第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 内政

(1)体制の安定度
 近年、貧富の差の拡大や拝金主義的風潮による社会統制の弛緩(しかん)、軍の士気低下など、北朝鮮の体制に一定の揺らぎが見られるとの指摘もあるが、国家的行事23や他国との交渉が整斉と行われていることを踏まえると、北朝鮮では、金正日国防委員会委員長を中心とする統治が一定の軌道に乗っていると考えられる24。一方で、08(平成20)年9月、建国60周年を祝賀するための労農赤衛隊閲兵式に金正日国防委員会委員長が出席しなかったことなどもあり、最近では、同委員長の健康問題や後継者問題が取り沙汰されている25。同年末以降、金正日国防委員会委員長は、現地視察などの公式活動を頻繁に行ったものとみられるが26、同委員長の68歳という年齢もあわせ考えると、近い将来にも起こりうる権力構造の変化に際して体制が不安定化する可能性も排除できない。

(2)経済事情
 経済面では、北朝鮮は、社会主義計画経済の脆弱(ぜいじゃく)性に加え、冷戦の終結にともなう旧ソ連や東欧などとの経済協力関係の縮小の影響などもあり、近年は、慢性的な経済不振、エネルギー不足や食糧不足に直面している。特に、食糧事情については、引き続き海外からの食糧援助に依存せざるを得ない状況にあるとみられている27。北朝鮮の住民の間には、多数の飢餓者の発生や規範意識の低下などがみられるとの指摘もある。
 こうした経済面でのさまざまな困難に対し、北朝鮮は限定的な改善策や一部の経済管理システムの変更も試みている。02(同14)年7月頃以降、給与と物価の引き上げ、為替レートの引き下げなどを行ってきているとともに28、09(同21)年は、150日戦闘および100日戦闘と呼ばれる動員運動により生産性の向上などを図ったものとみられる29。他方で、北朝鮮が現在の統治体制に影響を与えるような構造的な改革を行う可能性は低いと考えられることから、経済の現状を根本的に改善することには、さまざまな困難がともなうのではないかと考えられる。なお、北朝鮮は、同年末にいわゆるデノミネーション(貨幣の呼称単位切下げ)などを実施したとみられ、この措置が北朝鮮経済や体制の安定度に与える影響が注目される。


 
23)09(平成21)年4月の最高人民会議において、金正日国防委員会委員長が再任された。また、07(同19)年4月、朝鮮人民軍創建75周年を祝賀するため、金正日国防委員会委員長の出席の下、ミサイル部隊の行進を含む大規模な閲兵式が行われた。

 
24)09(平成21)年、北朝鮮は、国防委員会の委員を増員するとともに、憲法上、国防委員会委員長を北朝鮮の「最高領導者」とし、国防委員会の任務として「先軍革命路線を貫徹するための国家の重要政策の決定」を明記するなど、国防委員会委員長を中心とする国防委員会の機能の強化または明確化を図った措置をとったものとみられる。

 
25)オバマ米大統領は、09(平成21)年9月に放送された米テレビ番組でのインタビューの中で、同年8月に訪朝したクリントン元大統領の評価では、金正日国防委員会委員長は「相当健康であり健在であるということだったと思う。」と発言した。

 
26)金正日国防委員会委員長の公式活動については、08(平成20)年8月中旬以降50日間(97(同9)年の朝鮮労働党総書記就任以来最長)にわたって伝えられなかったが、08(同20)年11月以降は、09(同21)年8月のクリントン米国元大統領との会談や同年9月の温家宝中国総理首相との会談を含め、むしろ頻繁に公式活動を行っている。

 
27)08(平成20)年12月、国連食糧農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization of the United Nations)と国連世界食糧計画(WFP:The United Nations World Food Programme)は、同年11月から09(同21)年10月までの穀物生産量を約334万トンと予想し、輸入必要量を約179万トンと推定している。

 
28)これらの新たな施策にともなって、物資の供給不足のまま給与と物価を同時に引き上げたことによるインフレの進行、所得格差の拡大、情報の流入などによる体制への不満の増大などが一部で発生している、またはその徴候が見られるとの指摘がある。

 
29)金正日国防委員会委員長の09(平成21)年の公式活動において、経済関連の活動件数が97(同9)年の朝鮮労働党総書記就任以来初めて軍関連の活動件数を上回った。


 

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