第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 軍事態勢

 中国の軍事力は、人民解放軍、人民武装警察部隊18と民兵19から構成されており、中央軍事委員会の指導および指揮を受けるものとされている20。人民解放軍は、陸・海・空軍と第二砲兵(戦略ミサイル部隊)からなり、中国共産党が創建、指導する人民軍隊とされている。
(図表I-2-3-2 参照)
 
図表I-2-3-2 中国軍の配置と兵力

(1)核戦力およびミサイル戦力
 中国は、核戦力および弾道ミサイル戦力について、50年代半ばごろから独自の開発努力を続けており、抑止力の確保、通常戦力の補完および国際社会における発言力の確保を企図しているものとみられている。
 中国は、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM;Submarine-Launched Ballistic Missile)、中距離弾道ミサイル(IRBM/MRBM:Intermediate-Range Ballistic Missile/Medium-Range Ballistic Missile)、短距離弾道ミサイル(SRBM:Short-Range Ballistic Missile)という各種類・各射程の弾道ミサイルを保有している。これらの弾道ミサイル戦力は、液体燃料推進型については固体燃料推進型への更新による残存性および即応性の向上が行われている21ほか、射程の延伸、命中精度の向上や多弾頭化などの性能向上の努力が行われているとみられている。
 戦略核戦力であるICBMについては、これまでその主力は固定式の液体燃料推進方式のミサイルであったが、中国は、固体燃料推進方式で、発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載される移動型の新型ICBMであるDF-31およびその射程延伸型であるDF-31Aを開発し、既に配備が開始されたとみられている。また、SLBMについては、現在射程約8,000kmとみられている新型SLBMであるJL-2の開発およびこれを搭載するためのジン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN:Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)の建造が行われているとみられている。DF-31およびDF-31Aの配備に加えて、JL-2が実用化に至れば、中国の戦略核戦力は大幅に向上するものと考えられる。
 わが国を含むアジア太平洋地域を射程に収めるIRBM/MRBMについては、従来から、液体燃料推進方式のDF-3およびDF-4が配備されているほか、TELに搭載され移動して運用されるDF-21も配備されており、これらのミサイルは、核を搭載することが可能である。中国はDF-21を基にした命中精度の高い通常弾頭の弾道ミサイルを保有しており、空母などの洋上の艦艇を攻撃するための通常弾頭の対艦攻撃弾道ミサイル(ASBM:Anti-Ship Ballistic Missile)も開発中であるとみられている22。中国は射程1,500km以上の巡航ミサイルであるDH-10を保有しており、弾道ミサイル戦力を補完し、わが国を含むアジア太平洋地域を射程に収める戦力となる可能性がある。また、IRBM/MRBMのほかに、核兵器や巡航ミサイルを搭載可能なH-6(Tu-16)中距離爆撃機も百数十機保有している。SRBMについては、DF-15およびDF-11を多数保有し、台湾正面に配備しているとみられている23
 一方、中国は10(同22)年1月に、ミッドコースにおけるミサイル迎撃技術の実験を実施したと発表しており、中国による弾道ミサイル防衛の今後の動向が注目される24
(図表I-2-3-3 参照)
 
図表I-2-3-3 中国(北京)を中心とする弾道ミサイルの射程

(2)陸上戦力
 陸上戦力については、約160万人と世界最大である。中国は、85(昭和60)年以降に軍の近代化の観点から実施してきた人員の削減や組織・機構の簡素化・効率化に引き続き努力しており、装備や技術の面で立ち遅れた部隊を漸減し、能力に重点を置いた軍隊を目指している。具体的には、これまでの地域防御型から全国土機動型への転換を図り、歩兵部隊の自動車化、機械化を進めるなど機動力の向上を図っているほか、空挺(くうてい)部隊(空軍所属)や特殊部隊の強化を図っているものと考えられる。部隊の小型化・モジュール化・多機能化のための改編を進めているとされ25、後方支援能力を向上させるための改革にも取り組んでいる。中国は09(平成21)年、軍区を横断する演習としては過去最大とされる「跨越2009」演習を行ったが、この演習は、陸軍の長距離機動能力、民兵や公共交通機関の動員を含む後方支援能力など、陸軍部隊を遠隔地に展開するために必要な能力の検証・向上などを目的としていたとみられる26

(3)海上戦力
 海上戦力は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約950隻(うち潜水艦約60隻)、約134万トンを保有しており、国の海上の安全を守り、領海の主権と海洋権益を保全する任務を担っている。中国海軍は、近代的なキロ級潜水艦のロシアからの導入や新型国産潜水艦の積極的な建造を行うなど潜水艦戦力を増強するとともに、艦隊防空能力や対艦ミサイル能力の高い水上戦闘艦艇の増強を進めている。また、揚陸艦や補給艦の増強を行っているほか、08(同20)年10月には大型の病院船を就役させた27。このような中国海軍の近代化状況などから、中国はより遠方の海域において作戦を遂行する能力の構築を目指しているものと考えられる。
 空母の保有に関しては、09(同21)年3月および11月に行われた日中防衛相会談において、梁光烈(りょう・こうれつ)国防部長が「永遠に空母を持たないわけにはいかない。」28「経済発展、建造のレベル、安全の要素といった諸要素を総合的に勘案した上で空母保有について決定する。」29と発言しているほか、複数の軍高官が空母の保有に肯定的な発言を行っている30。また、ウクライナから購入した未完成のクズネツォフ級空母ワリャーグの改修を行い、陸上に空母を模した建造物を建設するなど、空母の保有に向けて、必要な技術の研究・開発を進めていると考えられる31

(4)航空戦力
 航空戦力は、空軍、海軍を合わせて作戦機を約1,950機保有している。第4世代の近代的戦闘機は着実に増加しており、国産のJ-10戦闘機を量産しているほか、ロシアからSu-27戦闘機の導入・ライセンス生産を行い、対地・対艦攻撃能力を有するSu-30戦闘機も導入している。また、中国は国産の次世代戦闘機の開発を行っているとされる32。防空能力の向上のため、ロシアから長射程で高性能の地対空ミサイルの導入も行っている。空中給油や早期警戒管制といった近代的な航空戦力の運用に必要な能力を向上させる努力を継続しているほか、ロシアから大型輸送機を多数導入する予定とも伝えられている。
 中国は、航空機の電子戦能力や情報収集能力の向上、周辺諸国に対する情報収集活動にも力を入れるようになってきており、近年、中国の航空機によるわが国に対する何らかの情報収集と考えられる活動が見られるようになっている。07(同19)年9月には複数のH-6中距離爆撃機が、東シナ海上空においてわが国の防空識別圏に入り日中中間線付近まで進出する飛行を行っており、10(同22)年3月にはY-8早期警戒機が、同じく日中中間線付近まで進出する飛行を行っている。また、南シナ海上空では、空軍戦闘機などが空中給油を伴う訓練を行っていると伝えられている。
 以上のような航空戦力の近代化や航空機の活動状況などから、中国は、国土の防空能力の向上に加えて、より前方での制空戦闘および対地・対艦攻撃が可能な能力の構築や長距離輸送能力の向上を目指していると考えられる33。このような中国の航空戦力の動向には今後も注目していく必要がある。
 
東シナ海上空を飛行する中国軍の早期警戒機

(5)宇宙の軍事利用およびサイバー戦に関する能力
 中国は宇宙開発の努力を続けており、これまでに国産のロケットを使用して各種の人工衛星を打ち上げたほか、有人宇宙飛行、月周回衛星の打上げなどを行っている。08(同20)年9月には有人宇宙船「神舟7号」を打ち上げ、宇宙飛行士による船外活動に初めて成功した。中国の宇宙開発においては軍事分野と非軍事分野が関連しているとみられることから34、中国は、情報収集、通信、航法などの軍事目的での宇宙利用を行っている可能性がある。最近では、複数の中国空軍幹部が、空軍として宇宙利用に積極的に取り組む方針を明らかにしている35
 中国は対衛星兵器の開発も行っており、07(同19)年1月に弾道ミサイル技術を応用して自国の人工衛星を破壊する実験を行ったほか、レーザー光線を使用して人工衛星の機能を妨害する装置を開発しているとの指摘もある。
 中国はサイバー戦に強い関心を有しているとみられており、サイバー戦の専門部隊を編成し、訓練を行っているとみられている36
 中国が対衛星兵器やサイバー戦に関心を有している背景には、迅速で効率的な戦力の発揮に欠くことのできない軍事分野での情報収集、指揮通信などが人工衛星やコンピュータネットワークへの依存を高めていることが指摘できる37


 
18)党・政府機関や国境地域の警備、治安維持のほか、民生協力事業や消防などの任務を負う。「2002年中国の国防」では、「国の安全と社会の安定を維持し、戦時は人民解放軍の防衛作戦に協力する」とされる。

 
19)平時においては経済建設などに従事するが、有事には戦時後方支援任務を負う。「2002年中国の国防」では、「軍事機関の指揮の下で、戦時は常備軍との合同作戦、独自作戦、常備軍の作戦に対する後方勤務保障提供および兵員補充などの任務を担い、平時は戦備勤務、災害救助、社会秩序維持などの任務を担当する」とされる。

 
20)中央軍事委員会には、形式上は中国共産党と国家の二つの中央軍事委員会があるが、党と国家の中央軍事委員会の構成メンバーは基本的には同一であり、いずれも実質的には中国共産党が軍事力を掌握するための機関とみなされている。

 
21)一般的に、液体燃料推進型のミサイルは、発射直前に時間をかけて液体燃料を注入する必要があるのに対し、固体燃料推進型のミサイルは、推進剤が予め装填されており、即時発射が可能である。このため固体燃料推進型のミサイルは、液体燃料推進型のミサイルに比べて、発射の兆候を事前に察知されにくく、先制攻撃を受ける可能性が低いとされる。

 
22)09(平成21)年2月に公表された米国国家情報長官「年次脅威評価」において、中国は、米国の海軍部隊や航空基地に対する攻撃に使用することができる終末誘導機動弾頭(MaRV:Maneuverable Reentry Vehicle)を装備した、通常弾頭の短・中距離弾道ミサイルを開発しているとされている。

 
23)米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(10(同22)年8月)では、09(同21)年12月までに中国が台湾対岸に1,050〜1,150基のSRBMを配備しており、改良された射程、精度、弾頭を有する派生型の導入を含む攻撃力向上の取り組みを行っているとされている。

 
24)実験実施を発表した翌日の記者会見において、中国外交部報道官は、「今回の実験は宇宙軌道に残留する破片を発生させるものではなく、軌道上の宇宙飛行体の安全に脅威を与えることもない。今回の実験は防御的なものであり、いかなる国に向けられたものでもなく、中国が一貫して遂行している防御的な国防政策と一致するものである。中国のミサイル防衛問題における立場に変更はない。」と発言している。

 
25)「2008年中国の国防」白書による。

 
26)「跨越2009」演習では、瀋陽、蘭州、済南、広州の各軍区に所属する4個師団が、それぞれ所属軍区から他の軍区に長距離移動した後、仮想敵部隊との対抗演習を行ったとされる。人員・装備品の輸送には、空軍輸送機や貨物列車のほか、民航貨物機や旅客機、高速鉄道「和諧号」なども利用したと伝えられている。

 
27)この病院船は、09(平成21)年10月から約1ヶ月間にわたり、中国大陸沿岸や南沙・西沙群島の島や礁などを巡回し、駐留する軍人や住民などに医療サービスを提供したと伝えられている。

 
28)09(平成21)年3月に行われた日中防衛相会談における発言。

 
29)09(平成21)年11月に行われた日中防衛相会談における発言。

 
30)05(平成17)年以降、複数の中国政府および軍関係者による空母の保有や建造についての肯定的な発言が伝えられている。最近では、08(同20)年11月、銭利華国防部外事弁公室主任が、いかなる大国の海軍も1隻またはそれ以上の空母を保有する夢を持っている旨の発言を行ったと伝えられ、12月には、国防部報道官が、中国の空母建造について、「中国政府は各方面の要素を総合し、関係する問題について真剣に研究し、考慮する」と発言している。09(同21)年3月にも、中国海軍高官による空母の保有や建造についての肯定的な発言が相次いで伝えられた。

 
31)「ワリャーグ」のほか、中国は80年代以降、鉄くずやレジャー施設転用を名目として、退役した空母である英国製マジェスティック級空母「メルボルン」、旧ソ連製キエフ級空母「ミンスク」および「キエフ」も購入している。06(平成18)年には、中国が、クズネツォフ級空母で運用可能なロシア製のSu-33艦上戦闘機の購入を交渉していると伝えられたほか、07(同19)年には、中国が空母で使用される着艦拘束装置などをロシアから購入する予定であると伝えられた。08年(同20)年9月には、中国が、海軍のパイロットの教育訓練に関して、空母艦載機用の模擬訓練施設を有するウクライナとの協力を計画していると伝えられた。また、中国はウクライナから07(同19)年に着艦訓練用練習機であるSu-25UTGを輸入したとも伝えられている。米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(10(同22)年8月)は、「中国は、活発な空母研究・開発計画を有しており、中国の造船産業は、(10(同22)年末)までに国産空母の建造を開始しうる。中国は、運用可能な複数の空母と支援艦艇を今後10年以内に建造することに関心を持っている。」と指摘している。

 
32)何為栄空軍副司令員は、09(平成21)年11月に放映されたテレビインタビューにおいて、中国の次世代戦闘機について、8〜10年後に部隊に配備されることが可能である旨を述べている。また、ゲイツ米国防長官は、09(同21)年5月の下院軍事委員会での証言において、中国の第5世代戦闘機は10〜12年後に運用が開始される、との見方を示している。

 
33)「2008年中国の国防」は、中国空軍が「国土防空型から攻防兼備型への転換を加速し、偵察・早期警戒、航空攻撃、防空・ミサイル対処および戦略投射能力を高め、近代化された戦略空軍を建設することに力を入れている」と説明している。また、米国防省「中華人民共和国の軍事力に関する年次報告」(06(平成18)年5月)は、中国空軍の目標は、機動的な、全天候の、昼夜を問わず、低空で水上を飛行できる戦力を形成することにより、素早く、複数の作戦任務を実施する能力を持ち、「第一列島線」を越えて戦力の遠隔投射能力を得ることにある、と指摘している。

 
34)「2006年中国の国防」では、国防科学技術工業に関して、「有人宇宙飛行と月面探査プロジェクトなど重要な科学技術プロジェクトを組織、実施し、ハイテク産業の飛躍的な発展を促進し、国防科学技術全体の著しい発展を実現している」と記述されている。また、「神舟7号」を含む有人宇宙飛行プロジェクトの総指揮は、人民解放軍総装備部長がとっているとされる。

 
35)たとえば、許其亮空軍司令員が、「中国空軍は、「航空・宇宙一体、攻防兼備」の空軍戦略を確立した」と発言したと伝えられている。

 
36)米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(10(同22)年8月)は、「中国軍は、敵のコンピュータシステムおよびネットワークを攻撃するためのウイルスや、味方のコンピュータシステムおよびネットワークを防御するための戦術および方法を開発するための情報戦部隊を設立した。これらの部隊には民兵が含まれており、中国軍のネットワークオペレーターと中国の民間の情報技術専門家とのつながりを生み出している。」と指摘している。

 
37)「2008年中国の国防」では、宇宙や電磁空間などの安全を擁護する能力を向上させる旨が記述されている。


 

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