第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

9 欧州


(1)全般
 現在、欧州の多くの国では、国家による大規模な侵攻の脅威は消滅したと認識されている一方、地域紛争の発生、国際テロリズムの台頭、大量破壊兵器の拡散といった事態が新たな安全保障上の課題として捉えられている。
 冷戦終結以来、多くの国で軍事力の量的な削減や合理化を進める一方、こうした新たな課題にも対処しうる能力の整備への取り組みが進んでいる。さらに、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)(加盟国26か国)や欧州連合(EU:European Union)(加盟国25か国)の枠組みを通じた各国の共同による安全保障環境の安定化に向けた努力も模索されており、欧州では、独自の軍事能力整備など、既存の安全保障の枠組みを強化する動きが進められている。

(2)安全保障の枠組みの強化・拡大
ア 紛争予防・危機管理・平和維持機能の強化
(ア)新たな役割への取組
 加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結とともに活動の重点を紛争防止、危機管理へと移行させてきている。
 こうした変化は99(平成11)年に更新された同盟の戦略概念にも反映され、欧州および周辺地域において民族的・宗教的対立、領土紛争、人権抑圧など多様で予測困難な危険が依然として存在しているとの認識に基づき、中核任務たる集団防衛に加え、紛争予防や危機管理などの任務1を追加した。
 03(同15)年8月よりNATOは、アフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)を主導して初めて欧州域外において作戦を展開している。NATOは、アフガニスタンにおける活動を最優先事項と位置付けており、本年夏にはISAFの同国南部への拡大を予定している。
 
図表1-2-21 欧州の安全保障機構(2006.6月末現在)

 イラクについては、04(同16)年6月のNATOイスタンブール首脳会議での合意に基づきイラク治安部隊の訓練への支援が行われている。
 このようにNATOの作戦が拡大・長期化する一方で、これに伴う各国の負担が増加し、NATOにおける財政問題が指摘されている。
 一方、安全保障分野における取り組みを強化しているEUは、03(同15)年12月に初めてとなる安全保障戦略文書「よりよい世界の安定した欧州」を採択し、テロリズムや大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織犯罪を重大な脅威とし、多国間主義でこれに対処していく方針をまとめた。
 実際の活動として、同年にEUは、マケドニアの治安維持のため、NATOの装備や能力を使用して2軍事作戦を初めて主導した。また、同年コンゴにおいて欧州域外における平和維持作戦を初めて展開し、NATOの装備や能力を使用せずに初めて自律的に作戦を遂行した。04(同16)年12月には、NATO主導の下、ボスニア・ヘルツェゴビナに展開していた安定化部隊(SFOR:Stabilisation Force)の活動を引き継ぐなど、危機管理・治安維持の分野における活動3に積極的に取り組んでいる。

(イ)NATOの軍事能力改革の動向
 99(同11)年にNATOがユーゴ連邦共和国を空爆した際に顕在化した米欧間の能力格差を踏まえ、NATOにおいては、02(同14)年11月にプラハで開催された首脳会議における合意に基づき、機構改革4をはじめとする軍事能力の改革が進められている。
 この改革の中で、NATOの能力向上の核として、全世界の各種の危機事態に迅速に展開できる能力をもつNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の整備が同年より進められており、昨年10月のパキスタン大地震において救援物資の輸送を行うなど、その特性を活かした任務を実施している。

(ウ)EUの安全保障面における動向
 EUは、NATOが介入しない分野において自律的に平和維持などの軍事活動を実施するため、能力整備を進めてきた。EUは04(同16)年、「ヘッドライン・ゴール2010」を採択し、この中でバトルグループ(戦闘群)構想を今後の軍事的取り組みの中核に位置付けた。
(図表1-2-22参照)
 
図表1-2-22 NATO及びEUにおける能力整備の動向

 また、EUは、04(同16)年7月、欧州安全保障防衛政策における各国の防衛能力向上を目的として欧州防衛庁を設立した。本年3月のEU国防相会議において、研究・技術開発に関する基金設立の検討を欧州防衛庁において行うことが合意されるなど、今後の活動が注目される。

イ 安全保障の枠組みの地理的拡大による安定の確保
 冷戦終結後いわば安全保障上の空白地帯となった中・東欧地域では、NATOの枠組みの拡大による安定の確保がなされてきた。
 NATOは、94(同6)年に「平和のためのパートナーシップ」(PfP:Partnership for Peace) を採択し5、これに基づき平和維持活動や難民問題対処などに関する演習を行っている。
 また、97(同9)年には地中海協力グループ(MCG:Mediterranean Cooperation Group) を創設して、地中海諸国に対する情報提供、軍事面での助言を実施し、地中海地域の安定に寄与している。
 NATOとロシアの関係では、9.11テロ以降、安全保障に関する共通の課題に対処する必要性から、02(同14)年5月のNATO・ロシア首脳会議でNATO・ロシア理事会を設立することが決定された。
 04(同16)年3月、NATOに7か国(ルーマニア、スロベニア、エストニア、リトアニア、ラトビア、ブルガリア、スロバキア)が新たに加盟したことにより、中・東欧諸国のほとんどがNATOに加盟するに至っている。
 一方、04(同16)年5月、EUに中・東欧の10か国(ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、マルタ、キプロス)が加盟したことに続き、現在、ブルガリア、ルーマニアが07(同19)年のEU加盟を目標として加盟各国による批准手続きが行われているほか、昨年10月、トルコ、クロアチアとの加盟交渉の開始が決定された。なお、04(同16)年10月に署名された欧州憲法条約6については、昨年フランス、オランダの国民投票で批准が否決されたことを受け、同年6月、批准プロセスは継続するが、批准期限を延期し、今後の批准のタイミングについては各国に委ねる旨が合意されている。
 
図表1-2-23 NATOとEU加盟国の拡大状況

(3)多様な事態への対応能力を確保するための各国の努力
 各国は、テロや大量破壊兵器の拡散といった新たな脅威を念頭に、軍隊の任務について国土防衛以外の任務を重視する傾向にあり、防衛力の整備においても、NATOなどにおける役割を考慮しつつ、海外展開のための輸送能力強化などに努めている。
 
図表1-2-24 欧州主要国の脅威認識

ア 英国
 英国は、現在、98(同10)年の「戦略防衛見直し」(SDR:Strategic Defense Review)を防衛政策の基礎としている。
 この中で、軍の任務を、平時の治安維持(テロ対処支援)や海外領土の保全、NATO域外の地域紛争・危機対処などと定義し、具体的には、核戦力の削減、統合戦闘能力の強化、NBC防護などの改善、機動力・攻撃力の向上、軍人の処遇改善、装備品調達の効率化などを図ってきた。02(同14)年7月には、9.11テロを踏まえ、SDRに「新たな1章」を追加し、国際テロリズムへの対処方針を策定した。
 03(同15)年12月には、「変動する世界における安全保障」と題する白書を刊行した。この中で、SDRで定義された任務を、文民組織への軍事的支援、海外領土の防衛、平和維持などの18の軍事任務に再構成している。また、国際テロリズム、大量破壊兵器の拡散および破綻国家を大きな脅威として位置付けた上で、イラクに対する軍事作戦の教訓を踏まえて、海外展開能力の強化や即応性の向上など軍のさらなる変革の必要性を強調している7。この白書で示された方針に基づき、04(同16)年7月には、将来の具体的軍事力を示す報告書を発表した。兵力削減や陸海軍の主要施設の統合を進める一方で、目標捕捉から攻撃までを迅速かつ正確に行う能力、中小規模作戦を効果的に遂行できる地上戦力、空母や揚陸艦の整備による対地攻撃能力の向上などを図るとしている。
 なお、国内のテロに対する取り組みについて、英国は、昨年3月にテロ防止法を制定したが、同年7月のロンドンにおけるテロを受け、本年4月、テロの称賛の違法化やテロ容疑者の拘束期間の延長などを内容とする新しいテロ対策法を施行したほか、テロ対策強化のため特殊部隊支援部隊(SFSG:Special Forces Support Group)を新編した。

イ ドイツ
 ドイツは、03(同15)年5月には防衛政策の基本文書である新たな「防衛政策指針」を発表した。同指針は、ドイツの領土に対する従来型の脅威は消滅したものの、テロや大量破壊兵器の拡散など新たな脅威が拡大しているという認識の下、国連やNATO、EUの枠組みの中で行う紛争予防・危機管理および同盟国の支援を連邦軍の任務の重点として位置付けている。また、防衛能力もそれに適合するよう、指揮・統制、情報収集・偵察、機動性などの能力の強化のために資源を重点配分していくとしている。その後、同指針に基づく計画の具体化作業が進められており、迅速かつ効果的に諸外国の軍隊と合同で作戦を遂行するため、軍を介入部隊、安定化部隊、支援部隊という3つの機能別の統合部隊に再編する方針である8
 また、10(同22)年までに総兵力を28万5,000人から25万人に削減する方針であり、連邦軍改革の一環として連邦軍の国内駐屯地・施設の再配置、師団・艦隊の再編も構想されている。

ウ フランス
 フランスは、96(同8)年に発表した15(同27)年までのフランス軍の近代化計画を防衛政策の基礎としている。軍の任務は、1)死活的国益の防衛、2)欧州と地中海地域の安保・防衛への貢献、3)平和と国際法の尊重への貢献、4)公共の秩序維持とされる。
 防衛戦略としては核抑止、紛争予防、海外への戦力展開、国土防衛(テロ対処など)を中心に位置付けており、統合作戦、戦略機動、情報などを重視しつつ、総兵力や主要装備品の数量を全体として削減するなどの改革を行っている。
 03(同15)年1月に議会承認された「2003年-2008年軍事計画法」においては、欧州防衛体制の構築に貢献し、軍の専門職化を強化することを基本方針とし、指揮・情報能力の強化、展開・機動能力の向上、防護能力の強化などに重点的に投資するとされた9。また、04(同16)年2月、空母第2番艦建造10にあたり英国と協力することが発表された。

(4)欧州における安定化のための努力
ア 軍備管理・軍縮
 92(同4)年に発効した欧州通常戦力(CFE:Conventional Armed Forces in Europe)条約は、戦車、装甲戦闘車両、火砲、戦闘機、攻撃ヘリの5つの区分の兵器について、東西両グループ11の保有上限を定め、これを超える兵器を削減することとした。これにより既に7万点以上の各種兵器が削減されている。
 その後、欧州における戦略環境の変化を踏まえ、99(同11)年のOSCE首脳会議において、従来の東西両グループごとの保有制限を国別・領域別保有制限に変更することを主な内容とするCFE適合条約が署名された12

イ 信頼醸成措置(CBM:Confidence Building Measures)13
 欧州においては、89(同元)年から信頼・安全醸成措置(CSBM:Confidence and Security-Building Measures)交渉が行われてきたが、92(同4)年の欧州安全保障協力会議(CSCE:Conference on Security and Cooperation in Europe)全体会議において、軍事情報の年次交換、一定規模以上の演習などの通報・査察・制限などを内容とする「ウィーン文書1992」が採択された14
 また、相互の査察飛行により、締約国の軍事活動の公開性と透明性を増進させるとともに、軍備管理の検証手段を補足するオープン・スカイズ条約15が、92(同4)年に25か国により署名され、02(同14)年1月に発効した。


 
1)「非5条任務」と呼ばれる。

 
2)96(平成8)年6月のベルリンNATO閣僚会合では、西欧同盟(WEU)主導のオペレーションにおいて、NATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。その後、WEUの役割と任務の大半がEUに移譲されることになったため、99(同11)年4月のワシントンNATO首脳会合では、改めてEUに対してNATOの資産・能力の使用を認める決定がなされた。この決定をベルリン・プラスと言う。02(同14)年12月にはNATO・EU間で上記決定に関する恒久的なアレンジメント(取極め)が成立した。

 
3)「ペータースべルク任務」と呼ばれ、1)人道支援・救難任務、2)平和維持任務、3)平和創出を含む危機管理における戦闘部隊任務からなる。

 
4)欧州連合軍および大西洋連合軍の2個作戦戦略軍を単一の軍(作戦連合軍)に統合するとともに、NATO軍事能力の変革および相互運用性の向上を監督する変革連合軍司令部を創設した。

 
5)信頼醸成や相互運用性の確保などを目的にNATOと東欧諸国をはじめとするNATO非加盟のOSCE諸国が個別に協力協定を締結している。

 
6)正式名称は、「欧州のための憲法を制定する条約」。同条約の発効には全加盟国による批准が必要である。

 
7)湾岸戦争のような米国主導の大規模作戦に参加しつつ、ボスニアやコソボにおける紛争のようなNATOまたはEU主導の中小規模作戦も最大2つ遂行できる能力を戦力整備目標としている。

 
8)介入部隊は、最新の装備を有する即応部隊であり、NATO即応部隊やEU戦闘群の作戦など多国間で実施される高強度の作戦において、軍事的によく組織された敵に対応し、平和安定化作戦の実施基盤を整える。安定化部隊は、低・中強度の比較的長期間にわたる作戦において、軍事的にある程度組織された敵に対応し、平和安定化作戦を遂行する。支援部隊は、指揮組織や教育訓練組織の運営を行うなど、介入部隊と安定化部隊の作戦準備および作戦遂行をドイツ国内や作戦地域で支援する。

 
9)具体的な装備品としては、2隻目の空母建造、無人偵察機の発注とA-400M輸送機、戦闘機「ラファール」、主力戦車「ルクレール」の取得などが盛り込まれている。

 
10)空母の推進方式については、英国が今後取得予定の空母と同じく、通常推進型と決定された。

 
11)90(平成2)年時点におけるNATO加盟国およびワルシャワ条約機構(WPO)加盟国

 
12)NATO新規加盟のバルト3国がCFE条約を締結していないなど、発効までには解決すべき問題が存在する。

 
13)偶発的な軍事衝突を防ぐとともに、国家間の信頼を醸成するとの見地から、軍事情報の公開、一定の軍事行動の規制、軍事交流などを進める努力が行われている。これらは、一般的に信頼醸成措置と呼ばれている。

 
14)その後、99(平成11)年には、地域的な信頼醸成のため多国間・二国間における措置の促進、軍事交流に関する情報の提供、装甲歩兵戦闘車や火砲などの参加規模による演習実施の制限などを追加した「ウィーン文書1999」が採択された。

 
15)査察飛行は、定められた種類のセンサーを装備した非武装の航空機により、査察国が策定し被査察国が了承した飛行計画に従って行われる。査察飛行により収集されたデータは、すべての締約国が入手できる。


 

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