第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第3節 中国

1 全般

 中国は、14もの国と接する長い国境線と長い海岸線に囲まれた広大な国土に世界最大の人口を擁する国家であり、また、国内に多くの異なる民族、宗教、言語などを抱える国でもある。少数民族1の多くは国境地域に居住しており、国境外に同胞民族が居住していることも多い。中国は、長い歴史を有し、固有の文化、文明を形成、維持してきている。この中国特有の歴史に対する誇りと19世紀以降の半植民地化の経験が、中国国民の国力強化への強い願いとナショナリズムを生んでいる。
 さらに、中国は、社会主義体制をとる国家であり、中国共産党による指導のもと、社会主義近代国家の建設を目指している。
 近年、中国は、貿易額を大幅に増大させ、外国からの投資も活発に行われ、沿岸部や都市部を中心に飛躍的な経済発展を遂げてきており、世界的な金融危機の影響の中でも安定した経済成長を維持した。中国は、08(同20)年以降開催されている金融・世界経済に関する首脳会合(G20:Group of Twenty)や09(同21)年に開催された気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15:Fifteenth Session of the Conference of Parties under the United Nations Framework Convention on Climate Change)でその動向が大いに注目されるなど、国際的な存在感を高めつつあるが、中国が国際社会において、自信を深め、より積極的な姿勢を見せている背景には、中国経済が金融危機の影響からいち早く脱したこともあるとみられている。一方、中国国内には各種の問題が存在している。中央および地方の共産党幹部などの腐敗問題が大きな政治問題となっているほか、急速な経済成長にともない、都市部と農村部、沿岸部と内陸部の間の地域格差の存在に加え、都市内部における貧富の格差や環境汚染などの問題も顕在化しつつあり、将来的には人口構成の急速な高齢化にともなう問題も予想されている。中国は、国内に少数民族の問題を抱えており、チベット自治区や新疆(しんきょう)ウイグル自治区などにおいて少数民族の抗議活動に端を発した当局側との衝突が発生しているほか、少数民族による分離・独立を目的とした活動も行われていると伝えられている。胡錦濤(こ・きんとう)政権は、「科学的発展観」を指導方針とし、「和諧(調和のとれた)社会」の構築を政策の基本路線として掲げており、以上のような国内の諸問題の解決に優先的に取り組む姿勢を見せている2。また、中国は、経済の安定した発展を持続させるため、外国への輸出に依存し内需が不足するという経済構造の改善を目指している。
 中国は、国の安定を維持するため、外交面においては、米国やロシアなど大国との良好な関係を維持することによる戦略的な国際環境の安定、周辺諸国との良好な関係の維持と周辺諸国の情勢の安定や、世界の多極化の推進、エネルギー供給など経済発展に必要な権益の確保などを目指しているものと考えられる。
 軍事面では、継続する高い国防費の伸びを背景に軍事力のさらなる近代化に努めている。中国は、台湾問題を国家主権と領土保全に関わる問題として特に重視しており、軍事力の近代化においても当面は台湾の独立などを阻止する能力の向上を目指すものとみられるが、近年では、台湾問題への対処以外の任務のための能力の獲得にも取り組み始めている。中国は政治、経済的に大国として着実に成長し続けているため、軍事に関しても、各国がその動向に注目する存在となっている。


 
1)中国には、漢族のほか、55の少数民族が居住しているとされる。

 
2)「科学的発展観」は、「統一計画と各方面への配慮を堅持し、人を基本となすことを堅持し、全面的で調和の取れた持続可能な発展観念を打ち立て、経済・社会・人の全面的な発展を促進しなければならない」ことが主な内容とされている(03(平成15)年10月に開催された中国共産党第16期中央委員会第3回総会における胡錦濤総書記の発言)。
「和諧(調和のとれた)社会」の構築とは、社会矛盾を解消し続けるプロセスであるとされている(06(同18)年10月、中国共産党第16期中央委員会第6回総会で採択された「社会主義の和諧社会を構築する若干の重大問題に関する党の決定」)。


 

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