第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 軍事

1 国防政策

 中国は、国家の主権、安全および領土の保全を守ること、国家の発展の利益を保障すること、ならびに人民の利益を保護することをすべてに優先させ、国の安全と発展の利益に適応した強固な国防と強大な軍隊の建設に努め、小康社会1を全面的に建設する過程で富国と軍の強化の統一を実現するとしている。
 中国は、湾岸戦争やコソボ紛争、イラク戦争などにおいて見られた世界の軍事発展の趨勢(すうせい)に対応し、情報化条件下の局地戦に勝利するとの軍事戦略2に基づいて、軍事力の機械化および情報化を主な内容とする「中国の特色ある軍事変革」を積極的に推し進めるとの方針をとっている。09(同21)年10月の建国60周年国慶節祝賀行事における軍事パレードでは、99(同11)年に行われた軍事パレード3と比べて徒歩行進の隊列が減少する一方、移動式ミサイル、戦闘車両、航空機などの隊列が増加したほか、早期警戒管制機や無人機などの先進的な装備品も登場し、軍の機械化および情報化の進展が内外に示された。また、中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論(よろん)戦」、「心理戦」および「法律戦」を軍の政治工作の項目に加えた4ほか、「軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させる」5との方針も掲げている。
 中国の軍事力近代化においては、ロシアなど陸上で国境を接する周辺諸国との関係の安定化を背景として、台湾問題への対処、具体的には台湾の独立および外国軍隊による台湾の支援を阻止する能力の向上6が、最優先の課題として念頭に置かれていると考えられる。さらに、近年では、台湾問題への対処以外の任務のための能力の獲得にも取り組み始めている7。軍事力近代化の長期的な計画については、「国家の安全保障上の必要性と経済・社会の発展レベルに基づき」、「2010年までに堅実な基礎を築き、2020年までに機械化を基本的に実現し、情報化建設の大きな発展を成し遂げ、21世紀中頃に国防および軍隊の近代化の目標を基本的に達成する」8とされている。これは国家全体についての発展の計画に準拠した内容であることから9、長期的には国力の向上に伴い軍事力も発展させていく考えであるとみられる。
 中国は、陸軍を中心とした兵員の削減と核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした全軍の装備の近代化を進めるとともに、各軍・兵種間の統合作戦能力の向上、実戦に即した訓練の実施、情報化された軍隊の運用を担うための高い能力を持つ人材の育成および獲得、国内の防衛産業基盤の向上に努めている。人民解放軍には依然として旧式な装備も多く、現在行われている軍事力の近代化は軍の能力を全面的に向上させようとする取組であると考えられるが、その具体的な将来像は明確にされていない。また、中国は、わが国の近海などにおいて活動を活発化させている。このような国防政策の不透明性や軍事力の動向は、わが国を含む地域・国際社会にとっての懸念事項であり、慎重に分析していく必要がある。


 
1)07(平成19)年の中国共産党第17回党大会における胡錦濤総書記の報告において、小康社会(いくらかゆとりのある社会)の全面的建設は党と国家の2020年までの奮闘目標であるとされている。

 
2)中国は、以前は、世界的規模の戦争生起の可能性があるとの情勢認識に基づいて、大規模全面戦争への対処を重視し、広大な国土と膨大な人口を利用して、ゲリラ戦を重視した「人民戦争」戦略を採用してきた。しかし、軍の肥大化、非能率化などの弊害が生じたことに加え、世界的規模の戦争は長期にわたり生起しないとの新たな情勢認識に立って、1980年代前半から領土・領海をめぐる紛争などの局地戦への対処に重点を置くようになった。91(平成3)年の湾岸戦争後は、ハイテク条件下の局地戦に勝利するための軍事作戦能力の向上を図る方針がとられてきたが、最近では情報化条件下の局地戦に勝利する能力の強化が軍事力近代化の核心とされている。

 
3)中華人民共和国建国50周年である99(平成11)年の国慶節祝賀行事において行われた軍事パレード。

 
4)中国は03(平成15)年、「中国人民解放軍政治工作条例」を改正し、「輿論戦」、「心理戦」および「法律戦」の展開を政治工作に追加した。「輿論戦」、「心理戦」および「法律戦」について、米国防省「中華人民共和国の軍事力に関する年次報告」(09(同21)年3月)は次のように説明している。
・「輿論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。
・「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。
・「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するもの。

 
5)「2008年中国の国防」による。

 
6)米国「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)(10(平成22)年2月)は、多岐にわたる洗練された武器等を有する国家が米軍部隊の展開を阻害するアクセス拒否能力を行使する環境下において、米国と同盟国を守ることのできる能力を保有する必要があるとしつつ、中国について、「大量の中距離弾道ミサイルと巡航ミサイル、先進兵器を装備した新型の攻撃型潜水艦、能力を向上させつつある高性能の長距離防空システム、電子戦およびコンピュータネットワーク攻撃能力、先進的戦闘機、対宇宙システムを開発・配備している」と指摘している。

 
7)「2008年中国の国防」では、「海洋、宇宙および電磁空間の安全を擁護し、対テロ・安定維持、緊急救援および国際平和維持任務を遂行する能力を高める」とされている。

 
8)「2008年中国の国防」による。

 
9)02(平成14)年に改正された中国共産党規約において、「党創立100周年(2021年)の際には、十数億の人口にメリットをもたらす、より高いレベルのいくらかゆとりのある社会を築き上げ、更に建国100周年(2049年)の際には1人あたりの国内総生産(GDP)が中程度の発展をとげた国のレベルに達し、近代化を基本的に実現する」とされている。


 

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