第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

4 大量破壊兵器の移転・拡散の懸念の増大


 自国防衛の目的で当初購入・開発を行った兵器であっても、国内生産が軌道に乗ると、輸出が可能になり移転されやすくなることがある。たとえば、通常戦力の整備に資源を投入できないためにこれを大量破壊兵器などによって補おうとする国家に対し、政治的なリスクを顧みない国家から、大量破壊兵器やその技術などの移転が行われている。大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が少なく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど政府の統治能力が低いものもある。このため、こうした場合、一般に大量破壊兵器などが実際に使用される可能性は高いと考えられる。
 さらに、このような国家では、関連の技術や物質の管理体制にも不安があることから、化学物質や核物質などが移転・流出する可能性が高くなっていることが懸念されている。たとえば、技術を持たないテロリストであっても、放射性物質を入手しさえすれば、「汚い爆弾」1などをテロの手段として活用する危険がある。
 テロリストなどの非国家主体による大量破壊兵器の取得・使用については、各国に懸念が共有されている。こうした懸念を踏まえ、04(平成16)年4月には、大量破壊兵器およびその運搬手段の開発、取得、製造、所持、輸送、移転または使用を企てる非国家主体に対し、全ての国が支援の提供を控えるとともに、これらの活動を禁止するための適切で効果的な法整備を行うことなどを定めた安保理決議第1540号が採択された。(III部3章3節(PSI関連))また、05(同17)年4月には国連総会で「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」が採択され、昨年7月に発効した。
 また、02(同14)年以降、これまで秘密裏に行われてきた各国の大量破壊兵器関連活動が明らかになってきており、特に核兵器関連技術の移転・拡散が進んでいることが明らかとなった。一方で、大量破壊兵器の移転・拡散に対して、国際社会の安易に妥協しない断固たる姿勢は、こうした大量破壊兵器関連活動を行う国に対する大きな圧力となり、一部の国に国際機関の査察を受け入れさせ、または、大量破壊兵器計画を廃棄させることにつながっている。
 北朝鮮については、米国は、02(同14)年10月にケリー米国務次官補(当時)が訪朝した際、北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画の存在を認めたと発表しており、北朝鮮がプルトニウム型だけではなくウラン型の核兵器開発を進めている可能性が明らかになった2。また、北朝鮮が、シリアの秘密裡の核活動を支援していたとの指摘もある3

参照> 2章2節

 イランについては、02(同14)年、IAEAに申告することなく長期間にわたってウラン濃縮などの活動を行っていたことが明らかとなり、国際社会による問題解決の努力が続いている。

参照> 本節5

 リビアは、03(同15)年3月から、米英と水面下で協議を重ねた結果、同年12月すべての大量破壊兵器計画を破棄し、国際機関の査察を受け入れている。その後、06(同18)年8月には、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)追加議定書を批准するなどしている。
 パキスタンについては、1970年代から核開発を開始したとみられているが、03(同15)年以降、イランやリビアなどの核関連活動がパキスタンからの技術移転により行われた可能性が指摘され、04(同16)年2月には、A.Q.カーン博士ら科学者の個人的な行為により北朝鮮、イラン、リビアに主にウラン濃縮技術を中心とする核関連技術が移転されたことが明らかになった。これらの移転は、欧州やアフリカ、中東、東南アジアなど各地にまたがるネットワークを利用して、秘密裏に行われていたことが指摘されている4。なお、IAEAのエルバラダイ事務局長は、同ネットワークに関連した国は30か国以上にわたると語ったとされる5
 弾道ミサイルについても、移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国による東風3(CSS-2)、北朝鮮によるスカッドの輸出などを通じて、現在、相当数の国が保有するに至っている。特に、パキスタンのガウリやイランのシャハーブ3は、北朝鮮のノドンが元になっているとされている6。また、大量破壊兵器計画の廃棄に応じたリビアから、北朝鮮の支援を受けたスカッドC生産ラインなどの施設が開示されたとされている7。さらに、01(同13)年頃、ウクライナから核弾頭搭載可能な巡航ミサイルがイランおよび中国に対し不正輸出されたとの指摘がある8


 
1)放射性物質を散布することにより、放射能汚染を引き起こすことを意図した爆弾

 
2)米国のマコーネル国家情報長官(DNI)は、本年2月の上院軍事委員会で「情報コミュニティは、北朝鮮が少なくとも過去においてウラン濃縮能力を追求してきたとの評価を継続しており、少なくとも中程度の信頼度でこの努力が現在でも継続していると評価している。」と証言した。

 
3)ペリーノ・米ホワイトハウス報道官声明(本年4月24日)

 
4)04(平成16)年5月には、同ネットワークにおけるA.Q.カーン博士の右腕とされた男がマレーシアで逮捕された。

 
5)日本人記者団との会見における発言(04(平成16)年9月29日)

 
6)ケリー米国務次官補(当時)は、04(平成16)年3月の上院外交委員会公聴会において、公開の場で言えることは多くないとしながら「(北朝鮮と)パキスタンとの間で、現在、如何なる類の軍事取引も行われていない。しかしながら、常にそうではなかったことは確かである。…(北朝鮮と)イランとの間で、これまで何らかの種類の軍事的提携関係があった。」と述べている。

 
7)テネット米中央情報長官の上院情報委員会における証言(04(平成16)年2月24日)

 
8)ウクライナ議会組織犯罪・汚職問題対策委員会副委員長の告発(05(平成17)年2月2日)


 

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