第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

第1章
わが国を取り巻く安全保障環境

概観


1 全般


 今日の安全保障環境の最大の特色は、脅威が多様化、複雑化し、また、そうした脅威がいつ、どこで顕在化するか予測することが一層困難になっていることである。特に、国際テロ組織などの非国家主体による活動は、各国にとって重大な脅威となっている。従来、テロは、犯罪行為として国内治安の問題としてとらえられることが多かったが、今日、テロ組織は、情報通信、移動手段などの発達による社会のグローバル化の進展を巧みに利用し、国境を越えて、手段を選ばず、無差別な殺傷・破壊行為を行うようになってきている。01(平成13)年に起きた米国同時多発テロ(9.11テロ)は、これまでにない手法で大規模なテロ行為が実行されたという点で、国家の安全保障についての考え方を大きく変えさせるものであった。この事件を境に、米国をはじめとする各国は、協調してテロを防止・根絶するための取り組みを本格化させたが、今なお世界各地でテロは起きている。昨年一年間をみても、ロンドン、インドネシアのバリ島、エジプトなどでテロにより多くの人命が失われた。また、国家の復興に取り組んでいるアフガニスタン、イラクにおいても、日々、民間人や治安関係者、各国軍隊などを狙ったテロが引き続き起きている。
 また、テロとともに、今日の安全保障上の大きな脅威と認識されているのは、核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器やそれらの運搬手段となる弾道ミサイルなどの拡散である。世界の189か国が加盟している核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-proliferation of Nuclear Weapons)上、核兵器の保有を認められている国は、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5か国のみであるが、今日、これらの国に加え、事実上核兵器保有を表明している国や核兵器の保有・開発が疑われている国がある。さらに、こうした兵器が国際テロ組織などの手にわたることが強く懸念されるようになっている。このため、大量破壊兵器拡散問題への取り組みも、国際社会にとっては差し迫った課題になっている。
 また、宗教や民族上の問題などに起因する地域紛争も、国際社会にとっての大きな問題となっている。中東地域においては、イスラエルとパレスチナの間で暴力の連鎖が続いており、根本的な解決に向けての見通しは立っていない。また、アフリカでは、地域紛争の多くが解決に至っておらず、依然として政情不安定な国が見られる。
 こうした中、今日の国際社会では、国家間の相互依存関係の進展とともに、より安定した国際安全保障環境を構築していくことが各国共通の利益となっており、地域紛争や国際テロなどの新たな脅威に対して、各国が協力して取り組むことが一層重要になってきている。唯一の超大国である米国は、9.11テロ以降、「テロとの闘い」を主導しているが、その米国であっても、テロを含め、今日の複雑な課題に対しては、同盟国やパートナー国との協力関係が必要であり、米国のみでの対処はできないとしている1。また、米国は、同盟国やパートナー国との協力関係を一層重視する姿勢を示すとともに、中国やロシアなどとも、利益の共通する分野での協力関係を構築していこうとしている。
 一方、テロ組織など、必ずしも合理的な判断に基づいて行動するわけではない主体に対しては、従来の抑止という考え方を超えて、そうした脅威が現実のものとならないよう、より積極的なアプローチが必要となってきている。特に、内戦などにより国家が荒廃した状況に乗じて、テロ組織が浸透し、テロの温床となるケースがみられることから、こうした国家を復興し、安定させるため、国際社会が支援していくことが重要になってきている。
 こうしたことを踏まえ、現在、アフガニスタンやイラクの復興・安定確保のため、多くの国が協調して、軍事組織の派遣を含め、積極的な取り組みを行っている。アフガニスタンでは、昨年9月、政治プロセスの総仕上げとなる議会選挙が行われた。また、イラクにおいては、昨年12月に国民議会選挙が行われ、本年5月には、マーリキー首相の下、新内閣が発足したところである。
 さらに、大規模な自然災害が起きた際の国際協力も、国際社会の平和と安定の確保という観点から重要となってきている。04(同16)年12月のスマトラ島沖地震・インド洋津波、昨年10月のパキスタン大地震や本年5月のインドネシアのジャワ島中部地震に際しては、域内諸国を含む各国が軍隊を迅速に派遣2するなど、被災者の救援活動や復興のための活動を行ったところである。
 今日、各国の安全保障は、地域、さらに、グローバルな安全保障と密接に結びついてきており、国際社会の安定にとっては、国家間の協力関係が一層重要になってきている。


 
1)本年2月に公表された米国の「4年毎の国防計画の見直し(QDR)」は、「米国防省は、今日の複雑な課題に単独で対応することはできない。成功するためには、国内においては国力のすべての要素を活用し、国外においては同盟国やパートナー国と緊密に協力する必要がある」としている。

 
2)本年5月のインドネシアのジャワ島中部地震に際しては、自衛隊の医療援助隊のほか、米国や東南アジア諸国などが軍の医療チームを派遣するなどした。


 

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