第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第3節 サイバー戦をめぐる動向

1 サイバー空間と安全保障

 近年のIT革命により、インターネットなどの情報通信ネットワークは人々の生活のあらゆる側面において必要不可欠なものになりつつある。他方、情報通信ネットワーク、特に生活インフラの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃は人々の生活に深刻な影響をもたらしうるものであり、サイバーセキュリティは各国にとっての安全保障上の重要な課題の一つとなっている。
 サイバー攻撃の種類としては、情報通信ネットワークへの不正アクセスによる情報の改ざんや窃取、大量のデータの同時送信による情報通信ネットワークの機能阻害などがあげられるが、インターネット関連のテクノロジーは日進月歩であり、サイバー攻撃も日に日に高度化、複雑化している。サイバー攻撃の特徴としては、以下のようなものがあげられる。
1) 物理的に人や物を損傷することなく、また実際に接触することなく攻撃を行うことができる。
2) 重要な情報通信ネットワークに障害を発生させることができれば、甚大な被害を与えることができる。
3) 地理的・時間的な制約がないことから、いつでもどこからでも攻撃を行うことができる。
4) 攻撃主体自らの関与が特定されないように、コンピュータウイルスによって乗っ取った無数のコンピュータを経由するなどの各種の手段をとることから、直接的な根拠をもとに攻撃主体を特定することが困難である。
 軍隊にとって情報通信は、指揮中枢から末端部隊に至る指揮統制のための基盤であり、IT革命によって情報通信ネットワークへの軍隊の依存度が一層増大している。このような情報通信ネットワークへの軍隊の依存を受け、サイバー攻撃が敵の軍隊の弱点につけこみつつ敵の強みを低減できる非対称的な戦略として位置づけられつつあるほか、情報収集目的のために敵の情報通信ネットワークへの侵入が行われているとの指摘がある1
 このような状況のもと、諸外国の軍隊などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発している2。近年では、06(同18)年のイスラエルとヒズボラの軍事紛争および08(同20)年のイスラエルとハマスの軍事紛争においては、サイバー攻撃の応酬が発生したとされている。また、08(同20)年8月にグルジア紛争が勃発した際、グルジアの大統領府、国防省、メディア、銀行などのウェブサイトが大規模なサイバー攻撃を受けた。これらのサイバー攻撃はグルジア軍の活動には大きな影響を及ぼさなかったが、紛争についてのグルジア政府の公式見解を示したウェブサイトを閲覧できなくなったほか、政府の機能の一部が阻害されたと考えられている3。さらに、09(同21)年7月には米国および韓国の国防省を含む政府機関などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が発生した4


 
1)米国国防情報局(DIA:Defense Intelligence Agency)「年次脅威評価」(09(平成21)年3月)。また、米国議会の超党派諮問機関である米中経済安全保障再検討委員会の年次報告書(09(同21)年11月)では、中国人民解放軍は情報化条件下の局地戦に勝利するために、敵の情報システムに対する攻撃を重視しているとされている。

 
2)米中経済安全保障再検討委員会の議会への年次報告書(09(平成21)年11月)では、08(同20)年には米国防省に対する悪意あるサイバー活動が合計54,640件発生し、その数は近年急増しているとされている。

 
3)米国国家情報長官(DNI)「年次脅威評価」(09(平成21)年2月)。同報告書はまた、ロシアと中国を含む多くの国々が米国の情報インフラをサイバー攻撃によって混乱させる能力を有していると評価している。

 
4)マレン統合参謀本部議長の演説(09(平成21)年7月8日)およびリン国防副長官の演説(09(同21)年10月1日)。


 

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