第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

1 大量破壊兵器・弾道ミサイル


 北朝鮮の大量破壊兵器については、核兵器計画をめぐる問題のほか、化学兵器や生物兵器の能力も指摘されている。特に、北朝鮮の核問題は、わが国の安全保障に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会全体にとっても重要な問題4である。
 弾道ミサイルについては、長射程化や固体燃料化5のための研究開発が進められていると考えられるほか、北朝鮮による拡散についての指摘が引き続き見られる。北朝鮮のミサイル問題も、特に、核問題とあいまって、アジア太平洋地域だけでなく、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、その動向が強く懸念される。
 さらに、北朝鮮は、06(平成18)年7月5日の7発の弾道ミサイルの発射に続き、同年10月9日、核実験の実施を発表した6。このような北朝鮮による一連の行為は、わが国のみならず、東アジアおよび国際社会の平和と安定に対する重大な脅威であり、わが国においてもさまざまな議論を呼んだ。

(1)核兵器
 北朝鮮による核兵器開発疑惑については、94(同6)年に署名された米朝間の「合意された枠組み」7により、話合いによる問題解決の道筋が一旦は示された。
 しかし、02(同14)年10月、北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画の存在を認めたと米国が発表したことを機に、北朝鮮の核問題に対する国際社会の懸念が高まった。こうした中で、北朝鮮は、同年12月、「合意された枠組み」に基づき凍結されていた寧辺(ヨンビョン)の核関連施設の凍結解除を宣言、03(同15)年2月末には寧辺の黒鉛減速炉(5メガワット原子炉)8の再稼動が確認された。その後、北朝鮮は、「核抑止力」を保持する必要があると主張し、使用済燃料棒9の再処理の示唆(同年4月)、使用済燃料棒の再処理完了の宣言(同年10月)、既に核兵器を製造したことなどを内容とする外務省声明の発表(05(同17)年2月)および再稼動した黒鉛減速炉からの8,000本の使用済燃料棒の取り出し作業終了の発表(同年5月)と、緊張を高める言動を繰り返した。
 他方、この問題の平和的解決と朝鮮半島の非核化などを目標として、03(同15)年8月以降、六者会合10が開催されている。05(同17)年の第4回六者会合では、北朝鮮による「すべての核兵器および既存の核計画」の検証可能な放棄を柱とする共同声明を初めて採択するに至った。しかし、その後、北朝鮮は、米国が北朝鮮と取引のあるマカオの銀行を「マネーロンダリング上の主要な懸念がある金融機関」として認定したことに強く反発し、六者会合への参加を引き延ばすとともに、06(同18)年、7発の弾道ミサイルの発射や核実験実施の発表を行った。このような北朝鮮による緊張を一層高める行動に対し、国際社会は、国連安保理決議第1695号および第1718号を採択するなどして、北朝鮮に対する制裁措置を実施した。北朝鮮は、同年12月、漸く第5回六者会合に復帰し、昨年2月には、第4回六者会合の共同声明を実施していくための「共同声明の実施のための初期段階の措置」に合意した。寧辺の核施設の活動停止などの初期段階の措置が実施されたことを受け、同年10月には、第6回六者会合の成果文書として「共同声明の実施のための第二段階の措置」が発表され、同年末までに寧辺の核施設の無能力化を完了し、北朝鮮が「すべての核計画の完全かつ正確な申告」を行うことなどが合意された。しかしながら、その合意内容の履行は完了していない。
 以上のような北朝鮮の核問題に対する対応は、意図的に緊張を高めることによって何らかの見返りを得ようとするいわゆる瀬戸際政策であるとの見方がある一方で、北朝鮮の最終的な目的は核兵器の保有であるとの見方もある。北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であると言われており、こうした観点を踏まえれば、これらの見方はいずれも相互に排他的なものではないとも考えられる。
 過去の核兵器開発疑惑が解明されていないことに加え、一連の北朝鮮の言動を考えれば、北朝鮮の核兵器計画が相当に進んでいる可能性も排除できない11。また、06(同18)年、北朝鮮が核実験を実施した蓋然性が極めて高いと判断された(注6参照)ことは、北朝鮮が核兵器計画をさらに進展させた可能性が十分にあることを示すものである。一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされている。しかしながら、米国、ソ連、英国、フランス、中国が60年代までにこうした技術力を獲得したとみられることを踏まえれば、北朝鮮が、比較的短期間のうちに、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至る可能性も排除できず12、関連動向に注目していく必要がある。

(2)生物・化学兵器
 北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発・保有状況については、北朝鮮が極めて閉鎖的な体制であることに加え、生物・化学兵器の製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易であることから、詳細については不明である。しかし、生物兵器については、87(昭和62)年に生物兵器禁止条約を批准(ひじゅん)したものの、一定の生産基盤を有しているとみられている。また、化学兵器については、化学剤を生産できる複数の施設を維持し、既に相当量の化学剤などを保有しているとみられており、化学兵器禁止条約にも加入していない13

(3)弾道ミサイル
 北朝鮮は1980年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドC14を生産・配備するとともに、これらの弾道ミサイルを中東諸国などへ輸出してきたとみられている。引き続き、1990年代までに、ノドンなど、より長射程の弾道ミサイル開発に着手したと考えられ、93(平成5)年に行われた日本海に向けての弾道ミサイルの発射実験においては、ノドンが使われた可能性が高い。また、98(同10)年には、わが国の上空を飛び越える形で、テポドン1を基礎とした弾道ミサイルの発射が行われた。さらに、06(同18)年7月5日、北朝鮮は、99年以降表明してきた弾道ミサイル発射凍結を完全に放棄して、7発の弾道ミサイルを発射した。3発目についてはテポドン2、その他についてはスカッドおよびノドンであったと考えられる。これらのうちスカッドおよびノドンの発射は、より実戦的な特徴を有しており、北朝鮮が弾道ミサイル運用能力を向上させてきたことがうかがえる。
(図表I-2-2-2参照)
 
図表I-2-2-2 北朝鮮の弾道ミサイル運用能力の向上

 北朝鮮の弾道ミサイルについては、北朝鮮が極めて閉鎖的な体制をとっていることもあり、その詳細についてはなお不明な点が多いが、北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点15などからも、弾道ミサイルに高い優先度を与え、現在も、従来の弾道ミサイルのみならず、新たに、中距離弾道ミサイルや固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルの開発を行っていると考えられる16。また、スカッドやノドンといった既存の弾道ミサイルについても、長射程化などの改良努力が行われている可能性に注意を払っていく必要がある。
(図表I-2-2-3参照)
 
図表I-2-2-3 北朝鮮を中心とする弾道ミサイルの射程

 配備が進んでいると考えられるノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルであると考えられる。射程は約1,300kmに達するとみられており、わが国のほぼ全域がその射程内に入る可能性がある。ノドンの性能の詳細は確認されていないが、命中精度については、この弾道ミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられていることから、たとえば、特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高さではないと考えられる。
 なお、閉鎖的な体制のために北朝鮮の軍事活動の意図を確認することは極めて困難であること、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることに加え、ノドンはスカッドと同様に発射台付き車両(TEL:Transporter-Erector-Launcher)に搭載され移動して運用されると考えられることなどにより、ノドンの発射については、その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。
 また、北朝鮮は、射程約1,500km以上と考えられるテポドン1の開発を進めてきた。テポドン1は、ノドンを1段目、スカッドを2段目に利用した2段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、98(同10)年に発射された弾道ミサイルの基礎となったと考えられる。この発射により、北朝鮮は、多段式推進装置の分離、姿勢制御、推力制御に関する技術などを検証できたと推定される。北朝鮮は、現在、さらに長射程のテポドン2の開発に力点を移していると考えられ、テポドン1はテポドン2を開発するための過渡的なものであった可能性もある。
 06(同18)年7月、北朝鮮は、新型ブースターを1段目、ノドンを2段目に利用した2段式ミサイルで、射程約6,000kmとみられているテポドン2を北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から発射した。当該ミサイルは、発射数十秒後に高度数kmの地点で、1段目を分離することなく空中で破損し、発射地点の近傍に墜落したと考えられる。しかしながら、北朝鮮は、今回の発射失敗による教訓も参考としつつ、引き続き、テポドン2の派生型17を作る可能性も含め、弾道ミサイルの一層の長射程化に努めていくと考えられる。
 北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく弾道ミサイル開発が急速に進展してきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への流入の可能性が考えられる。また、ノドン本体ないし関連技術のイランやパキスタンへの移転といった、弾道ミサイル本体ないし関連技術の北朝鮮からの移転・拡散の指摘や、こうした移転・拡散によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘も見られ18、北朝鮮による弾道ミサイルの開発・配備の動向に加え、移転・拡散の動向についても引き続き注目していく必要がある。


 
4)ペリーノ・米ホワイトハウス報道官は、本年4月24日、北朝鮮がシリアの秘密裡の核活動を支援していたとする声明を出した。また、米国のメイプルズ国防情報局(DIA)長官は、本年2月の上院軍事委員会において、北朝鮮は「核兵器関連技術を海外に拡散したかもしれない。」と証言した。

 
5)一般的に、固体燃料推進方式のミサイルは、燃料が前もって装填されていることから即時発射が可能であること、保管や取扱いが容易であることなどの点で、液体燃料推進方式のミサイルよりも軍事的に優れているとされる。

 
6)06(平成18)年10月27日、わが国が収集した情報とその分析および米国や韓国の分析などをわが国独自で慎重に検討・分析した結果、日本政府として、北朝鮮が核実験を行った蓋然性が極めて高いと判断するに至った。

 
7)北朝鮮がNPT加盟国としてとどまることなど、米朝がとるべき措置が示されている。

 
8)減速材に黒鉛を利用した原子炉

 
9)原子炉の運転に使用した燃料棒にはプルトニウムが含まれており、再処理を行うことによってプルトニウムを抽出することができる。

 
10)第2回は04(平成16)年2月に、第3回は同年6月に、第4回は05(同17)年7月から8月にかけてと9月に、第5回は同年11月、06(同18)年12月および昨年2月に、第6回は昨年3月と9月に開催された。

 
11)ベル在韓米軍司令官(当時)は、本年3月の下院軍事委員会で「北朝鮮は、寧辺の核施設でプルトニウムを抽出し、数個の核装置に十分な量の兵器級プルトニウムを保有している。」と証言した。

 
12)メイプルズ国防情報局(DIA)長官は、本年2月の上院軍事委員会で「北朝鮮は、核弾頭を移動式の弾道ミサイルに成功裏に搭載できるかもしれない。」と証言している。

 
13)メイプルズ国防情報局(DIA)長官は、本年2月の上院軍事委員会で「北朝鮮は、化学戦計画を長期間保持」してきており、「化学剤を大量に備蓄していると信じる。」、「バイオテクノロジー基盤と兵器産業があいまって、北朝鮮は、潜在的に強固な生物戦能力を保持している。」と証言した。また、06(平成18)年12月に発行された韓国国防白書は、「数カ所の化学工場で生産した約2,500〜5,000トンの神経作用剤などの各種作用剤などを全国に分散する施設に貯蔵しており、炭疽菌、天然痘、コレラなどの生物兵器を自力で培養して生産できる能力を保有しているものと推定される。」と指摘している。

 
14)スカッドBおよびスカッドCの射程は、それぞれ約300km、約500kmとみられている。

 
15)北朝鮮は自ら、「外貨稼ぎを目的」に弾道ミサイルを輸出していると認めている。(98(平成10)年6月16日「朝鮮中央通信」論評、02(同4)年12月13日北朝鮮外務省報道官談話(同日「朝鮮中央通信」による報道))

 
16)ベル在韓米軍司令官(当時)は、本年3月の下院軍事委員会で「沖縄やグアム、アラスカを攻撃することが可能な新型の中距離ミサイルの配備に向けた準備が進行中である。」、昨年3月の同委員会で「北朝鮮は、新型で固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルを開発中である。最近では、06年3月、このミサイルを成功裏に試験発射した。一旦運用可能状態になれば、このミサイルは現行のシステムに比し、より機動的かつ急速展開が可能で、一層短い準備期間での発射が可能となるだろう。」と証言した。

 
17)たとえば、2段式のミサイルの弾頭部に推進装置を取り付けて、3段式とすることなどが考えられる。

 
18)たとえば、米国のマコーネル国家情報長官(DNI)は、本年2月の上院軍事委員会で「北朝鮮は、複数の中東国家やイランに対して、すでに弾道ミサイルを売却してきた。」と証言した。また、輸出先であるイランやパキスタンで試験を行い、その結果を利用しているといった指摘もある。


 

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