第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

5 わが国近海などにおける活動

(1)わが国近海などにおける活動の状況
 近年、中国は、海洋における活動を活発化させており、わが国の近海においては、何らかの訓練と思われる活動や情報収集活動を行っていると考えられる中国の海軍艦艇や、わが国の排他的経済水域での海洋調査とみられる活動を行う中国の政府船舶が視認されている38
 中国海軍の艦艇部隊による太平洋への進出も確認されており39、たとえば、08(同20)年10月には、中国のソブレメンヌイ級駆逐艦など4隻の艦艇が津軽海峡を通過40した後、太平洋を南下してわが国を周回する航行を行ったほか、同年11月には、最新鋭のルージョウ級駆逐艦など4隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に進出する航行を行った。09(同21)年6月には、ルージョウ級駆逐艦など5隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して沖ノ鳥島北東の海域に進出し、訓練とみられる活動を行った。10年(同22)年3月には、ルージョウ級駆逐艦など6隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に進出する航行を行い、これらの艦艇はその後、南シナ海に進出したと伝えられている41。さらに、同年4月にも、キロ級潜水艦やソブレメンヌイ級駆逐艦など10隻の艦艇が沖縄本島と宮古島の間を通過して沖ノ鳥島西方の海域に進出し、訓練とみられる活動を行った42が、その際、これらの艦艇を監視中の海自護衛艦に対して中国の艦載ヘリコプターが近接飛行する事案が複数回発生している43
 
東シナ海を浮上航行する中国のキロ級潜水艦

 このほか、04(同16)年11月には、中国の原子力潜水艦が、国際法違反となるわが国の領海内での潜没航行を行い、05(同17)年9月には、東シナ海の樫(中国名「天外天」)ガス田付近を中国のソブレメンヌイ級駆逐艦1隻を含む5隻の艦艇が航行し、その一部が同ガス田の採掘施設を周回したことが確認された。06(同18)年10月には、沖縄近海と伝えられる海域において、中国のソン級潜水艦が米空母キティホークの近傍に浮上したが、米空母に外国の潜水艦が接近したことは軍事的に注目すべき事象と考えられる44。08(同20)年12月には、中国国家海洋局の海洋調査船2隻が尖閣諸島付近のわが国領海において、徘徊・漂泊といった国際法上認められない航行を行う事案が発生している。
 わが国の近海以外でも、南シナ海において、ASEAN諸国などと領有権について争いのある南沙・西沙(なんさ・せいさ)群島における活動を強化している。09(同21)年3月には、中国海軍艦艇、国家海洋局の海洋調査船、漁業局の漁業監視船およびトロール漁船が、南シナ海で活動していた米海軍の音響測定艦に接近し、同船の航行を妨害するなどの行為を行う事案などが発生している45ほか、08(同20)年11月と09(同21)年5月に、ルーヤンII級駆逐艦、ユージャオ級揚陸艦などからなる部隊が南シナ海において訓練を行ったと伝えられている。
(図表I-2-3-4 参照)
 
図表I-2-3-4 わが国近海における最近の中国の活動

(2)わが国近海などにおける活動の目標
 中国が海軍の任務として海洋権益の擁護や海上の安全を守ることを法律などに明記している点、中国の置かれた地理的条件、グローバル化する経済などの諸条件を一般的に考慮すれば、中国海軍などの海洋における活動には、次のような目標があるものと考えられる。
 第一に、中国の領土や領海を防衛するために、可能な限り遠方の海域で敵の作戦を阻止することである。これは、近年の科学技術の発展により、遠距離からの攻撃の有効性が増していることが背景にある。
 第二に、台湾の独立を抑止・阻止するための軍事的能力を整備することである。たとえば、中国は、台湾問題を解決し、中国統一を実現することにはいかなる外国勢力の干渉も受けないとしており、中国が、四海に囲まれた台湾への外国からの介入を実力で阻止することを企図すれば、海洋における軍事作戦能力を充実させる必要がある。
 第三に、海洋権益を獲得し、維持および保護することである。中国は、東シナ海や南シナ海において、石油や天然ガスの採掘およびそのための施設建設や探査を行っている。05(同17)年9月の中国海軍艦艇による樫ガス田採掘施設付近の航行には、中国海軍が海洋権益を獲得し、維持および保護する能力をアピールする狙いもあったものと考えられる。
 第四に、自国の海上輸送路を保護することである。背景には、中東からの原油の輸送ルートなどの海上輸送路が、グローバル化する中国の経済活動にとって、生命線ともいうべき重要性を有していることがある。将来的に、中国海軍が、どこまでの海上輸送路を自ら保護すべき対象とするかは、そのときの国際情勢などにも左右されるものであるが、近年の中国の海・空軍の近代化を考慮すれば、その能力の及ぶ範囲は、中国の近海を越えて拡大していくと考えられる。
 以上のような目標を有すると考えられる中国の海洋における活動状況については、わが国周辺における海軍艦艇の活動や海洋調査活動のほか、活動拠点となる施設の整備状況46などを含め、その動向に注目していく必要がある。


 
38)中国軍については、平時と戦時の兵力配備を同一化し、従来の活動領域を超えた領域での活動を行うなどして、例外的行為を慣例化・常態化させることにより、相手方の警戒意識の麻痺や国際社会に状況の変化を黙認・受容させることなどを企図している、との見方(2009年版台湾「国防報告書」)がある。

 
39) 「2006年中国の国防」では、「海軍は近海防御の戦略的縦深を徐々に拡大する」と記述されている。また、呉勝利海軍司令員は、09(平成21)年4月、中国海軍の訓練について、「外洋訓練が常態化した」と発言したと伝えられている。

 
40)中国海軍の戦闘艦艇による津軽海峡通過が確認されたのは初めてである。

 
41)これらの艦艇は、バシー海峡を抜けて南シナ海に進出し、南沙群島周辺海域を巡航し、西沙群島海域で軍事訓練を実施したと伝えられている。

 
42)10(平成22)年4月の中国軍機関紙「解放軍報」では、複数の潜水艦、駆逐艦、フリゲート、総合補給艦、艦載ヘリコプターなどからなる東海艦隊の多兵種協同部隊が外洋展開訓練を開始し、実兵対抗訓練のほか、「三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)」、対テロ、海賊対処などの訓練も行う旨が報じられている。

 
43)これら10隻の艦艇の一部は、太平洋に進出する前に、東シナ海中部海域において訓練を行っており、その際、中国の艦載ヘリコプターが、警戒監視中の護衛艦「すずなみ」に近接飛行を行った。最接近した際の距離は水平約90m、高度約30mであり、このような飛行は艦艇の安全航行上危険であると認識しており、わが国から中国政府に対して、外交ルートを通じて事実関係の確認と申し入れを行った。また、その後、太平洋上においても、これらの艦艇を警戒監視中の護衛艦「あさゆき」に対して、中国の艦載ヘリコプターが接近・周回する飛行を行った。最接近した際の距離は水平約90m、高度約50mであり、艦艇の安全航行上危険な行為であることに加え、同様の事案が続けて生じたことから、外交ルートを通じて中国政府に抗議を行った。

 
44)中国は(軍事的に)以前に比べて自信に満ちた積極的な態勢をとるようになっており、07(平成19)年1月の対衛星兵器の実験や06(同18)年10月にキティホークの近傍にソン級ディーゼル潜水艦が浮上したことはそのような文脈で見ることが可能である、との見解が示されている。(07(同19)年2月の米中経済安全保障再検討委員会におけるローレス国防副次官(当時)の証言)

 
45)09(平成21)年3月10日の米上院軍事委員会において、ブレア国家情報長官(当時)は、「ここ数年、中国は、排他的経済水域に対する権利の主張をより攻撃的に行うようになった」と証言している。

 
46)中国は、海南島南端の三亜市に、原子力潜水艦用の地下トンネルを有する大規模な海軍基地を建設していると伝えられている。


 

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