第2節 国際テロリズムの動向
1 全般
01(同13)年の9.11テロは、国際テロの脅威を全世界に改めて認識させ、米国をはじめとする各国によるテロとの闘いが始まる契機となった。
テロ発生直後に開始された米英軍主導のアフガニスタン攻撃などにより、9.11テロを主導したとされるアルカイダやそれを匿ったタリバーンは、指導部の多くが殺害または拘束された。しかしながら、ウサマ・ビン・ラーディンやムラー・ムハンマド・オマルなどの指導者や残党は、アフガニスタン・パキスタン国境地域に潜伏しているとみられており
1、米国主導の多国籍軍、アフガニスタン国軍およびパキスタン軍などによる掃討作戦が続いている。
現在、アルカイダは依然として米国本土を攻撃する意図を有しており、テロ実行要員をリクルートし、訓練するとともに、展開させる能力を保持しているとみられている
2。一方、主要指揮官を失ったことなどから、大規模攻撃を成功させることはできなくなったとの指摘もある
3。
アルカイダとその関連組織の関係については、アルカイダのかかげるイスラム過激思想が世界規模で拡散している一方、アルカイダ中枢の指揮統制力は減退しつつあるとみられる。アルカイダ中枢、アルカイダ関連組織およびアルカイダの影響を受けた組織・個人などの間には、明確な指揮統制などの関係はなく、緩やかなネットワークを構築しているものとみられる。
「アルカイダ」を名称の一部に取り入れた関連組織は、主に北アフリカや中東を拠点としてテロを実行している
4が、これら関連組織は単一の組織形態をとらず、アルカイダ中枢による統制の程度は組織ごとに大きく異なっているとされる
5。
また、近年、アルカイダネットワークとの交流は一切ないものの、アルカイダの思想を受け入れる急進的な個人やグループがテロ実行主体となる例が見られる
6。例えば、04(同16)年3月にスペインで発生したマドリード列車爆破テロ事件の実行グループは、アルカイダの思想に影響を受けていたが、これらのグループとアルカイダとの直接の関係を示す十分な証拠はないとされている
7。
特に、05(同17)年に発生したロンドン地下鉄等同時多発テロ以降、いわゆる「ホームグローン・テロリスト」
8に注目が集まっている。例えば、米国人ムスリムのうち過激な活動に参加する者については、外交政策への不満、疎外感、汎イスラム主義およびインターネットなどを通じた有害な過激プロパガンダへのアクセスなど、個人のおかれた環境や外的要因などが複合的に関係して動機付けられているとされている
9。
1)英国政府「国際テロリズムに対抗するための英国戦略」(09(平成21)年3月)などは、アルカイダの指導者層がパキスタン国境の連邦直轄部族地域(FATA:Federally Administered Tribal Areas)に潜伏していると指摘している。一方、ゲイツ米国防長官は、ウサマ・ビン・ラーディンの行方については不明であり、これについて何年も信頼できる情報を得ていない旨の発言をしている(09(同21)年12月5日米ABCテレビでの発言)。
2)DNI「年次脅威評価」(10(平成22)年2月)。
3)米上院外交委員会報告書「イエメンおよびソマリアにおけるアルカイダ」(10(平成22)年1月21日)。
4)米国「2008年版国別テロリスト報告書」(09(平成21)年4月)。
09(同21)年1月、「イエメンのアルカイダ(AQY:Al-Qaeda in Yemen)」と「アラビア半島のアルカイダ(AQAP:Al-Qaeda in Arabian Peninsula)」を統合し、「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」とする旨の声明がウェブサイトに掲示された。
5)英国「国際テロリズムに対抗するための英国戦略」(09(平成21)年3月)。
6)米上院外交委員会報告書「イエメンおよびソマリアにおけるアルカイダ」(10(平成22)年1月21日)。
7)マドリード列車爆破テロ事件の第1審判決(07(平成19)年10月31日)。
8)必ずしも明確な定義はないものの、一般的には、欧米諸国におけるイスラム圏からの移民2世・3世または自国民のうちイスラム教へ改宗した者で、アルカイダの掲げるイスラム過激思想に感化され、テロリストとなった者を指すことが多い。
9)DNI「年次脅威評価」(10(平成22)年2月)。