第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 タイ

 タイは、柔軟な全方位外交政策を維持しており、東南アジア諸国との連携や、わが国、米国、中国といった主要国との協調を図っている。タイの国防政策は、1)軍の国防能力を向上させ、関連政府機関との調整・統合を行うこと、2)近隣諸国、地域社会および国際社会との安全保障協力関係を強化することの2つの要素から成り立っている。その上で、「安全保障協力(Security Cooperation)」、「総合防衛(United Defence)」、「積極防衛(Active Defence)」の三つの柱から成り立つ国防戦略を採用18し、近隣諸国との緊密な協力、国防能力の整備、軍・国防省の改革を進めている。
 タイは、大規模侵攻のような伝統的脅威のリスクは減少したものの、国際テロなどの非伝統的脅威のリスクは増加しており、特にタイ南部の分離独立主義武装勢力等による治安悪化が、今後の国家的な課題であるとしている19。また、タイは隣国であるミャンマーおよびカンボジアとの間で国境未画定問題を抱えており、カンボジアとの間では、これをめぐって時折緊張が高まる場面も見られる。タイにとっては、同国南部の治安情勢の悪化が現実的な懸念であるものの、国防能力の整備については、東南アジアで唯一の空母を保有20するほか、海・空軍を中心とした近代化が進められている。
 安全保障協力の中核となる米国との関係について、タイはアジア・太平洋地域の米軍プレゼンスを、一部の国にとっては安全保障上の懸念であるものの、多くの国にとっては安全保障を担保するものであるとしている21。冷戦期からの協力の積み重ねにより、タイは米国と良好な関係を築いており、50(昭和25)年に軍事援助協定を締結して以降、協力関係を維持し、82(同57)年より合同軍事演習「コブラ・ゴールド」を行っている。同演習は、00(平成12)年以降、多国間演習となり、内容も人道支援活動、災害救援など戦闘目的以外の項目についての訓練も含まれている22
 タイはPKOを始めとして、これまでイラクやアフガニスタンなどにも部隊を派遣し、国際平和協力活動に積極的に取り組んでいる。03(同15)年には、米国が主導するテロとの闘いに積極的に参加していることを評価して、米国はタイを「主要な非NATO同盟国(Major Non-NATO Ally)」23に指定し、日本、韓国、オーストラリア、フィリピンとともに、タイはアジアにおける平和と安定の基礎をなしていると米国は評価している24


 
18)「タイの国防2008」によると、「総合防衛」とは、国家防衛のために、軍事、政治、経済、社会心理、科学技術などの国力を軍が統合することであるとされる。また、「積極防衛」とは、軍が独力で抑止力として機能し、紛争解決ができるように、すべての軍事資源を準備、強化、発展、管理することであるとされる。

 
19)「タイの国防2008」による。
タイ南部では、タイからの分離独立を標榜するイスラム系武装集団によるとみられる襲撃、爆弾事件等が続発し、04(平成16)年以降現在まで、約3,000人以上が殺害され、数千人が負傷したとされている。

 
20)空母「チャクリ・ナルエベット」は、スペインで建造され、97(平成09)年に就役した。満載排水量約11,500トンで、全長約180m、全幅約30mである。捜索救難活動およびEEZでの監視が主な任務とされているが、予算不足のため、通常はほとんど航行していないと指摘されている。

 
21)「タイの国防2008」による。

 
22)10(平成22)年2月の同演習には、タイ、米国、日本、シンガポール、インドネシア、韓国などが参加し、防衛省・自衛隊からは約100名が参加した。

 
23)「主要な非NATO同盟国」とは、米国の「1961年対外支援法」と「1987年ナン修正法」により定められたもので、指定国に対し装備品の譲渡など、軍事面での優遇措置を与えるもの。米国との緊密な軍事協力関係を示す象徴的意味合いも大きい。タイのほかには、オーストラリア、エジプト、イスラエル、日本、韓国、ヨルダン、ニュージーランド、アルゼンチン、バーレーン、フィリピン、クウェート、モロッコ、パキスタンの14か国が指定されている。

 
24)ネグロポンテ米国務副長官(当時)のアジア太平洋評議会での講演(08(平成20)年4月11日)。


 

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