第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 軍事態勢

核戦力を含む戦略攻撃兵器については、11(平成23)年2月、第1次戦略兵器削減条約(START I:Strategic Arms Reduction Treaty I)に代わる新たな戦略兵器削減条約が発効した。同条約は、条約発効後7年までに双方とも配備戦略弾頭1を1,550発まで、配備運搬手段を700基・機まで削減することなどを内容としている。米国は同年6月、現在の配備戦略弾頭は1,800発、配備運搬手段は882基・機であると公表した2
米国はさらに、核兵器への依存を低減させる能力の一つとして、「通常兵器による迅速なグローバル打撃」(CPGS:Conventional Prompt Global Strike)構想を研究している。同構想は、世界のいかなる場所に所在する目標に対しても、命中精度の高い非核兵器によって、敵のアクセス拒否能力を突破して迅速な打撃を与えようとするものである3
ミサイル防衛(MD:Missile Defense)については、オバマ政権は09(同21)年9月、MDシステムの一部をチェコ及びポーランドに配備するというブッシュ政権による計画を見直し、11(同23)年頃から20(同32)年頃までに欧州における弾道ミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)能力を段階的に向上させ、最終的にはICBMにも対応する包括的なMD体制を構築するという新たな計画を発表した4。オバマ政権は見直しの理由として、イランの短・中距離弾道ミサイルの脅威が予測よりも急速に進展している一方、ICBMの開発は予測よりも遅延していること、迎撃ミサイルやセンサーといったミサイル防衛に関する能力と技術が顕著に向上していることを挙げている5
米国は10(同22)年2月に「弾道ミサイル防衛見直し」(BMDR:Ballistic Missile Defense Review)を公表し、米国本土に対するICBMの脅威を正確に予測することは困難であるが、北朝鮮とイランの動向に注目すべきであるとする一方、他の地域における米軍および同盟国を攻撃できる短・中距離弾道ミサイルの開発は進展しており、明白な脅威となっているとした。その上で、米国本土の防衛については地上配備型迎撃ミサイルにより北朝鮮やイランのICBMに対処するとしている。他の地域の防衛については、MDシステムへの投資を拡大しつつ、同盟国との協力と負担の適切な共有のもと、それぞれの地域に応じてBMD能力を段階的に向上させるアプローチ(PAA:Phased Adaptive Approach)をとっていくとしている。
陸上戦力は、陸軍約57万人、海兵隊約20万人を擁し、米国のほかドイツ、韓国、日本などに戦力を前方展開している。QDRは、陸軍はあらゆる事態に対応する能力を保ちつつ、反乱鎮圧作戦、安定化作戦、対テロ戦に焦点をあてるとしている。海兵隊は、近年の作戦で大きな役割を果たしている特殊作戦部隊を強化しており、非正規型戦闘への対処能力の向上に努めている。
 海上戦力は、艦艇約1,070隻(うち潜水艦約70隻)約614万トンの勢力を擁し、北西大西洋に第2艦隊6、東大西洋、地中海、アフリカに第6艦隊、ペルシャ湾、紅海および北西インド洋に第5艦隊、東太平洋に第3艦隊、南米およびカリブ海に第4艦隊、西太平洋とインド洋に第7艦隊を展開している。QDRは、海軍は前方展開による強力なプレゼンスと戦力投射能力を引き続き保つとしている。
航空戦力は、空軍、海軍と海兵隊を合わせて作戦機約3,786機を擁し、空母艦載機を洋上に展開するほか7、ドイツ、英国、日本や韓国に戦術航空戦力の一部を前方展開している。QDRは、第5世代戦闘機の増加によって空軍の生存能力がさらに向上するとしているほか、パートナー国の治安部隊への支援作戦を強化するとしている。
さらに、サイバー空間での脅威の増大に対処するために、サイバー空間における作戦を統括するサイバーコマンドを創設した。サイバーコマンドは10(同22)年5月に初期運用を開始、同年11月に本格運用を開始した8
 
サイバー攻撃対処のためにソフトウェアのアップデートを行う米軍人〔米空軍〕
サイバー攻撃対処のためにソフトウェアのアップデートを行う米軍人〔米空軍〕


 
1)配備済みのICBMおよびSLBMに搭載した弾頭ならびに配備済みの重爆撃機に搭載した核弾頭。

 
2)11(平成23)年2月5日現在の数値であるとしている。

 
3)「通常弾頭搭載型打撃ミサイル」(CSM: Conventional Strike Missile)は、この構想を主導する開発計画であり、退役した弾道ミサイルのロケットなどを流用するものの、弾道ミサイルとは明確に異なる低い弾道を描くことで、核兵器との混同を防ぐとしている。また、同構想による兵器は、新たな戦略兵器削減条約における弾頭数および運搬手段数の制限を受けるものとされている。

 
4)ゲイツ国防長官(当時)とカートライト統合参謀本部副議長によるブリーフィング(09(平成21)年9月17日)。

 
5)今後、細部やタイミングが変更される可能性があるとしつつ、11(平成23)年までにスタンダード・ミサイルSM-3ブロックIA、15(同27)年までにSM-3ブロックIB、18(同30)年までにSM-3ブロックIIA、20(同32)年までにSM-3ブロックIIBを配備することにより、BMD能力を4段階で向上させる計画である。米国はこの計画に基づき、イージス艦を既に地中海に展開中であり、15(同27)年までにルーマニアに、18(同30)年までにポーランドに地上配備型ミサイル防衛システムを配備するとしている。米国とポーランドはブッシュ政権時代の弾道ミサイル防衛協定を10(同22)年7月に修正し、米国のミサイル防衛システムをポーランド北部に配備するとした。また、米国とルーマニアは11(同23)年5月、ルーマニア南部に米国のミサイル防衛システムを配備することで合意した。

 
6)第2艦隊司令部は業務などの効率化に向けた取組を受けて廃止される予定である。

 
7)2012会計年度予算教書においては、核兵器搭載可能な次期長距離爆撃機の開発開始のための予算が計上されている。次期長距離爆撃機を無人機にする選択肢もあるとしている。

 
8)サイバー関連部隊として、陸軍サイバーコマンド、艦隊サイバーコマンド、第24空軍、海兵隊サイバー空間コマンドが新編された。


 

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