第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 地域紛争の現状

 イスラエルとパレスチナの間では、93(平成5)年のオスロ合意を通じて、本格的な交渉による和平プロセスが開始されたが、00(同12)年以降に始まったインティファーダ(民衆蜂起)が双方の暴力の応酬に発展し、交渉が中断した。03(同15)年に、イスラエル・パレスチナ双方が、二国家の平和共存を柱とする和平構想実現までの道筋を示す「ロードマップ」を受け入れたが、その履行は進んでいない。パレスチナにおいては、06(同18)年3月、イスラエルを承認せず対イスラエル武装闘争継続を標榜する、イスラム原理主義組織ハマス主導の自治政府内閣が成立した。その後、パレスチナ解放機構(PLO:Palestine Liberation Organization)主流派のファタハとハマスの間での抗争が激化し、07(同19)年6月、ハマスはガザ地区を制圧した。これを受け、アッバース大統領が自治区全域に緊急事態を宣言し、非ハマス系閣僚からなる緊急内閣が成立したが、ガザ地区においてハマスによる事実上の支配が継続するなど、政治的混乱が続いている。同年11月には、米国主催のアナポリス中東和平国際会議が開催され、イスラエルとパレスチナが昨年末までに両者間の和平条約を締結すべく努力することに合意したが、現時点で和平条約の締結には至っておらず、昨年末から本年初めにかけて、ガザ地区からのイスラエルに対するロケット攻撃を受けて、イスラエル軍が同地区に対して空爆や地上部隊の投入などの軍事行動を行った。
 イスラエルとシリア、レバノンとの間では、いまだに平和条約が締結されていない1。イスラエルとシリアの間には、第三次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原の返還などをめぐる立場の相違があり、ゴラン高原には、イスラエル・シリア間の停戦および両軍の兵力引き離しに関する履行状況を監視する国連兵力引き離し監視隊(UNDOF:United Nations Disengagement Observer Force)が展開している。
 イスラエルとレバノンの間では、06(同18)年のイスラエルとイスラム教シーア派組織ヒズボラとの紛争後、規模を拡大した国連レバノン暫定隊(UNIFIL:United Nations Interim Force in Lebanon)が展開し、両国間では目立った衝突は発生していないが、レバノン国内では、07(同19)年11月から昨年5月まで大統領の選出ができないなど政治的に不安定な状況が継続していたほか、ヒズボラが再び戦力を増強しているとの指摘もある。
 ネパールでは、96(同8)年以来、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)による武装闘争により多数の死傷者が発生していた。06(同18)年4月、民主化運動により新政府が誕生し、同年11月には、同政府とマオイストとの間で包括和平合意が署名された。同協定を受けて、安保理決議第1740号に基づき、国連ネパール政治ミッション(UNMIN:United Nations Mission in Nepal)が展開し、武器および兵士の管理状況を監視するなどしている。
 なお、昨年4月には、制憲議会選挙が行われ、マオイストが最大議席を獲得し、8月には同派を中心とする連立政権が成立したが、和平プロセスをめぐって政党間の対立が続いた。本年5月にはマオイストは野党に下り、共産党UML(Unified Marxist-Leninist)を中心とする連立政権が誕生したが、和平プロセスの進展に向けての課題が山積している。
 スーダンでは、83(昭和58)年から、北部のアラブ系イスラム教徒を主体とする政府と、南部のアフリカ系キリスト教徒主体の反政府勢力との間の南北内戦が、20年以上継続した。05(平成17)年に南北包括和平合意(CPA:Comprehensive Peace Agreement)が成立したことを受け、安保理決議第1590号により設立された国連スーダン・ミッション(UNMIS:United Nations Mission in Sudan)が展開、CPAの履行支援のための停戦監視などを開始した。現在、11(同23)年に予定されている南部の独立を問う住民投票へ向けた準備、兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR:Disarmament, Demobilization and Reintegration)の実施、南北境界線の画定などの課題が依然として存在している。
 同国西部のダルフール地方では、03(同15)年から、アラブ系の政府とアフリカ系反政府勢力の間で紛争が激化した。大量の国内避難民の発生などもあり、国連をはじめとする国際社会はダルフール問題を深刻な人道危機として扱っている。04(同16)年の停戦合意ののち、アフリカ連合(AU:African Union)が停戦監視団(AMIS)を派遣したが、紛争の停止には至らなかった。06(同18)年5月に政府と主要な反政府勢力の一部の間でダルフール和平合意(DPA:Darfur Peace Agreement)が成立したことを受け、07(同19)年7月、安保理はダルフール国連・AU合同ミッション(UNAMID:AU/UN Hybrid Operation in Darfur)の創設を決定する決議第1769号を採択した。しかし、DPAへの参加を拒否している反政府勢力が存在するほか、UNAMID部隊の展開はいまだ不十分であり、UNAMID要員に対する襲撃が発生するなど、不安定な状況が続いている。
 また、本年3月、国際刑事裁判所(ICC:International Criminal Court)が、バシール・スーダン大統領に対して、ダルフール紛争における人道に対する犯罪および戦争犯罪の容疑で逮捕状を発付した。これに対するスーダン政府の対応や、和平プロセス、平和維持部隊などへの影響が注目されている。
 ソマリアでは、91(同3)年以降、無政府状態が継続した後、05(同17)年に「暫定連邦政府」(TFG:Transitional Federal Government)が発足したが、これと対立するイスラム原理主義組織「イスラム法廷連合」(UIC:Union of Islamic Courts)などとの間で戦闘が激化した。06(同18)年12月、エチオピア軍がTFGを支援して軍事介入し、UICを駆逐した。翌07(同19)年1月、AUソマリア平和維持部隊(AMISOM:African Union Mission in Somalia)が創設され、また、昨年8月には、ジブチにおいて、UICなどが結成した「ソマリア再解放連盟」(ARS:Alliance for the Re-Liberation of Somalia)とTFGとの間で、和平合意が締結された。本年1月、ARS指導者のシェイク・シャリフがTFGの新大統領に選出され、和平合意の条件であったエチオピア軍のソマリア国内からの撤退も完了した。しかし、TFGの支配地域は、首都モガディシュの一部にとどまっており、全土を掌握していないことなどから、治安回復の見通しは立たず、新興イスラム武装勢力「アル・シャバーブ」などがTFGとの戦闘を継続するなど、情勢は予断を許さない。
 同国周辺海域では、昨年、海賊・武装強盗事案が急増した2。安保理は、昨年夏以降4度3にわたり、各国に海賊対策のための艦船の派遣などを要請する決議を採択した。このような状況の中、現在、各国がソマリア周辺海域に艦船などを派遣し、海賊対策活動を行っている。



 
1)イスラエルは、79(昭和54)年にエジプトと、94(平成6)年にはヨルダンと平和条約を締結した。

 
2)国際海事局(IMB:International Maritime Bureau)によれば、92件がアデン湾で発生し、19件がインド洋のソマリア沿岸で発生した。

 
3)決議第1816号(08(平成20)年6月採択)、第1838号(同年10月採択)、第1846号(同年12月採択)および第1851号(同月採択)


 

前の項目に戻る     次の項目に進む