした。また、これらを追求するために、外交や経済的手段などとともに、軍事能力を発展させ、必要に応じてそれを行使してきたとしている。なお、ゲイツ国防長官(当時)は、08(同20)年の国家防衛戦略の前文において、「米国は間もなく新たな大統領を迎えるが、米国が直面する複雑な脅威は残存する。本戦略は来るべき将来における青写真となるべきものである。」としている。
QDRは、国防長官が合衆国法典第10篇第118条に基づき4年ごとに議会へ提出することが義務づけられている文書で、今後20年の安全保障環境を見据えた上で、国防戦略、戦力構成、戦略近代化計画、国防インフラ、予算計画などに関する方針を明らかにするものである。10(同22)年2月に国防省は議会へ報告した。同年2月のQDRは、08(同20)年のNDSを踏まえたものになっている。NPRは、今後5〜10年間の米国の核態勢の包括的な見直しを実施し、議会への報告が義務づけられているもので、これまで94(同6)年および02(同14)年に発出されており、今回が3回目となる。
NMSは、統合参謀本部議長が合衆国法典第10篇第153条に基づき米軍のとるべき軍事戦略の指針的事項を示した文書で、偶数年に議会へ提出することが義務づけられているが、実際には必ずしもそのとおり提出されているわけではない。今回のNMSは、NSSとQDRを踏まえた上で、1)暴力的過激主義への対抗、2)攻撃の抑止と打破、3)国際的・地域的な安全保障の強化、4)将来の戦力の構築、が国家軍事目標であるとしている。

 
2)ゲイツ国防長官(当時)は11(平成23)年5月の記者会見で、オバマ大統領の指示を受けての国防の包括的見直しは、NSS、NDS、NMS、「統合参謀本部議長のリスク評価」、QDRによって導かれるものであり、まず戦略的な選択肢を特定した後でそれに伴う国防省予算の変更について検討を行う、と述べた。

 
3)世界最大の人口大国である中国と世界最大の民主主義国であるインドの台頭は国際システムを再形成し続けるであろう、としている。その上で、中国の台頭はアジア太平洋地域及び世界レベルの戦略環境を変化させる最も重要な側面の一つであり、米国は、力強く、繁栄し、成功した中国がより大きな世界的役割を担うことを歓迎するとしている。

 
4)北朝鮮とイランは新しい弾道ミサイルシステムを開発・配備しており、前方展開された米軍部隊を脅かすおそれがあるとしている。また、中国については、大量の中距離弾道ミサイルと巡航ミサイル、先進兵器を装備した新型の攻撃型潜水艦、能力を向上させつつある高性能の長距離防空システム、電子戦およびコンピュータネットワーク攻撃能力、先進的戦闘機、対宇宙システムを開発・配備しているが、その軍事力近代化計画については限られた情報しか明らかにされていないため、中国の長期的な意図について疑問を生じさせているとしている。したがって、米中関係は、多次元的で、かつ、相互利益を増進するようなやり方で信頼関係を強化し誤解を減らすプロセスによって下支えされたものでなければならず、両国が不一致について議論する開かれたコミュニケーション・チャンネルを維持する必要があるとしている。

 
5)洗練されたアクセス拒否能力とエリア拒否能力を有する敵対者を打破するため、空軍と海軍が新しい統合エアシーバトル構想を進めている。QDRによれば、この構想は、航空戦力と海上戦力が全ての作戦領域をまたいでどのように能力を統合させていくかを規定するものであり、効果的な戦力投射に必要な将来の能力発展の指針を付与するものである。シュワルツ空軍参謀総長は10(平成22)年12月の講演で、同構想の構築にあたって、空軍と海軍の間で、制度、戦略構想、装備という3つの次元でより恒常的でより戦略的な関係を構築していく必要があると指摘している。

 
6)ゲイツ国防長官(当時)は10(平成22)年2月1日の記者会見において、「QDRを作成していた人々に与えた私の指令の一つは、私が2つの大規模正面における作戦という考え方は時代遅れだと感じてきたということ、そして我々は既に2つの大規模な軍事作戦を行っているということだった。もし米国本土で災害が起こったらどうするのか。もしもう一つの軍事衝突が起こったらどうするのか。もしハイチのような事案が発生したらどうするのか。2つの戦争を戦うという考え方が生まれた90年代前半よりも現在の世界は遥かに複雑なのである。」と述べ、2つの大規模な地域紛争に対処するという考え方では不十分であるとした。

 
7)国防省は11(平成23)年4月、計画を見直し、ヨーロッパ大陸において三つの旅団戦闘チームを維持すると発表した。柔軟性があり、即時に展開できる陸上兵力を維持することで、米国のNATOに対するコミットメントを果たし、同盟国と友好国に効果的に関与し、21世紀の広範な課題に適応する、としている。

 
8)ゲイツ国防長官(当時)は11(平成23)年6月3日の講演の中で、オーストラリアとの関係について、両軍がともに訓練・活動する機会を拡大するための戦力態勢作業部会を設立しており、・災害により迅速に対応するための両国共同の海上でのプレゼンスと能力の向上、・国際的に重要性を増している地域であるインド洋における施設の改善、・地域における他の友好国の参加も視野に入れた水陸両用および陸上の作戦と活動のための訓練・演習の拡大、といった広範な選択肢を評価しているとした。
シンガポールとの関係については、「戦略的枠組み協定」のもとで二国間の防衛関係を強化しているとともに、米国が沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)を展開することによってさらなる作戦上の関与を追求しているとした。また、両軍がともに訓練・活動する機会を拡大するための措置として、・災害への対応を改善するための物資の事前集積、・指揮統制能力の向上、・太平洋において活動する中で両軍が直面する課題に備えるための訓練の機会の拡大、といった取組を検討しているとした。

 
9)国防省は現在、「グローバルな軍事態勢の見直し」(GPR: Global Posture Review)を実施中としている。GPRに関連してゲイツ国防長官(当時)は10(平成22)年6月5日の講演の中で、アジアにおける米国の防衛態勢は、地理的により分散し、運用の観点からより強靭で、政治的により維持可能なものでなくてはならず、グアムの強化および日本との基地にかかる合意はこのような考え方に沿ったものであるとした。さらに、ゲイツ国防長官(当時)は同年11月7日の記者会見で、GPRの中ではアジアにおいて新しい基地を追加することを検討しているのではなく、米国が既に有している関係を如何にして強化するかを検討しているとし、米軍のアジアにおけるプレゼンスを強化すると述べた。

 
10)今後5年間で陸軍は290億ドル、海軍は350億ドル、空軍は340億ドル、本省や機関などは合計で540億ドルの歳出を節減し、各軍の合計約1,000億ドルの節減分は優先度が高い軍事能力などへの投資に充当する。13、14会計年度は予算の実質的増加率を低下させ、15、16会計年度は実質的増加率をゼロとし、今後5年間の予算総額を当初計画よりも合計780億ドル削減する。歳出節減のための取組として、15会計年度からの陸軍と海兵隊の人員削減開始(陸軍は2万7千人、海兵隊は1万5千人から2万人の人員を削減するとしている。)、高官ポストの削減、統合戦力軍(JFCOM)の廃止、試験上の問題が発生している海兵隊用F-35Bの2年間の検査(この期間に問題が解決されない場合は、開発を中止するとしている。)、海兵隊の水陸両用強襲車である遠征戦闘車(EFV)の開発中止などを発表した。

 
11)ブッシュ前政権における対テロ戦費に相当するものであり、イラクおよびアフガニスタンでの活動費を含む。


 

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