第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

5 イランの核問題

 イランは、NPTのもとでの原子力の平和的利用を掲げ、70年代以降海外からの協力による原子力発電所建設計画を進めてきたが、02(同14)年、大規模ウラン濃縮施設などの秘密裏の建設が反体制派組織により公表され、IAEAの調査を通じて、イランが長期間にわたり、IAEAに申告することなく核兵器の開発につながりうるウラン濃縮などの活動を行っていたことが明らかとなり、05(同17)年9月には、IAEA理事会がイランの保障措置協定違反を認定した。
 国際社会は、核兵器開発の意図はなく、すべての核活動は平和的目的であるとのイランの主張に確証が得られないとして強い懸念を表明し、累次の国連安保理決議およびIAEA理事会決議の中で、イランがすべての濃縮関連・再処理活動の停止などを行うことを要求している。
 イランは、問題解決に向けて行動する英仏独3か国(EU3)との04(同16)年11月の合意(パリ合意)により、濃縮関連活動を停止したが、05(同17)年8月、ウラン濃縮の前段階にあたるウラン転換活動を再開し、06(同18)年2月にはウラン濃縮活動を再開した。これに対し、IAEA特別理事会は、本問題を国連安保理に報告することなどを内容とする決議を採択し、また、国連安保理は、同年3月にイランに対しウラン濃縮関連・再処理活動の停止などを求める議長声明を採択した。その後、同年6月、EU3と米中露6か国(EU3+3)との合意により、イランが国際社会の懸念を十分に払拭した場合に行いうる協力を含む包括的提案が示されたが1、イランは核関連活動を継続した。イランによるこうした対応を受け、同年7月、国連安保理は、決議第1696号を採択し、イランに対しすべてのウラン濃縮関連・再処理活動の停止を義務づけたほか、その後、一連の決議2を採択し、国連憲章第7章第41条に基づくより厳しい制裁措置を課した3
 09(同21)年9月、IAEAは、イランから新たなウラン濃縮施設の建設に関する通知があったことを公表した4。米国は、同施設について、その規模および形状から平和的利用には適していないと評価している5。また、イランは、同年11月には10箇所の新たな核施設の建設を決定したほか、10(同22)年2月には、ウラン濃度を5%以下から約20%6に高めるための濃縮を開始し、うち一部が完了したことを発表した。こうしたイランの核開発活動に関し、IAEAは、ミサイル弾頭開発と関連している可能性があると懸念するとともに、平和目的であるとの確証が得られないと指摘している。また、国連安保理では、国連安保理決議に違反してウラン濃縮を続けるイランに対し、同年6月、追加制裁を科す国連安保理決議第1929号7が採択されるなど、現在に至るまでイランの核問題は解決していない。同問題に対して、国連安保理などの国際社会は、引き続き交渉を通じた平和的・外交的解決を追求している。


 
1)イランに対し、軽水炉への燃料供給を保証するなどの民生用原子力計画への支援、民間航空機の対イラン輸出に関する協力、および世界貿易機関(WTO:World Trade Organization)への加盟支持などを行う代わりに濃縮関連・再処理活動の停止を迫るもの。

 
2)06(平成18)年12月採択の国連安保理決議第1737号(イランの濃縮関連、再処理、重水関連活動および核兵器運搬システムの開発に寄与しうる全ての物資・技術などのイランへの供給、売却、移転の防止や、拡散上機微な核活動および核兵器運搬システムの開発に関連する個人・団体の資産凍結の義務付けなど)、07(同19)年3月採択の国連安保理決議第1747号(上記の措置に加え、資産凍結の対象となる個人・団体の追加、イランからの武器および関連物資の調達の禁止の義務づけ、イランに対する戦車、戦闘機、ミサイルなどの供給、売却、移転の監視、抑制の要請など)、08(同20)年3月採択の国連安保理決議第1803号(上記の措置に加え、資産凍結の対象となる個人・団体の追加、イランの拡散上機微な核活動に関与しているなどとして指定された個人の入国防止の義務づけなど)。また、08(同20)年9月には、これらの決議の遵守などを呼びかける国連安保理決議第1835号が採択されている。

 
3)米国は「イラン政府の指示の下で軍部が核兵器開発を行っていたが、03(平成15)年秋、同開発を停止した。しかし、イランは少なくとも核兵器を開発する選択肢を維持し続けている。」との評価を公表している(米国国家情報会議「国家情報評価」(07(同19)年12月)、DNI「年次脅威評価」(10(同22)年2月))。

 
4)イランは当初同施設を秘密にする意図を持っていたが、この秘密性が損なわれたことから、秘密施設としての同施設の価値がなくなり通知を行ったものと米国は指摘している。米政府高官によるイランの核施設に関する背景説明(09(平成21)年9月)。

 
5)同上ならびに米国大統領、フランス大統領および英国首相によるイランの核施設に関する声明(09(平成21)年9月)。

 
6)10(平成22)年2月のIAEA報告によれば、イランはIAEAに対し、「20%未満(less than 20%)の濃縮ウラン」生産を行うことを通知するとともに、ウラン濃縮試験施設で同年2月9日から11日の間にウラン235を19.8%にまで濃縮したことを示す結果をIAEAに提出した。ウラン235の濃度が20%以上のものは高濃縮ウランとされており、一般的には研究目的で使用されている。また、兵器に用いる場合は、同90%以上が一般的とされている。

 
7)上記2)の決議による措置に加え、イランに対する戦車、戦闘機、ミサイルシステムなどの供給、売却、移転の防止、入国防止や資産凍結の対象に革命防衛隊に関連する団体などを含む個人・団体の追加、核兵器を運搬可能な弾道ミサイル関連活動(弾道ミサイル技術を用いた発射を含む)の禁止、イランへの供給、売却、移転および輸出が禁じられている品目を積載すると信じるに足る合理的な根拠が示された情報がある場合、旗国の同意を得た上で当該船舶・航空機への公海上での検査を要請、拡散上機微な核活動および核兵器運搬システムの開発に関係すると信じるに足る合理的な根拠が示された情報がある場合、イランの銀行の支店開設などを防止することなどを内容としている。


 

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