第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第4節 複雑で多様な地域紛争


 世界各地では、複雑で多様な地域紛争が生じている。地域紛争の性格は、国家間紛争や内戦など、必ずしも一様ではなく、それぞれが民族、宗教、領土、資源などのさまざまな問題に起因し、その態様も武力紛争のみならず軍事的対峙(たいじ)の継続までさまざまである。また、紛争に伴い発生した人権侵害、難民、飢餓、貧困、テロなどが国際問題化する場合なども見られる。そのため、国際社会にとっては、複雑で多様な紛争の性格を見極め、それぞれの性格に応じた国際的枠組みや関与のあり方を検討するなど、適切な対処を模索することがより重要となっている。
(図表I-1-4-1 参照)
 
図表I-1-4-1 主な紛争・対立地域

 中東においては、48(昭和23)年のイスラエル建国以降、イスラエルとパレスチナ人・アラブ諸国との間で4次にわたる中東戦争などが行われた。イスラエルは、79(同54)年にエジプトと、94(平成6)年にはヨルダンと平和条約を締結したが、その他の諸国などとの間では和平の実現に至っていない。
 93(同5)年のオスロ合意を通じて、本格的な交渉による和平プロセスが開始されたが、イスラエルとパレスチナの間では、00(同12)年以降に始まったインティファーダ(民衆蜂起)が双方の暴力の応酬に発展し、交渉が中断した。03(同15)年に、イスラエル・パレスチナ双方が、二国家の平和共存を柱とする和平構想実現までの道筋を示す「ロードマップ」を受け入れたが、その履行は進んでいない。イスラエル側は、あくまでも自らの安全保障を確保する点では譲らず、パレスチナ側にテロ組織の解体などを求めるとともに、パレスチナ側が十分な対応をしない場合、もはや対話のパートナーがいないものとみなし、一方的措置による分離壁の建設や境界画定も辞さないとの強硬な立場を維持している。一方、パレスチナ側においては、06(同18)年1月の立法評議会選挙での勝利を受け、同年3月に、イスラエルを承認せず対イスラエル武装闘争継続を標榜する、イスラム原理主義組織ハマス主導の自治政府内閣が成立した。その後も、パレスチナ解放機構(PLO:Palestine Liberation Organization)主流派のファタハとハマスの間での抗争が激化し、パレスチナ人同士の衝突で死者が発生するなど、政治的混乱が続いている。昨年6月には、ハマスによるガザ地区制圧を受け、アッバース大統領が自治区全域に緊急事態を宣言し、非ハマス系閣僚からなる緊急内閣が成立したが、ガザ地区においては、ハマスによる事実上の支配が継続している。
 昨年11月には、米国主催のアナポリス中東和平国際会議が開催され、イスラエルとPLOの間で、和平条約を締結するための交渉を開始することで合意した。この交渉は、本年中に合意を目指すこととされているが、ガザ地区からイスラエルへのパレスチナ武装勢力によるロケット攻撃や、これに対するイスラエル軍による軍事行動が行われるとともに、イスラエル政府が入植地における住宅建設計画を発表するなど、双方による和平プロセスに悪影響を及ぼしかねない行為が継続している。
 イスラエルとシリア、レバノンとの間では、いまだに平和条約が締結されていない。イスラエルとシリアの間には、第3次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原の返還などをめぐる立場の相違があり、ゴラン高原には、イスラエル・シリア間の停戦および両軍の兵力引き離しに関する履行状況を監視する国連兵力引き離し監視隊(UNDOF:United Nations Disengagement Observer Force)が展開している。
 イスラエルとレバノンの間では、06(同18)年のイスラエルとイスラム教シーア派組織ヒズボラとの紛争後、規模を拡大した国連レバノン暫定隊(UNIFIL:United Nations Interim Force in Lebanon)が展開し、両国間では目立った衝突は発生していないが、レバノン国内では、昨年11月から本年5月まで大統領の選出ができないなど政治的に不安定な状況が継続していたほか、ヒズボラが再び戦力を増強しているとの指摘もある。
 インドとパキスタンについては、第二次世界大戦後の分離・独立以降、カシミールの帰属問題などを背景として、これまでに3次にわたる大規模な武力紛争が発生したが、両国関係には近年一定の進展が見られている。
 朝鮮半島においては、現在、韓国と北朝鮮を合わせて150万人程度の地上軍が非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで厳しく対峙している。このような軍事的対峙の状況は、朝鮮戦争(50(昭和25)年〜53(同28)年)休戦以降、現在においても続いている。

参照> 2章2節

 ネパールでは、96(平成8)年以来、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)による武装闘争により多数の死傷者が発生していた。06(同18)年4月、民主化運動により新政府が誕生し、同年11月には、同政府とマオイストとの間で包括和平合意が署名された。同協定を受けて、現在、国連安保理決議第1740号に基づき、国連ネパール政治ミッション(UNMIN:United Nations Mission in Nepal)が展開し、武器および兵士の管理状況を監視するなどしている。
 アフリカでは、独立達成後も数多くの内戦などが発生してきた。近年では、国家再建に向けた取組を進める国が増える一方、いまだ深刻な紛争を抱える国も存在している。
 スーダンでは、83(同58)年に、北部のアラブ系イスラム教徒を主体とする政府がイスラム法の全土適用を宣言したことに端を発し、南部のアフリカ系キリスト教徒主体の反政府勢力が自治権や石油収入の配分、宗教的自由などを求め、南北内戦が20年以上継続した。05(同17)年に南北包括和平合意(CPA:Comprehensive Peace Agreement)が調印されたことを受け、現在、国連安保理決議第1590号により設立された国連スーダンミッション(UNMIS:United Nations Mission in Sudan)が展開し、CPAの履行支援のための停戦監視などを行っている。
 
スーダンに展開するUNMIS要員〔(c)UN Photo/Fred Noy〕

 同国西部のダルフール地方では、03(同15)年より、アラブ系遊牧民とアフリカ系定住民の伝統的な対立に加え、自治権や開発格差をめぐる対立から、アラブ系の政府とアフリカ系反政府勢力(ともにイスラム教徒)の間で紛争が激化した。大量の国内避難民の発生や周辺国への難民の流入もあり、国連をはじめとする国際社会はダルフール問題を深刻な人道危機として扱っている。04(同16)年の停戦合意ののち、アフリカ連合(AU:African Union)が停戦監視団(AMIS:African Union Mission in Sudan)を派遣したが、紛争の停止には至らなかった。このため、06(同18)年5月に政府と主要な反政府勢力の一部の間でダルフール和平合意(DPA:Darfur Peace Agreement)が調印されたことを受け、昨年7月、国連安保理はダルフール国連・AU合同ミッション(UNAMID:AU/UN Hybrid Operation in Darfur)の創設を決定する決議第1769号を採択した。しかし、DPAへの参加を拒否している反政府勢力が存在するほか、UNAMID部隊の展開は遅れており、ダルフール地方における不安定な状況は継続している。
 ダルフール地方からの難民が流入しているチャド、中央アフリカに関しては、昨年9月に、欧州連合(EU:European Union)部隊の派遣承認および国連中央アフリカ・チャドミッション(MINURCAT:United Nations Mission in the Central African Republic and Chad)の創設を決定する、国連安保理決議第1778号が採択され、現在EU部隊などの展開が進んでいる。一方で、本年2月にチャドの反政府勢力が、首都ンジャメナに侵攻し、政府軍と戦闘するなど、反政府勢力の活動も継続している。
 ソマリアでは、91(同3)年以降、無政府状態が継続していたが、05(同17)年6月にはケニアで樹立された「暫定連邦政府」(TFG:Transitional Federal Government)がソマリア入りした。06(同18)年より、TFGとイスラム原理主義組織「イスラム法廷連合」(UIC:the Union of Islamic Courts)など武装勢力の間で戦闘が激化したが、昨年1月、TFGの支援要請を受けたエチオピア軍とTFG軍が首都モガディシュを含む中南部地域を制圧した。また、同月、AUソマリア平和維持部隊(AMISOM:African Union Mission in Somalia)が創設された。その後も、武装勢力による、TFGやエチオピア軍などに対する攻撃が恒常化していたが、本年6月、ジブチにおいて、UICなどが結成した「ソマリア再解放連合」(ARS:Alliance for the Re-Liberation of Somalia)とTFGとの間で、120日以内の国連PKOの派遣とエチオピア軍の撤退を条件に和平合意が締結された。一方、同国周辺海域では、海賊・武装強盗行為が発生し、同国情勢の悪化につながっているとみられており1、ソマリア情勢は予断を許さない。


 
1)ソマリア情勢に関して国連安保理は、決議第1816号において、ソマリア領海およびソマリア沖の公海における海賊・武装強盗行為がソマリア情勢を悪化させている旨認定し、国連憲章第7章の下、ソマリア領海内で海賊・武装強盗行為の抑圧のために必要な措置をとることができる旨決定した。


 

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