第III部 わが国の防衛に関する諸施策 

(解説)ハイチPKOへの迅速な派遣を可能とした要因

 今回のハイチPKOへの自衛隊派遣は、国際緊急援助隊の派遣に引き続き、同じ地域にPKO部隊(ハイチ派遣国際救援隊)を派遣した初めてのケースであったが、特に、これまでPKO派遣には数か月間の準備期間を要していたものが、国連の派遣要請からわずか2週間余りというきわめて短期間で派遣できたことは注目に値する。
 それをもたらした要因として、大地震発災直後から他省庁や国連など関係機関との密接な連絡・協力体制を構築できたことに加え、これまで蓄積してきたノウハウを活かした訓練と、常に事態に即応する隊員の高い士気と責任感がその背景にあったと言える。また、制度面では、中央即応集団の新編、特に国際平和協力活動等において先遣隊としての役割を担う中央即応連隊の新編や方面隊等による指定態勢(方面隊ごとのローテーション)の維持など、防衛省・自衛隊がこれまで進めてきた各種施策の成果の現れという点も見逃せない。
 さらに、被災直後の混乱により現地への展開手段が制限される中、米国で訓練中の空自C-130H輸送機を米国からハイチまでの陸自派遣部隊の部隊展開に活用するなど、統合運用体制における陸・空自衛隊の協力の成果でもあった。
 これらに加え、震災発生以降、米軍から継続的に受けた協力・支援の意義は大きい。派遣の判断に重要なハイチの治安情勢や現地の空港・港湾の状況など米軍が収集した情報の提供を受けた。また、今回の派遣では、人員・物資の輸送を米国のマイアミ経由で行ったこともあり、基地の使用や航空管制に関する協力のみならず、ハイチ国際空港を自衛隊が使用できるよう便宜をはかるなどの協力があった。
 
国際緊急援助隊隊長白川1佐(右)と握手を交わすハイチ派遣国際救援隊第1次要員隊長の山本1佐
 
米国フロリダのホームステッド空軍基地から空自C−130で移動し、ハイチ国際空港に降り立つ第1次派遣要員
 
ドミニカとの国境付近において道路補修を行う陸自施設部隊

 

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