第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 わが国周辺の安全保障環境

 アジア太平洋地域では、中国やインドなど、急速な経済発展を遂げている国がみられ、経済面を中心として、この地域への世界的な関心が高まるとともに、域内各国間の連携・協力関係の充実・強化が図られてきている。他方で、この地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、冷戦終結後も各国・地域の対立の構図が残り、さらには、安全保障観、脅威認識も各国によってさまざまであることなどから、冷戦終結に伴い欧州地域でみられたような安全保障環境の大きな変化はみられず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。
 朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙(たいじ)する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南沙(なんさ)群島をめぐる領有権の問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。
 北朝鮮の核・弾道ミサイルの問題は、より深刻なものとなっており、06(平成18)年の弾道ミサイル発射と核実験の実施発表は、わが国のみならず国際社会の平和と安全に対する重大な脅威と認識された。このような北朝鮮による行動に対し、国際社会は、安保理決議第1695号および第1718号を採択するなどして、北朝鮮に対する制裁措置を行う一方で、核問題については、六者会合において朝鮮半島の非核化のための協議を行ってきたものの、寧辺の核施設の無能力化が完了しない状況が続いた。本年4月5日には、北朝鮮によるミサイル発射1が行われ、これを受け、安保理は、当該発射を安保理決議第1718号違反として非難するとともに更なる発射を行わないよう要求する旨の議長声明を発出した。これに対して、北朝鮮は、六者会合への不参加、使用済燃料棒の再処理作業の再開のほか、安保理が謝罪しない場合には、核実験や大陸間弾道ミサイル発射実験を含む措置を講ずる旨表明し、本年5月25日、2度目の核実験の実施を発表した。これに対し、国際社会は、6月13日、北朝鮮による核実験実施を強く非難し、北朝鮮に対する追加的な措置を決定する安保理決議第1874号を採択したが、北朝鮮は、新たに抽出されるプルトニウムの全量を兵器化すること、ウラン濃縮作業に着手することなどを表明した。今後の北朝鮮側の動向については、金正日国防委員会委員長の健康問題や後継問題などが体制に与える影響も考慮しつつ、引き続き注視していく必要がある。また、北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の国民の生命と安全に大きな脅威をもたらす重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。
 この地域の多くの国は、経済成長を背景として、国防費の増額や新装備の導入など軍事力の拡充・近代化を行っている。
 特に、今日、政治的・経済的に地域の大国として重要な影響力を持つ中国は、各国がその動向に注目する存在になっている。中国は、継続する高い国防費の伸びを背景に軍事力のさらなる近代化を推進しているが、その現状や将来像が明確にされていないため、中国の軍事力が地域情勢やわが国の安全保障にいかなる影響を与えていくのかが懸念されるところである。さらに、中国の安全保障や軍事に関する意思決定プロセスについて、透明性が十分に確保されていないことにより各国が不信感や誤解を抱く可能性が指摘されている。これらのことから、中国の軍事に関する透明性の一層の向上が求められており、中国との間で対話や交流を促進し、相互理解と信頼関係を一層強化していくことが重要な課題となっている。また、最近では、複数の軍高官が空母の保有に肯定的な発言を行っているほか、わが国周辺における海洋活動を活発化させており、わが国として注視すべき事象が生じている。
 ロシアは、プーチン前政権の下で「強い国家」として国際社会への復帰を果たし、メドベージェフ大統領の下、これまでの経済発展を背景に、国力に応じた軍事態勢の整備を行うとしている。昨年のグルジアとの紛争により、ロシアと米欧との関係は悪化したが、引き続き、ロシアと米欧との間では一定の対抗と協力の関係が継続するとみられる。また、最近では、練度の向上と外洋プレゼンスの誇示のためとみられる、軍、特に海・空軍によるグローバルな展開がみられる。極東においても、引き続き、ロシア軍の艦艇および航空機が練度の回復を図る中にあって活発な動きをみせている。
(図表I-0-0-1 参照)
 
図表I-0-0-1 アジア太平洋地域における主な兵力の状況(概数)

 以上のように、今なお不透明・不確実な要素が残されているアジア太平洋地域においては、地域の安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国をはじめ各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留するなどしている。
 また、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。わが国も東南アジア諸国との次官級の防衛当局高級事務レベル会合を本年3月に初めて開催したが、地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。


 
1)政府は、4月5日の北朝鮮による発射が国連安保理決議に違反する弾道ミサイル計画に関連する活動であるなどとして、当該発射を「北朝鮮によるミサイル発射」と呼称することとした。


 

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