第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 イラク情勢

 イラクでは、イラク自身や米国などによる治安回復へ向けた努力もあり、07(同19)年後半からは、イラク国民などに対する攻撃の発生件数およびテロなどによる犠牲者数が減少するなど、治安は改善してきており5、08(同20)年後半から09(同21)年にかけての米軍以外のイラク駐留多国籍軍参加部隊の撤収後も、このような傾向は基本的に継続しているものとみられる6
 他方、こうした治安の改善は依然として脆弱なものであり、治安情勢については、停滞または悪化しうるとの指摘がある7。また、周辺国からの影響も指摘されており、イランに関しては、イラク国内の民兵組織に対する武器や訓練の支援を行ってきているとの指摘がある。また、シリアに関しては、イラクへのテロリストなどの主要な流入経路となっているとの指摘がある8
 イラク情勢の安定のために、治安対策のみならず、イラク政府による自発的な国民融和促進のための政治的取組が進められている。08(同20)年、イラク国民議会は、03(同15)年以降に公職を追放された旧バアス党員などの公職復帰を可能とする「責任と公正」法案、一般恩赦法案や地方自治法案などの重要法案を採択し、08(同20)年7月には、07(同19)年8月に政権を離脱したイラク合意戦線(タワーフク)が政権に復帰した。また、09(同21)年には、イラク憲法制定後初の地方議会選挙、10(同22)年3月には2回目の国民議会選挙が行われるなど、イラクの国民融和達成に向けた政治プロセスに一定の進展がみられた。
 一方で、キルクークなどの係争地の帰属などが未解決であり、また、石油・ガス法案はいまだ採択されていないなど依然として課題が多い。
 イラク駐留多国籍軍について、国連安保理決議第1790号によるマンデートの期限である08(同20)年末までに、多くの派遣国が部隊を撤収した。09(同21)年の年明け以降は、米国、英国、オーストラリアなど一部の国がイラクとの協定を基に部隊を駐留させていたが、米国以外の派遣国は、協定に基づいて09(同21)年7月末までに多国籍軍に拠出していた部隊を撤収させた9。米国も協定に基づき、09(同21)年6月末までに都市部から戦闘部隊を撤収させている10。オバマ米大統領は、10(同22)年8月末までに戦闘任務を終了し、11(同23)年末までに協定に基づいて全ての部隊を撤収させるとしている。


 
5)こうした治安改善の要因としては、多国籍軍やイラク治安部隊による効果的な対テロ作戦、イラク治安部隊の増強、イラク国民による暴力と過激主義の拒絶などが挙げられている。(米国防省の議会報告「イラクの安定および治安の評価」(09(平成21)年3月))

 
6)10(平成22)年1月、イラク駐留米軍は、イラクの自由作戦開始以降はじめて、09(同21)年12月は戦闘による米軍の死者を出さなかったと発表した。

 
7)同上およびDNI「年次脅威評価」(10(平成22)年2月)

 
8)DNI「年次脅威評価」(10(平成22)年2月)

 
9)10(平成22)年1月、イラク駐留多国籍軍はイラク駐留米軍に改編された。

 
10)これにともない、治安権限が移譲されていなかった残りの5県(バグダッド、キルクーク、ニナワ、サラハッディーンおよびディヤーラー)についても、治安権限がイラク当局に移譲された。


 

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