第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

5 対外関係

1 独立国家共同体との関係

(1)全般
 08(同20)年7月、メドヴェージェフ大統領によって承認されたロシアの対外政策の基本方針を示す「ロシア連邦対外政策構想」においては、多極化の趨勢の中で、影響力のある一つの極としてロシアの国際的地位が強化されたとの情勢認識が示され、対外政策の基本方針として、1)主権および領土の一体性の維持・強化、2)国際法に則った、多国間による国際的な問題解決への関与、3)近隣諸国との友好関係の発展などが挙げられている。ロシアは、CISとの二国間・多国間協力の発展を外交政策の第一の優先事項としており1、集団安全保障条約機構(CSTO:Collective Security Treaty Organization)や上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organization)2といった多国間の枠組を含む関係を維持している。
 ロシアは、自国の死活的利益がCISの領内に集中しているとし、ウクライナ、グルジア(南オセチア、アブハジア)、モルドバ(沿ドニエストル)、アルメニア、タジキスタンとキルギスにロシア軍を駐留させるとともに、CIS諸国との間で共同防空システム創設協定3や国境共同警備条約を結ぶなど、軍事的統合を進めてきた4
(図表I-2-4-7 参照)
 
図表I-2-4-7 CIS加盟諸国

 中央アジア・コーカサス地域においては、イスラム武装勢力の活動の活発化にともない、テロ対策を中心とした軍事協力を進め、01(同13)年5月、CISのCSTOの枠組において合同緊急展開部隊を創設5した。9.11テロ発生後、米国などのアフガニスタンへの軍事行動が開始されると、ロシアは、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、グルジアにおける米軍などの駐留や援助を容認する一方6、03(同15)年にはCISの合同緊急展開部隊を強化するため、キルギス領内に空軍基地を開設した。また、ロシアは、タジキスタンにも1個師団(約8,000人)を駐留させていたが、04(同16)年10月にはタジキスタンと協定を締結し、同国内にロシア軍基地を確保した。また、09(同21)年6月には、CISの合同緊急展開部隊の機能を強化した常設の合同作戦対応部隊を創設した7

(2)グルジア紛争
 グルジア紛争は、グルジアが南オセチアおよびアブハジアによる分離独立を求める動きを圧迫していたこと、および、グルジアが親欧米路線をとり、ロシアとは緊張関係にあったことを背景として、グルジアと南オセチアとの軍事衝突をきっかけに08(同20)年8月に発生し、ロシアの大規模な武力介入を招いた事案である。紛争自体は欧州連合(EU:European Union)の和平仲介努力もあり、5日間で収束したが、その後、ロシアが南オセチアとアブハジアのグルジアからの独立を一方的に承認したことなどもあり、グルジアの領土保全の原則に基づく平和的解決を主張する欧米とロシアとの関係が悪化した。
 また、ロシアは、南オセチアおよびアブハジアとの間で軍事的協力関係を強化する動きをみせており8、ロシアによる南オセチアとアブハジアの独立承認が、ロシア領内のチェチェン共和国9やアゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフ、モルドバ内の沿ドニエストルといったCIS域内の分離独立を求める動きにどのような影響を与えるかが注目される。


 
1)メドヴェージェフ大統領は、グルジア紛争後の08(平成20)年8月、外交の5原則の一つとして、ロシアには特権的利害を有する地域があるとの認識を示している。

 
2)SCOは、地域の平和や安全の維持、テロへの共同対処などを目的にしており、対テロ合同演習「平和の使命」を実施しているほか、アフガニスタンの安定に向けた努力も行っている。

 
3)09(平成21)年2月、ベラルーシとの間で、統一地域防空システム創設に関する協定を締結している。

 
4)CIS諸国の一部には、ロシアとの関係に距離を置こうとする動きもみられ、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバで形成する地域機構GUAM(これらの国々の頭文字)の各加盟国は、安全保障や経済面でロシアへの依存度低下を目指し、概ね欧米志向の政策をとってきた。グルジアは09(平成21)年8月、CISから脱退した。一方、ウクライナでは、10(同22)年2月にロシアの影響が強い地方を支持基盤とするヤヌコーヴィチ氏が新大統領に就任したが、今後のロシアとの関係改善の動向が注目される。

 
5)01(平成13)年8月、ロシア、カザフスタン、キルギスおよびタジキスタンの4か国からそれぞれ1個部隊(大隊以下級の部隊)の提供を受け、約1,000〜1,300名規模で編成された。司令部は、キルギスの首都ビシュケク。04(同16)年5月には、新たにタジキスタンから2個部隊、ロシア、カザフスタンからそれぞれ1個部隊が追加され、全部で9個大隊、4,500名の規模にまで拡大された。

 
6)05(平成17)年11月、米軍はウズベキスタンから撤退した。また、09(同21)年2月、キルギスは、米国などが対テロ作戦に使用しているマナス基地の閉鎖を米国に通告したが、同年6月、米国とキルギスは、同基地に「中継輸送センター」を創設する内容の協定に署名した。

 
7)ただし、この創設に関するCSTO非公式首脳会合(09(平成21)年7〜8月)において、ウズベキスタンとベラルーシは署名しなかった。

 
8)ロシアは、09(平成21)年4月、南オセチアおよびアブハジアとの間で国境警備協定を結んだほか、10(同22)年2月、アブハジアとの間でアブハジア領内にロシア軍基地を設置する協定に署名した。

 
9)99(平成11)年、チェチェン共和国において、武装勢力の関与による大規模テロが発生した。ロシア政府による独立派武力勢力に対する掃討作戦などにより、有力テロリストの多くが死亡し、拘束された。07(同19)年以降は、チェチェンに隣接するイングーシやダゲスタンにおいて、要人や警察官への襲撃事件が散発しているが、ロシア全体のテロ発生件数は減少傾向にある。


 

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