第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 


 
概観


1 全般


 今日の国際社会においては、ある国で生じた安全保障上の問題や地域の不安定要素が国境を越え世界中に広がり、他の国々に波及する可能性が高まっている。このような中、各国にとっては、より安定した国際安全保障環境を構築することで世界や地域の平和、安定と繁栄を確保していくことが共通した利益となっており、国際社会が直面する問題の解決に利益を共有している国家同士が協力して取り組むことがますます重要になっている。
 今日の安全保障環境においては、国際テロ組織などの非国家主体による活動が重大な脅威となっており、世界各地でテロが継続している。
 米国をはじめとする各国による「テロとの闘い」については、これまでにさまざまな成果を収めているものの、米国が最前線と位置づけるイラクやアフガニスタンにおいては、厳しい状況への対応が続き、海外展開可能兵力の逼迫(ひっぱく)が大きな課題となっている。これを踏まえ、米国は軍の能力拡大や展開部隊と兵の負担軽減のため陸軍と海兵隊の増員を議会に求めている。また、アフガニスタンでは、昨今のタリバーンなどの活動の活発化を受けて、国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)の態勢強化が必要となっている一方、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)加盟国の間で、派遣の負担をめぐる問題が指摘されている。
 テロとともに、核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器およびそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散問題が、引き続き、国際社会にとっての大きな脅威となっている。北朝鮮の核問題やミサイル問題は、未だに解決せず、わが国の安全保障に深刻な影響を及ぼすのみならず、大量破壊兵器などの不拡散の観点から国際社会全体にとって大きな問題となっている。イランの核問題についても、累次の国連安保理決議などにかかわらず、依然として解決されていない。
 また、今日の安全保障環境において依然として見過ごすことのできない要素となっている主権国家間の関係にも、昨今、注視すべき点が見られる。
 米国やNATOなどが「テロとの闘い」に長期的な忍耐強い取組を求められている一方で、好調な経済を背景に中国やインドが台頭するとともにロシアも復調し、これらの国々が国際的な影響力を強めていくとみられている。このような動きは、国際協調・協力に向けた大きな機会と捉えるべきものであるが、同時にこれらの大国の動向は安全保障環境に大きな影響を及ぼしうることから、その動向、相互関係やこれらの国々といかなる関係を構築すべきかについての関心が高まりを見せている。
 さらに、国際社会においては、主権国家間のエネルギー資源の獲得競争や気候変動による影響が今後一層顕在化し、世界の安全保障環境に影響を与える新たな要因となる可能性があるとも指摘されている。
 以上のように、今日の国際社会は、伝統的な国家間の関係から新たな脅威や多様な事態に至るまでさまざまな課題に直面しており、これらの課題は同時に、また、複合して生じることもあり得る。これらに対応するための軍事力の役割は武力紛争の抑止と対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様化している。また、その際には、軍事力のみならず、外交、警察・司法、情報、経済などの手段とも連係のとれた総合的な対応が必要になっている。このような状況を踏まえ、各国においては、国力・国情に応じて軍事力の整備を図りつつ、国際社会における安全保障上の問題に関する国際協力・各種連携を図っている。

 

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