5 軍事態勢見直し
今回のQDRは、世界的に展開する米軍の態勢を決めるにあたっては、地域の政治情勢や安全保障環境を踏まえた協調的なアプローチが必要だとしている。その上で、将来の米軍の態勢を決める際には、1)前方配置やローテーション展開される米軍部隊は引き続き有効であり必要であること、2)国外における恒久的プレゼンスの必要性と緊急事態などに対応する柔軟な能力の必要性の間のバランスをとること、3)進行中の作戦支援のために戦場にアクセスすることの必要性と輸送ルートが分断されてしまうリスクの間のバランスをとること、4)米国の防衛態勢が安定化効果を生み出し、受入れ国に歓迎される必要があること、5)米国の防衛態勢は、継続的に戦略環境の変化に適応していくこと、という原則を踏まえる必要があるとしている。
今回のQDRはさらに、今後5年間においてグローバルな防衛態勢を適応させ、発展させていく際には、次の四つの点を重視するとしている。
1) ヨーロッパにおけるミサイル防衛能力の発展などを通してヨーロッパと北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)への関与を再確認する。
2) アジア太平洋地域の平和と安全を確保するため、同盟国及び重要なパートナー国と協力する。
3) 中東、アフリカ、中央・南アジアにおいて戦略的な防衛態勢を発展させていく際には、現在行っている作戦、危機への即応及び紛争の予防・抑止の活動の間でバランスをとる。
4) 重要な地域や国家において、パートナーの能力構築を支援する。
米国は、このような米軍の態勢見直しとして、欧州において、より機動力があり、柔軟で、即応体制が整った軍の前方態勢を構築してきた。今回のQDRは、ヨーロッパにおいて強固な米軍のプレゼンスを維持することは、1)同盟国やパートナー国への政治的な威嚇の抑止、2)エーゲ海、バルカン半島、コーカサス、黒海地域における安定の促進、3)NATO同盟国への米国の関与の明示、4)受入れ国における信頼と友好の構築、5)ヨーロッパ大陸内外における相互の安全保障上の利益を支援するための多国間作戦の促進に役立つとしている。その上で、ヨーロッパ大陸において四つの旅団戦闘チームと一つの陸軍軍団司令部を維持するとともに、ミサイル防衛システムの展開や海軍の前方展開プレゼンスの強化を開始するとしている。
アジア太平洋について、今回のQDRは、この地域における米国の基地やインフラがまばらであることから、前方に展開・駐在している米軍部隊を重視するとし、また、相互の安全保障の利益を増進し、地域における持続可能な平和と安全を確保するため、アジア太平洋地域の同盟国とパートナー国を維持・強化していくこととしている。具体的には、次のような方針を打ち出している。
1) 日本及び韓国に対する拡大抑止の提供などを通して、地域の安定を維持し同盟国の安全保障を確保するため、必要となる軍事プレゼンスを適応させていく努力を継続する。地域における抑止と緊急即応能力を強化するとともに、人道的危機や自然災害を含む各種緊急事態により効果的に対処するための能力を構築する。
2) 在日米軍の長期的プレゼンスを確保し、グアムを地域における安全保障に係る活動のハブにする二国間のロードマップ合意の実施に向けて、日本とともに引き続き取り組む。
3) 朝鮮半島において、より適応力があり、柔軟な戦力態勢を発展させ、米韓同盟の抑止・防衛能力を強化する。12(同24)年に戦時作戦統制権を韓国に移管する。
4) 増大するアクセス拒否能力およびエリア拒否能力に対応して米国や同盟国等の国益を守るため、米軍と施設の強靭性を向上させる。海洋の安全のための多国間協力、海・空・宇宙・サイバー空間へのアクセス確保のための努力を支える前方展開プレゼンスを強化する機会を追求する。
5) 西太平洋地域において、特に人道支援、災害支援および海洋の安全といった分野における共同訓練のさらなる機会を追求する。
中東について、今回のQDRは、米国はイラクとアフガニスタンの戦争における当面の作戦能力に必要な防衛態勢を優先させてきたが、これからは中長期的に米国、同盟国、パートナー国に役立つような戦略的な態勢に焦点をあてなおす必要があるとしている。また、大規模かつ長期にわたる米軍のプレゼンスに対してこの地域が過敏であることを踏まえつつ、相互の安全保障関係に対する米国の長期的な関与をパートナー国に保証するため、また攻撃を抑止するために、防衛態勢を再形成するとしている。米国はまた、防衛力と防衛態勢のネットワークを強化し、地域の安定と安全を増進するための地域安全保障に係る取組を支援するとしている。
アフリカにおいては、米国は08(同20)年10月、従来欧州軍、中央軍および太平洋軍が区域分担していたアフリカ地域を管轄する新たな統合軍「アフリカ軍」(司令部:ドイツ)の本格運用を開始した。アフリカ軍は、平和維持にかかる訓練など軍事的な支援を行うことにより、アフリカ諸国が同地域の紛争に対処する能力を高めることを志向した統合軍であり、その設置目的は、アフリカの指導者が同地域の問題に対処することを支援することとしている
6。また、今回のQDRは、米国はアフリカにおいて限られた展開兵力のプレゼンスを維持することで、パートナー国の治安能力の構築を支援することとしている。
南北アメリカ大陸について、今回のQDRは、米軍による強力な前方展開は必要ないものの、限られた軍事プレゼンスを維持しつつ、地域の国々との関係を向上させていくこととしている。また、テロリストからの攻撃や自然災害といったリスクを低減するために、米海軍は東海岸の空母1隻の母港をフロリダのメイポートに移すとしている。
今回のQDRで示された世界的な規模での米軍の態勢の見直しについての考え方がどのように実施に移されていくのか、今後とも注目していく必要がある。