第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 大量破壊兵器・弾道ミサイル

 北朝鮮の大量破壊兵器については、核兵器計画をめぐる問題のほか、化学兵器や生物兵器の能力も指摘されている。北朝鮮の核問題は、わが国の安全保障に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会全体にとっても重要な問題5である。特に、北朝鮮による核実験は、北朝鮮が大量破壊兵器の運搬手段となりうる弾道ミサイル能力を増強していることとあわせ考えれば、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安定を著しく害するものとして断じて容認できない。
 弾道ミサイルについては、既存の弾道ミサイルの配備、長射程化や固体燃料化6などのための研究開発が進められていると考えられるほか、北朝鮮による拡散についての指摘が引き続きみられる。北朝鮮のミサイル問題も、特に、核問題とあいまって、アジア太平洋地域だけでなく、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、その動向が強く懸念される。

(1)核兵器
ア 北朝鮮の核問題に対する対応
 北朝鮮による核開発問題については、この問題の平和的解決と朝鮮半島の検証可能な非核化を目標として、03(同15)年8月以降、六者会合7が開催されている。05(同17)年の第4回六者会合では、北朝鮮による「すべての核兵器および既存の核計画」の放棄を柱とする共同声明を初めて採択するに至った。しかし、その後、北朝鮮は、六者会合への参加を引き延ばすとともに、06(同18)年、7発の弾道ミサイルの発射や核実験実施の発表を行った。このような北朝鮮による緊張を一層高める行動に対し、国際社会は、国連安保理決議第1695号および第1718号を採択するなどして、北朝鮮に対する制裁措置を実施した。北朝鮮は、同年12月、ようやく第5回六者会合に復帰し、07(同19)年2月には、第4回六者会合の共同声明を実施していくための「共同声明の実施のための初期段階の措置」に合意した。この合意に基づき、寧辺の核施設の活動停止などが実行されたことを受け、同年10月には、第6回六者会合の成果文書として「共同声明の実施のための第二段階の措置」が発表され、北朝鮮が同年末までに、寧辺の核施設の無能力化を完了し、「すべての核計画の完全かつ正確な申告」を行うことなどが合意された。しかしながら、その合意内容の履行は完了していない8
 北朝鮮は、09(同21)年4月の北朝鮮によるミサイル発射を非難する国連安保理議長声明に対して、六者会合への不参加を示唆するとともに、使用済み燃料棒の再処理開始を表明したほか、国連安保理が謝罪しない場合には、核実験や大陸間弾道ミサイル発射実験を含む措置を講ずる旨表明し、同年5月には、2度目の核実験の実施を発表した。これに対し、国際社会は、北朝鮮による核実験実施を強く非難し、北朝鮮に対する追加的な措置を決定する国連安保理決議第1874号を同年6月に採択したが、北朝鮮は、新たに抽出されるプルトニウムの全量を兵器化すること、ウラン濃縮作業に着手することなどを表明した。北朝鮮は、同年9月にはウラン濃縮実験が成功裏に行われ、完了段階に入ったとするとともに、同年11月には使用済み燃料棒の再処理を8月末までに成功裏に終え、抽出されたプルトニウムを武器化する上で注目すべき諸成果が収められたと発表した。このように、北朝鮮は、核開発の進展を強調する一方、米国との協議の進展状況次第で六者会合も含む多国間協議を行う可能性を示唆し、同年12月には、米国のボズワース北朝鮮政策特別代表がオバマ政権の高官としては初めて訪朝した。
 以上のような北朝鮮の核問題に対する対応は、意図的に緊張を高めることによって何らかの見返りを得ようとするいわゆる瀬戸際政策であるとの見方がある一方で、北朝鮮の最終的な目的は核兵器の保有による抑止力の確保であるとの見方もある。北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であると言われており、こうした観点を踏まえれば、これらの見方はいずれも相互に排他的なものではないとも考えられる。
 北朝鮮の核問題の解決にあたっては、日米韓が緊密な連携を図ることが重要であることは言うまでもないが、六者会合の他の参加国である中国、ロシアなどの諸国や国連、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)といった国際機関の果たす役割も重要である。

イ 核兵器計画の現状
 北朝鮮の核兵器計画の現状については、北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることもあり、その詳細についてはなお不明な点が多いが、過去の核開発の状況が解明されていないことに加え、一連の北朝鮮の言動を考えれば、北朝鮮の核兵器計画が相当に進んでいる可能性も排除できない9。また、06(同18)年につづいて、09(同21)年5月にも北朝鮮が核実験の実施を発表したことは、北朝鮮が核兵器計画をさらに進展させた可能性が十分にあることを示すものである。北朝鮮による核実験は、北朝鮮が大量破壊兵器の運搬手段となりうる弾道ミサイル能力を増強していることと併せ考えれば、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安全を著しく害するものとして断じて容認できないものである。
 なお、一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされている。しかしながら、米国、ソ連、英国、フランス、中国が60年代までにこうした技術力を獲得したとみられることを踏まえれば、北朝鮮が、比較的短期間のうちに、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至る可能性も排除できず10、関連動向に注目していく必要がある。

(2)生物・化学兵器
 北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発・保有状況については、北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることに加え、生物・化学兵器の製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易であることから、詳細については不明である。しかし、生物兵器については、87(昭和62)年に生物兵器禁止条約を批准したものの、一定の生産基盤を有しているとみられている。また、化学兵器については、化学兵器禁止条約には加入しておらず、化学剤を生産できる複数の施設を維持し、すでに相当量の化学剤などを保有しているとみられている11

(3)弾道ミサイル
 北朝鮮の弾道ミサイルについては、北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることもあり、その詳細についてはなお不明な点が多いが、北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点12などからも、弾道ミサイル開発に高い優先度を与えていると考えられる。

ア スカッド
 北朝鮮は、80年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドC13を生産・配備するとともに、これらの弾道ミサイルを中東諸国などへ輸出してきたとみられている。

イ ノドン
 北朝鮮はまた、90年代までに、ノドンなど、より長射程の弾道ミサイル開発に着手したと考えられる。配備が進んでいると考えられるノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルであると考えられる。射程は約1,300kmに達するとみられており、わが国のほぼ全域がその射程内に入る可能性がある。
 93(平成5)年に行われた日本海に向けての発射においては、ノドンが使われた可能性が高いほか、06(同18)年7月に北朝鮮南東部のキテリョン地区から発射された計6発の弾道ミサイルは、スカッドおよびノドンであったと考えられる14。また、09(同21)年7月、同地区から計7発の弾道ミサイルが発射されたと考えられるが、それらについては、それぞれスカッドまたはノドンであった可能性がある15
 ノドンの性能の詳細は確認されていないが、命中精度については、この弾道ミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられていることから、たとえば、特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高さではないと考えられる。
 なお、閉鎖的な体制のために北朝鮮の軍事活動の意図を確認することはきわめて困難であること、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることに加え、ノドンはスカッドと同様に発射台付き車両
(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載され移動して運用されると考えられることなどから、ノドンの発射については、その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。

ウ テポドン1
 北朝鮮は、射程約1,500km以上と考えられるテポドン1の開発を進めてきた。テポドン1は、ノドンを1段目、スカッドを2段目に利用した2段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、98(同10)年に発射された弾道ミサイルの基礎となったと考えられる。北朝鮮は、最近、さらに長射程のテポドン2の開発に力点を移していると考えられ、テポドン1はテポドン2を開発するための過渡的なものであった可能性もある。

エ テポドン2
 テポドン2は、新型ブースターを1段目、ノドンを2段目に利用した2段式ミサイルで、射程約6,000kmとみられている。テポドン2は、06(同18)年7月、北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から発射され、発射数十秒後に高度数kmの地点で、1段目を分離することなく空中で破損し、発射地点の近傍に墜落したと考えられる。また、09(同21)年4月、同地区からテポドン2または派生型16を利用したとみられる発射が行われた。この発射については、わが国の上空を飛び越えて、3,000km以上飛翔し、太平洋に落下したと推定されることから、06(同18)年のテポドン2の発射失敗時と比較すれば、北朝鮮が弾道ミサイルの長射程化を進展させたと考えられる。また、北朝鮮は、この発射を通じて、推進部の大型化、多段階推進装置の分離、姿勢制御などの所要の技術を検証し得たと考えられるため、将来、さらなる長射程化などの弾道ミサイル開発を一層進展させる可能性が高い。さらに、長射程の弾道ミサイル実験は、射程の短いほかの弾道ミサイルの射程距離の延伸、弾頭重量の増加や命中精度の向上にも資するものと考えられるため、この発射が、ノドンなど北朝鮮が保有するその他の弾道ミサイルの性能の向上につながる可能性が考えられる。
(図表I-2-2-2・3 参照)
 
図表I-2-2-2 北朝鮮の弾道ミサイルの射程
 
図表I-2-2-3 北朝鮮によるミサイル発射状況

 北朝鮮は、現在も、以上のような弾道ミサイルのみならず、新たに、中距離弾道ミサイル17や固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイル18の開発を行っていると考えられるほか、スカッドやノドンといった既存の弾道ミサイルについても、長射程化などの改良努力が行われている可能性に注意を払っていく必要がある。
 北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく弾道ミサイル開発が急速に進展してきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への流入の可能性が考えられる。また、ノドン本体ないし関連技術のイランやパキスタンへの移転といった、北朝鮮による弾道ミサイル本体ないし関連技術の移転・拡散の指摘や、こうした移転・拡散によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘も見られる19
 北朝鮮の弾道ミサイルについては、その開発・配備の動向のみならず、移転・拡散の観点からも懸念されており、引き続き注目していく必要がある。


 
5)ペリーノ・米ホワイトハウス報道官(当時)は、08(平成20)年4月24日、北朝鮮がシリアの秘密裏の核活動を支援していたとする声明を出した。また、10(同22)年2月のDNI「年次脅威評価」は、「北朝鮮は、07年10月の六者会合の第二段階の措置合意において、核物質、技術およびノウハウを移転しないとの約束を再確認したものの、我々は北朝鮮が再度核技術を輸出する可能性について引き続き警戒している。」と指摘している。

 
6)一般的に、液体燃料推進型のミサイルは、発射直前に時間をかけて液体燃料を注入する必要がある。これに対し、固体燃料推進方式のミサイルは、推進剤が前もって装填されていることから即時発射が可能であり発射の兆候が事前に察知されにくいこと、保管や取扱いが容易であることなどの点で、液体燃料推進方式のミサイルよりも軍事的に優れているとされる。

 
7)第2回は04(平成16)年2月に、第3回は同年6月に、第4回は05(同17)年7月から8月にかけてと9月に、第5回は同年11月、06(同18)年12月および07(同19)年2月に、第6回は同年3月と9月に開催された。

 
8)08(平成20)年6月、北朝鮮は核計画の申告を提出したが、10(同22)年5月現在、検証の具体的な枠組みに関する合意は得られていない。

 
9)10(平成22)年2月のDNI「年次脅威評価」は、「北朝鮮が核兵器を製造したかどうか不明であるが、北朝鮮はその能力を有するものと評価している。」と指摘している。プルトニウム型については、シャープ在韓米軍司令官は、同年3月の下院歳出委員会で「いくつかの核兵器に十分な量のプルトニウムを現在保有していると評価している。」と証言した。また、ウラン型については、同年2月のDNI「年次脅威評価」は、「情報コミュニティは、北朝鮮がこれまでに兵器用のウラン濃縮能力を追求してきたと引き続き高い自信で評価している。」と指摘している。

 
10)メイプルズDIA長官(当時)は、09(平成21)年3月の上院軍事委員会で「北朝鮮は、核弾頭を弾道ミサイルに成功裏に搭載できるかもしれない。」と証言した。また、10(同22)年2月に米国防省が公表した「弾道ミサイル防衛見直し」(BMDR:Ballistic Missile Defense Review)は、「われわれは、北朝鮮が安全保障戦略を今後10年間変更しない場合、北朝鮮が立証された運搬システムに核弾頭を搭載することが可能となるということを想定しなくてはならない。」と指摘している。

 
11)メイプルズDIA長官(当時)は、09(平成21)年3月の上院軍事委員会で「北朝鮮は、化学戦計画を長期間保持」してきており、「化学剤を大量に備蓄していると信じる。」、また、「北朝鮮は、生物戦用薬剤の生産を支援できる生物戦計画を長期間保持していると信じられている。」と証言した。韓国の「2008国防白書」は、「約2,500〜5,000トンの化学作用剤を分散して施設に貯蔵しており、炭疽菌、天然痘、コレラなどの生物兵器を自力で培養して生産できる能力を保有しているものと推定される。」と指摘している。

 
12)北朝鮮は自ら、「外貨稼ぎを目的」に弾道ミサイルを輸出していると認めている。(98(平成10)年6月16日「朝鮮中央通信」論評、02(同4)年12月13日北朝鮮外務省報道官談話)

 
13)スカッドBおよびスカッドCの射程は、それぞれ約300km、約500kmとみられている。

 
14)北朝鮮が99(平成11)年以降表明してきた弾道ミサイル発射凍結を完全に放棄して06(同18)年7月に発射した計7発の弾道ミサイルのうち、3発目については北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から発射されたテポドン2であったと考えられる。その他のスカッドおよびノドンの発射については、たとえば、夜明け前から発射を開始したこと、短時間のうちに異なる種類の弾道ミサイルを連続して発射したと考えられること、発射台付き車両(TEL)を運用して発射したと考えられること、射程の異なる弾道ミサイルを一定の範囲に着弾させたと考えられることなど、より実戦的な特徴を有しており、北朝鮮が弾道ミサイル運用能力を向上させてきたことがうかがえる。

 
15)発射された計7発の弾道ミサイルは、いずれも09(平成21)年6月22日に北朝鮮より連絡を受け、海上保安庁が航行警報を発出した軍事射撃訓練区域(1)北緯39度9分 東経127度37分、2)北緯41度12分 東経129度50分、3)北緯41度30分 東経131度59分、4)北緯41度15分 東経132度6分および5)北緯38度55分 東経128度2分、で囲まれる区域)内に落下したのではないかと推測される。

 
16)たとえば、2段式のミサイルの弾頭部に推進装置を取り付けて、3段式としたもの。

 
17)シャープ在韓米軍司令官は、09(平成21)年3月の上院軍事委員会で「北朝鮮は現在、沖縄やグアム、アラスカを攻撃することが可能な新型の中距離弾道ミサイルを配備しつつある。」と証言した。10(同22)年2月の米国防省「BMDR報告書」は、「移動式の中距離弾道ミサイルが(北朝鮮によって)開発中である。」と指摘している。また、韓国の「2008国防白書」は、「90年代末からは、射程3,000km以上の新型中距離ミサイル(IRBM:Intermediate Range Ballistic Missile)の開発に着手し、最近、作戦配備した。」と指摘している。

 
18)ベル在韓米軍司令官(当時)は、07(平成19)年3月の下院軍事委員会で「北朝鮮は、新型で固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルを開発中である。最近では、06(同18)年3月、このミサイルを成功裏に試験発射した。一旦運用可能状態になれば、このミサイルは現行のシステムに比し、より機動的かつ急速展開が可能で、一層短い準備期間での発射が可能となるだろう。」と証言した。また、10(同22)年2月の米国防省「BMDR報告書」は、「北朝鮮は、先進的な固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルを開発してきている。」と指摘している。

 
19)10(平成22)年2月のDNI「年次脅威評価」は、「北朝鮮が弾道ミサイルや関連物資をイランやパキスタンを含む複数の国家に輸出していることは、北朝鮮の拡散活動の範囲を示すものである。」と指摘している。また、輸出先であるイランやパキスタンで試験を行い、その結果を利用しているといった指摘もある。


 

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