第II部 わが国の防衛政策の基本 

1 イラク人道復興支援活動

 国際社会は、イラク人自身によるイラクの復興と再建を支援するため、一致団結して取り組んできた。イラクが今後、平和で安定した社会を構築していくためには、イラク人による努力のみならず国際社会全体がこの問題に真剣に取り組む必要があり、わが国を含め国際社会による数多くの努力が重ねられることが必要となっている。わが国も国際社会の責任ある一員として、また、わが国自身の国益を踏まえ、これまで約3年半、イラクの復興のために活動してきた。
 政府は、04(平成16)年初めの派遣開始以来、イラク人道復興支援特措法に基づき人道復興支援活動等に当たってきた陸自部隊について、ムサンナー県のイラク人が自ら復興を行うために必要な最小限の基盤を整えるとの目的を達成したと判断し、同地から撤収させた。一方、空自部隊については、国連からの要請も踏まえ国連および多国籍軍への支援を行うため活動を継続し、バグダッドやエルビルなどへの空輸を行っている。
 このように防衛省・自衛隊は、自衛隊のイラク人道復興支援活動等を効果的に実施するため、これまでさまざまな試みや施策を行ってきたが、次の事項は、陸自部隊によるイラク人道復興支援活動等をこれまで効果的に実施することができた要因でもあったと考えられる。
 
宿営地に残る隊員に見送られてサマーワを出発

ア 派遣地域の選択
 イラク人道復興支援特措法の成立後、活動の具体的要望を調査するため、政府調査チームや自衛官を中心とした専門調査チームが派遣された。
 特に自衛官を中心とした専門調査チームによる調査の結果、イラク南東部地域は、1)医療機器の提供および病院施設の修理に関して期待が大きいこと、2)小学校の補修(校庭の整地、校舎の塗装など)を実施することは、地元住民との関係において有効であること、3)水道インフラの状況などが悪いため、ムサンナー県における生活用水の供給は質量ともに不十分であったことが明らかになった。また、同チームによる調査により、同地域は治安が比較的安定していることが確認された。
 
アル・ナーヒル小学校において文房具を配る陸自隊員

 政府は、これらの調査結果や諸情報を総合的に分析した結果、イラクにおいてわが国による復興支援が期待されていることや、自衛隊が安全を確保しながら実施可能な活動の分野があることが明らかになったことも踏まえ、国際社会の責任ある一員として、わが国に相応しい活動を行っていくべきとの判断から、派遣を決定した。

イ 政府開発援助(ODA)との連携
 イラクでの陸自の活動においては、外務省所管のODAによる支援が「車の両輪」としてイラクの復興に寄与した。例えば、医療支援活動では、ODAにより供与された医療器材を用い、自衛隊が医療技術指導を行うなど、ODAと自衛隊の人的協力が有機的に機能することで、サマーワの医療体制の充実にハードからソフトまで切れ目のない支援を行うことが可能となり、大きな成果を残した。この他、給水、公共施設の復旧・整備の分野においても、自衛隊とODAの連携により、復興支援活動を有効に実施し、その結果、日本としてイラクの復興支援に目に見える成果を残すことができた。
 
ODAでイラクに供与された給水車

ウ 過酷な環境への対応策
 イラクにおける活動は、過酷かつ困難な環境における活動であったため、防衛庁(当時)は、派遣当初から、派遣隊員が心身の健康を確保して任務を支障なく遂行できるように態勢を整えることを、非常に重視してきた。隊員がこのような困難な勤務環境下においても、勤務意欲を維持し、安んじて職務に専念しうるよう、派遣部隊の宿営地などにはトレーニングジムや家族との連絡のための部屋を備えた厚生施設などを整備した。
 また、国際電話、テレビ電話、電子メールにより、派遣隊員と家族が直接会話などができるよう連絡手段を確保するとともに、隊員および留守家族の近況について相互にビデオレターを提供して、隊員と留守家族の絆を維持する態勢を整えていた。さらに、家族支援センターなどを開設し、留守家族に対する支援を行い、隊員が安心して任務に専念できるよう配意した。
 
テレビ電話で隊員と話をする家族

 他方、前述のとおり、メンタルヘルスケアの施策も行っており、派遣前にストレスの軽減に必要な知識を与えるため、講習を行うとともに、現地では、カウンセリング教育を受けカウンセラーに指定された隊員を配置するなど、厳しい環境下で職務に従事する隊員の精神面のケアに十分配慮した。加えて、派遣部隊に医官を配置し、状況に応じて本国からの専門的知識を有する医官などの派遣や帰国治療をさせる態勢を整えた。

エ 現地住民との交流
 陸自派遣部隊が活動を行うにあたっては、地元住民との良好な関係が不可欠であった。そのため、隊員は、人道復興支援活動等を行うと同時に、現地の人々に折り紙を教えたり、音楽演奏を行うなど現地の人々との交流にも努力した。これに対し、現地の子供達が演劇を催し、絵を贈ってくれるなど心温まる交流が進んだ。
 これらの交流を通じて、現地住民との良好な関係が構築され、05(同17)年2月26日には、陸自宿営地前で、陸自派遣部隊を支援するデモが行われ、約150名が参加した。支援デモが開催されたことは多国籍軍の中でも例を見ない出来事であった。また、活動間や移動間に、現地住民達が陸自派遣部隊の隊員に対して笑顔で手を振るのが日常の光景となった。
 
アル・アスマイル小学校の前で子供達とふれあう陸自隊員

オ 諸外国の防衛担当組織などとの友好的関係
 陸自派遣部隊が派遣される以前から、ムサンナー県の治安維持任務はオランダ軍が担当していた。オランダ軍からは、陸自部隊の派遣前に行われた調査チームに対する支援、部隊の展開に対する支援、陸自派遣部隊の活動開始後の各種支援などさまざまな支援を受けてきた。そのオランダ軍も05(同17)年2月に撤収を開始し、同年3月7日にムサンナー県の治安維持任務を英国軍が引き継いだが、同年5月からオーストラリア軍がサマーワに派遣され、同年5月以降、陸自派遣部隊の撤収まで英国軍とオーストラリア軍が活動していた。サマーワの治安は、他の地域と比較すると安定しているとはいえ、危険なテロリストなどが活動している可能性もあるため、多国籍軍と連携することが陸自派遣部隊にとっては、重要であった。このため、現地部隊においては、相互に連絡員を派遣するほか、定期的な意見交換・文化交流やその他の交流を図るなど、密接に協力しつつ陸自派遣部隊は活動を行った。英豪軍などとの緊密な意見交換を通じて得た治安に関する情報は、自衛隊の安全確保に役立った。
 
多国籍軍兵士に書道を教える陸自隊員

 このように、自衛隊による効果的な人道復興支援活動等を実施するため、防衛省・自衛隊は、さまざまな課題に対して施策を企画立案することで経験を蓄積してきた。この蓄積された経験を下に、今後の国際平和協力活動に主体的かつ積極的に取り組むための一定の基盤ができたことは、防衛省・自衛隊にとって大きな成果であると言える。

参照>III部3章1節

 

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